Game Start!!!

Lesson1: Who is the Main Heroine?

冴えない酔っぱらいのあやしかた

 今日は本当に顔合わせだけだったらしく、打ち合わせはすぐに終わり、TAKIくんはとっとと帰ってしまった。

 あたしはというと霞さんに呼び止められ、倫理君と一緒だった理由をひたすら説明させられた。自分の新しい編集担当と大学が一緒だったことを『運命』と言わずなんと言うのか……と思ったけど、霞さんにそれは言わない方がいいよね。冗談で言ってはみたけど。

 やっとの思いで解放されると、今度は町田さんに呼び止めれた。


「嵯峨野先生、実はもうひとつお願いしたい仕事があってね……。」

「あたしに、新しい仕事ですか?」


 霞さんもその新しい仕事に関係あるのか、まだこの場に残っていた。


「ええ。しーちゃん、今『純情ヘクトパスカル』とは別に短編集を書いててね。嵯峨野先生にそちらのイラストも頼みたいの。」

「短編集ですか。……って、あれ? そっちはTAKIくんは絡んでないんですか? 彼、とっとと帰っちゃったみたいですけど。」

「ちょっと事情があってね。TAKIくんにはこっちの話はできそうもないのよ。だから短編集の方は引き続き私、町田が担当するわ。」

「ちょっとした事情……ですか。」


 あたしはちょっとどきっとした。こういう場面で出てくる『事情』って、作家である霞先生の私情がきっと絡んでる気がするんですけど。そんな疑いを抱きながら、横目でちらっと霞先生を見ると……あ、たしかにあの顔、ちょっとむすっとしてる……?


「あら、何か言いたそうね? 嵯峨野さん。」

「い、いやぁ〜別に……。」


 ……うわ。あたしの顔色で悟られてしまったよ……。


「本当は別の絵描きさんにお願いしようとしたのだけど、『あたしをネタにするな』って依頼した時に大喧嘩になっちゃってね、それ以来頼みにくくなってしまったのよ。」

「……ってそれ、ほんとに私情ダダ漏れじゃないですか!???」


 なんだか霞さん可愛い笑顔でさらっとそんなこと言うけど、あたしとしてはほんとドキドキだ。短編というか私情ダダ漏れのエッセイ?

 ……でもなんか面白そう。まぁモデルである当事者が誰であるかわからないけど、そちらの方はたまったもんじゃなさそうだろうけどね。


「そこまでひねくれた作品にするつもりはないわ。失恋するヒロインが出てくるかもしれないけど、作品としては前向きな結末にするつもりよ。そんなわけで嵯峨野さんにお願いしたいのだけど……。」

「はい、あたしにその絵の仕事、是非やらせてください!」


 聞くからに『純情ヘクトパスカル』みたいに可愛い絵というだけでは攻められないだろうし、新しい作風が必要そうだよね。あたしにとっては新境地になるかも。

 霞先生の短編集か〜。楽しみだな〜。


「実は短編集の一話目はもうほとんど完成しているの。早速読んでいただいても構わないのだけど、それより先に、この作品のモデルに会ってもらえるかしら?」

「モデル……? さっきの話から察するに、絵描きさんですか?」

「彼女、嵯峨野さんと気が合いそうだから、私よりも彼女のことを引き出してくれそうだし。それにこれって、今をときめく気鋭の女流絵師の二人の対談。それ次第で私の作品の結末も変わるかもしれないじゃない。」

「あの〜霞先生? それってあたしも一緒にネタにしようとしてません???」


 その『モデルさん』との対談は、明日ということになった。その人は今とても仕事が忙しいらしく、なかなか都合を合わせることができないらしい。ちなみに町田さんに『そのモデルさんって誰なんですか?』と帰り際にこっそり聞いてみたのだが、『会ってからのお楽しみ〜』と案の定はぐらかされてしまった。

 でも聞くからに、若い女性の絵描きさんぽいな。あたしの知ってる人かな〜?


 ☆ ☆ ☆


 兄はイベントで知り合った仲間と飲み会だと言っていたけど、今日は新しい仕事も決まったことだし、帰り際にケーキを買って帰った。ちなみに兄が参加するその飲み会には、あの紅坂朱音先生も来るらしい。

 あたしはケーキで、兄は紅坂朱音……。こういうときってお兄ちゃんの立場ってずるいよね。まぁその分あたしも自由にやらせてもらってるわけだから、文句は言えないけども。


「紅坂朱音か……。」


 あたしはお風呂に浸かりながら、明日の対談のことを考えていた。


 霞先生がモデルにしてしまうほど仲が良いという絵描きと聞いて、当然のようにあたしの脳裏をよぎった人物もいる。

 その名は、柏木エリ先生。知る人ぞ知る伝説の絵描きだ。

 『blessing software』の第1作目『cherry blessing』で、シナリオ担当の霞先生とコンビを組み、柏木先生はキャラデザを担当した。柏木先生はそのゲームの終盤、問答無用のハッピーエンドで終わる通称『ゴールデンルート』において、所謂『伝説の7枚』と呼ばれる絵を描き上げた。これが大ブレイクするきっかけとなったんだよね。

 後は説明する必要もないくらい有名な話だけど、その才能が紅坂朱音先生に認められ、『フィールズ・クロニクル』のイラスト担当として商業デビューした。

 それは、本当に絵に描いたようなシンデレラ・ストーリーだった。


「そういえば『cherry blessing』のゴールデンルートって、結局シナリオは誰が書いたんだろ?」


 あたしはふと、あの作品にあってかなり異質なそのルートを、思い返していた。

 あたしだって霞詩子のパートナーだ。あのゴールデンルートのシナリオが霞詩子の文章のそれではないことくらい、すぐにわかった。

 そのシナリオに釣られているせいか、柏木先生の絵までもタッチが全然違っている。ネットでそのルートは賛否両論だったけど、きっと柏木先生も大好きなルートであったに違いない。

 なぜならあたしもあのひたすら真っ直ぐなゴールデンルートは、大好きだったからだ。


「ただひたすら真っ直ぐで、情熱的。……どこかで聞いたようなお話だよね。」


 あたしはひとりでくすっと笑った。お風呂が暖かくて、とてつもなく気持ちがいい。

 

 だけど、今回の短編小説のモデル――明日の対談相手が『柏木エリ』と断定することは、あたしにはどうしてもできなかった。

 あの超有名な柏木エリが霞先生の短編小説のモデル!? それもはやスクープじゃん!!

 ……という理由ではなく、『柏木エリ』という絵描きさん、ぶっちゃけあたし、嵯峨野文雄以上に謎の多い絵師だ。

 その理由は単純明快である。柏木エリ先生のサークル『egoistic-lily』、そのサークルスペースにいるのは、いつも謎の外国人のおじさんと、その奥さんと思われる見た目が非常に若いおばさんだったりするからだ。そしたらその二人のどちらか、もしくは合作なのかと聞いてみると、返ってくる答えは否。いつも夫婦は『私たちが描いてる訳ではないですよ〜』とだけ笑顔で答える。

 そしたらその娘? ……いや待って。この見た目非常に若そうなおばさんの娘となると、年齢幾つだよ!? 『egoistic-lily』って、18禁も売ってますよね??

 そうかと思えば、いかにも見た目高校生カップル(?)が、必死にサークルスペースで売りさばいていたこともある。ひょっとして、この二人のどちらかが『柏木エリ』?……という話にもならず、明らかにその二人は『騙された!』みたいな雰囲気で本を売っていた。


 とどのつまり、柏木エリ本人は、サークルスペースに現れたことがないのだ。そりゃ『伝説の謎絵師』にもなるはずだって。

 まぁあたしは『謎絵師』というより、単なる『覆面絵師』ってだけだけどね。


「あたしも柏木エリ先生みたいに、いろんな人に認めてもらえる絵描きさんになりたいな〜……」


 そんなことを考えながら、もう少しだけお風呂を楽しんでいた。


 ☆ ☆ ☆


 その日、兄が帰ってきたのは終電がちょっと終わった後くらいの時間だった。ベットの上でごろんと横になって絵を描いていると、家の前にタクシーが止まる音がした。

 え、兄さんタクシーなんて乗ってきたの? 勘弁してよ……と思ってドアを開けると、さらに勘弁して欲しい状況があたしの目に飛び込んできた。


「えっと〜お兄ちゃん、なんでタクシー……という以前に、その後ろで寝てる女の子、誰!??」


 兄は知らない女性をおぶって連れて帰ってきたのだった。これが所謂『お持ち帰り』というやつ? 様々な噂の絶えることのない兄だが、あたしにとってこういう状況は初めてだった。多くの方は意外と思うかもしれないけれど。


「あ〜この子、酔って倒れちゃったから連れて帰ってきちゃった。」

「ふ〜ん、兄さん優しいね〜……ってゆう話になる訳ないでしょ!」

「まぁ真由、落ち着けって。これにはいろいろ理由もあってだな。」

「とりあえず兄さん、ちゃんとした理由を聞かせてくれたら軽蔑の目だけはやめてあげるよ。」


 あたしは恐らくゴミを見るような目で、我が兄が説明してくれるであろう言い分を待っていた。

 なお、女子高生か女子大生かと思われるその女の子は、未だに兄の背中に身を任せ、ぐっすり眠ってしまい、目は当分開きそうもない。ただ、ついさっきまで泣いていたのか、顔の周り、ヘアスタイルなどは完全にぐしゃぐしゃになっていた。その反面、着ている服だけはお姫様のように気品があり、その抜群なスタイルも合間って、どこぞの学園祭で『ミス○○○』などに選ばれたとしても納得してしまいそうだった。

 そのぐしゃぐしゃの顔さえなければだけど。


「とりあえず真由のベットを貸してくれ。」

「まぁ〜仕方ないか。」


 少なくとも兄がやむなく連れて帰ってきたということだけは、なんとなく理解ができた。


「それで、この子の家には連絡してあるの?」

「こうして連絡先がわからないから連れて帰るしかなかったんだろ。」

「え、てゆかこの子が誰なのか、飲み会にいた人、誰もわかってなかったの?」

「元々紅坂先生が連れてきた子なんだけど、先生途中で帰っちゃってな。気づいたらこの子だけ残されてて、酔って寝てしまったというわけ。」

「ふーん。じゃー紅坂先生のお弟子さんかなー? てゆかこの子どう見ても未成年だよね? なんでお酒飲んでるのよ??」

「それがカルピスとカルピスサワーを間違えて飲んでしまったらしい。たった一杯だったらしいけど。」

「うわー……。」


 兄は女の子をあたしの部屋まで運び、そのままベットの上に乗せると、『後は任せた』と言って出て行った。めんどくさいことは嫌いなはずの兄だけど、単にこの子を放っておけなかっただけかもね。まるで捨て猫のようなその女の子は、鼻をすすりながら寝息を立てていた。


「まったく、あたしは一体どこに寝ればいいのさ?」


 あたしのベットを占領してる女の子は、寝ているようでまだ泣いているようだった。

 すると目を瞑ったまま、小さな声で呟き始めた。


「とぉもぉやぁのばぁかぁー……」


 なんか聞き覚えのある名前が聞こえた気がしたけど、きっと聞き間違えに違いない。


「もっと絵が上手くなりたいだけなのにぃー……なんであたしの前からみんないなくなるのぉー……」


 そっか。紅坂先生が一緒に連れ回しているってことは、きっと金の卵かなにかかな。すっごく頼りない顔してるけど、実はすごい子なのかも。

 紅坂朱音先生か……。

 いいなぁ〜、あたしもそんなビッグな人に認めてもらいたいよ……。


「もっと、絵が上手くなりたいの?」


 あたしはこの女の子に問いかけるように、自分に問いかけを始めた。するとすぐにその問いに答えたのは、あたしではなく、この寝ているはずの女の子だった。


「上手くなりたい。でも、上手くなればなるほど大切なものを失っていくの……」


 どきんとした。こんな幼そうな子が、自分の大切なものを引き換えにして絵を描いているというのだろうか。

 あたしだって絵師だ。絵を描けば描くほど楽しい。ちょっとでも上手く描けなかったりすると悔しい。だからもっと上手い絵を描きたい。

 でもこの子はそれを否定しようとしている……?

 上手い絵を描くことで何を失うと言うのだろう。


「絵が……上手くなってはいけないの?」

「うん。昔の描き方、忘れちゃったかも。」


 女の子は弱々しそうに、あたしの問いに答えた。


「そういうのは誰にでもあるんじゃないかな? 昔の描き方を忘れても、今の描き方がいいのであればそれでいいんじゃないかな?」

「それだけじゃない。親友も失いそうになった。なんとか、たぶん仲直りできたけど。」

「えっ……」

「それでね……その親友に、あたしの大好きだった人を取られた。」

「…………。」


 女の子は目を瞑ったまま泣いていた。さらに涙が溢れ出てきそうになっているのを、ぎゅっと目を瞑って堪えている。


 あれ……? ちょっと待ってよ――

 たしか、紅坂朱音のお弟子さんって言ったよね……?

 そのぐしゃぐしゃの顔には、あたしの頭の片隅にあった『若い女性の絵描き』、そして『失恋』というキーワードを結びつけるのに、十分すぎるほどの気持ちが含まれていたんだった。


 でも…………。


「それって、本当に絵を描いてるせいなの?」


 あたしは思った通りに聞いてみた。


「絵を描いてるせい。……多分だけど。」

「逆恨みとかじゃなくて?」

「逆恨みじゃない。……きっと。」

「じゃー、絵を描くのは好き?」

「うん、好き。」

「だったらさ、好きな絵を描くしかないんじゃないかな? どんな事情があろうと……。」


 あたしは女の子の頭をそっと撫でた。長く伸びた金色の髪は、さらっとしている。

 すると、女の子は目を瞑ったまま、今度はあたしに質問をしてきた。


「ねぇ、あなたも絵を描くの?」

「うん、描くよ。多分、あなたも知ってる作家さんの小説に、イラストをつけてるの。」

「へぇ〜。あたしは大好きな作家の依頼は断ってばっかり。代わりにその作家さんが書いたゲームのシナリオに、絵を描いてあげるの。」


 女の子はようやく泣き止んだようだった。


「ゲームのイラストかー。あたしもやってみたいな〜。」

「いつも読んでた作家のシナリオ通りにあたしの絵が動くの。すっごく不思議な感じがするんだから。」

「楽しそうだね。」

「うん、楽しい。」


 女の子はにっこりと微笑んだ。やっぱり絵を描くのが好きなんじゃん。


「今日はお話聞いてくれてありがと。そろそろちゃんと寝るね。」

「うん、おやすみなさい。柏木エリさん……」

「おやすみなさい、嵯峨野文雄さん……」


 女の子は今度こそ本当に寝息を立て始めた。

 今まで溜まっていた疲れを癒すように、綺麗な笑顔で眠りの泉へ落ちていった。

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