冴えてるメインヒロインとの出会いかた
「あの〜…………」
月曜日の大学。誰もがかったるいな〜と思っているであろう夕方の英語の授業の後、あたしはやっと加藤さんを捕まえることができた。やっとというのは、要するに近くにあいつがいないのを見計らっていたから。だって、あいつにこういうのを見られるのはすごく嫌なんだもん。
加藤さんはただきょとんとフラットにあたしの方を見ている。
「この色紙に、サインください!
加藤さんの顔はさらにフラットになった。自分がモデルを担当したキャラクターのサインとか、そんなのお願いされたことなんてこれまでないだろうし、当然そういう反応になるよね。
「え〜やだよ〜、めんどくさい。」
「あの〜、加藤さん? めんどくさがっているようには見えないんですけど?」
だけどあたしはその束の間の表情を見逃さなかったんだ。
加藤さんはフラットを装いつつも、一瞬顔が緩んだのだった。それ、照れてますよね?
「ところで、なんで初対面のわたしの名前知ってるのかな〜?」
今度は加藤さんがやり返すかのように、得意げな顔を見せた。
しまった。たしかにまだ初対面じゃん!! 先日霞さんと柏木さんとで加藤さんの話をたくさんしていた気もするけど、そんなこと加藤さんが知る由もない。
「……え、あ、さっき先生にそういう名前で呼ばれてたじゃない!??」
「わたしさっきの授業、先生に一度も呼ばれてないよ。」
あたしはさらに墓穴をほってしまった。なんかちょっと悔しい。
すると加藤さんはメインヒロインにふさわしい笑顔を見せたのだった。
「うん、わかった。じゃ〜、サイン交換しよ? そっちの色紙に『嵯峨野文雄』って書いてくれたら、わたしもこっちの色紙に『叶巡璃』って書くよ。」
「……………………あ。」
まるで狙いすましたかのように、加藤さんはあたしが予備で持っていた色紙を見つけ、サインのトレードを要求してきたんだ。どうにもこうにも、してやられた感じだった。
……最初からバレてたんですね。
☆ ☆ ☆
「昨日、久しぶりに英梨々に会ったんだ。最近仕事が忙しいらしくて全然会えてなかったんだけど、昨日電話かかってきて呼び出されたと思ったら、突然好きな人ができたとか言い出すし、すごくゴキゲンだったよ。」
「あ、そうなんだ〜……」
加藤さんは淡々と柏木さんの様子を話している。それにしても急に兄のことが好きと言われても、妹であるあたしにはどう受け止めていいのか未だに理解できないよ。
「英梨々、嵯峨野さんの話もしたの。不死川大に通う同じ歳くらいの女性だったって。そのときに、この前倫也くんの後を追うように嵯峨野さんが不死川書店に入ってくのを思い出したんだよ。」
「あ、なるほど。……てかあの編集、あたしがこの大学にいるってこと知ってるの?」
「え? ……知らないんじゃないかな〜? 倫也くん嵯峨野さんのことわたしに全然話さないし。」
「…………それ、なんだかな〜だね。」
あの編集、霞先生ばかり夢中になって、あたしのことは眼中にないんだろうか。そんなことを考えると本気でちょっとイラッとしてきた。
「でも、嵯峨野さんってたしか倫也くんが霞ヶ丘先輩に推したんじゃなかったっけ?」
「そう。そのはずなんだけど…………ね。」
すると加藤さんは何か引っかかるような顔を始めた。何か解せない点があるようだ。
それにしても加藤さん、表情がころころと変わるよな〜。さっきまでまるで何も考えてないかのようなフラットな顔をしてみせたと思ったら、その裏でちょっと照れてみたり、今度は探偵のような深い顔をしている。ゲームのメインヒロインってこういうのがお仕事だったんだろうか。それを楽しそうに描く柏木さんや出海ちゃんの表情があたしの頭の中をよぎっていく。
あの2人、どちらも神がかった絵を描くもんね。それを思い出すだけで、思わず溜息が出てしまう。
「あたしはあの編集さんに、まだ認められてないのかな〜?」
ぼそっと加藤さんの前で弱音を吐いてしまった。
「そんなことないんじゃないかなぁ。まだ倫也くんと知り合ったばかりだし、嵯峨野さんの作品の良さにまだ十分に気づいてないだけじゃないかな? わたし『純情ヘクトパスカル』全巻何度も読み返してるけど、メインヒロインのアンジェのあの可愛らしさ、とっても好きだよ。きっとこれから倫也くんも嵯峨野さんの作品に夢中になるって。」
「ふふっ、ありがとう。」
そうだ。あたしは可愛い絵を描くのが大好き。でもそれだけで終わるのは嫌だからこの大学へ来たんだ。
「あたしね、『純情ヘクトパスカル』の絵を描き始めた頃、霞さんにものすごく怒られたんだ。」
「え、そうなの?」
「うん、『どういうつもりでこの絵を描いたのか?』って。」
加藤さんはあたしの話を聞いてくれている。あたしは当時を思い出すように、ふふっと笑いながら話を続けた。
「ただ『ひたすら可愛い絵』を描いたつもりだった。でも、それでは霞さんや町田さんには何も伝わらなかった。いや、きっとあのままだったらあたしの絵は誰にも理解されてもらえなかったんだと思う。」
「でも、今はちゃんと『可愛い』だけじゃない想いも伝わってくるよ。」
「うん。だってその後、何度も何度も霞さんの作品を読み返したもん。涙が止まらなくなるくらい、霞さんの作品にひたすら没頭したから。」
その時出てきた涙が、霞さんの作品に感動したからだったのか、それだけの理由ではなかったのかまでは、今ではもう覚えてないけどね。
「ちょうどその時だったんだ、『TAKI』のブログに出逢ったのは。」
「へぇ〜、そうなんだ〜。」
当時のあたしの心の支え。霞先生のファンブログ。『TAKIのHP』――
「町田さんに『TAKI』のブログを教えてもらって、あたしは心を動かされたんだ。あ〜、あたしはこんな『霞先生のひとりのファン』にさえも負けてるんだなってね。そしたら自分が恥ずかしくなってきちゃって。気づいたら霞さんのような文学作品にもっと触れたいって、大学で文学を学ぼうってここに来てたってわけ。」
それがあたしのほろ苦い思い出。辛くもあり、懐かしくもあり……。
すると加藤さんはフラットな表情で、こんなことを聞いてきた。
「嵯峨野さん、『TAKI』くんのこと、好きなの?」
「嫌いだよ、あんなやつ。」
あたしは舌をぺろっと出して答えた。
☆ ☆ ☆
「あ〜、もうちょっとしたら倫也くんここに来ちゃうけど、嵯峨野さん待ってる?」
さっきまで英語の授業が会った教室は、気づくとあたしたち2人だけになっていた。窓から差し込む夕日はスポットライトのように、あたしと加藤さんを照らしている。
「いや、別にどっちでもいいよ。特に用はないし。でも2人の邪魔するつもりはないから、あたしはとっとと退散しよっかな。」
「その返し、どう受け止めていいかわからないよ。」
加藤さんはちらっと上の方を見上げた。それ、やっぱし照れてるよね。
「……と思ったら、もう来ちゃったみたい。」
「あ…………。」
向こうの方からあの編集がこっちに近づいているのにあたしも気づいた。あたしとしては逃げようにも逃げるタイミングを完全に失ってしまった。まぁ何から逃げようとしてるのかはあたしにもよくわからないけれど。
「恵、随分仲良さそうじゃん。」
「うん。倫也くんがなかなか来ないから、いろいろ話しちゃった。」
この部分だけ切り取ると、本当に仲良さそうなカップルだよね。すると編集さんはあたしの方を見て、軽く会釈をした。
……………………えっ?
「恵の新しい友達? はじめまして、俺………」
「安芸くんさすがにそれはちょっと、なんだかなぁ〜だよ?」
「えっ、どうして? てかなんで『安芸』くん???」
そろそろいっぺんドロップキックを見舞わしてあげてもいい気がする。
やっぱしどう考えても、こんなやつ大嫌いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます