pr2. 不死川大学
あたしはそれから少しでも霞詩子という人物、そしてその周囲にある世界観に近づきたいと思うようになった。2回目の打ち合わせ時に持っていった『純情ヘクトパスカル』のラフ絵は無事に採用。それから、あたしの絵も本屋に並ぶようになった。
でもその頃からいずれは大学へ行って文学を学ぶんだって、決意を固めていたのだった。
「ねぇ〜倫也くん。よくあんな勉強してないくせに大学に合格したね。しかも現役合格だなんて。」
「そりゃ恵が推薦で合格したって聞いたから、俺も同じ不死川大に入ろうって必死に頑張ったんじゃないか。」
「その理由、わたしにしてみたらなんだかなぁ〜だよ。というか倫也くんきもい。」
はぁ〜、それなのに大学に入学早々、なんでこんなリア充の会話を聞かされなきゃならんのだろ。美術の専門学校にはこんなリア充いなかったのになぁ〜。文系の大学って噂には聞いていたけど、本当にこんなのばかりなところだったのか?
昨日はTAKIのブログの閉鎖、今日は目の前でいちゃつくカップルの会話を無理やり聞かされるとか、大学へ入ればもう少し胸がわくわくするような出逢いがあると思ってたのに。
そんな幻の夢物語を描きながら、大学のすぐ隣の建物にある不死川書店へ向かっていた。今日は町田さんに呼び出されて、これから急遽打ち合わせということになってたんだ。
「倫也くん、今日から初仕事だね。でも新作のシナリオ作りもあるし、本当に大丈夫なの?」
「ひょっとして恵、俺と詩羽先輩が一緒に仕事するって、ヤキモチ焼いているのか?」
「そんなことないよ。それにその反応、きもいよ倫也くん。」
「いちいち『きもい』に結び付けなくていいから!」
はぁ〜、まだいちゃついてる。
それにしても……。さっきから会話の内容がなぜか引っかかる。このモヤっとした感覚はなんだろう?という気もしないでもないけど、それにしたってもう正直勘弁してほしいよ。
ほんと彼女の言うとおり、きもいよこの『倫也くん』という男。
それとさ。さっきから横顔がちらちらと見えるこの彼女の方、どこかで見覚えがあるんだよなぁ〜。どこだったっけなぁ〜?
う〜〜〜〜ん…………
「あ〜、思い出した!
気づいたときには後の祭り。あたしは思わず大声を出してしまっていた。
すると前を歩くその彼女はくるっと振り返り、あたしの方をちらりと見た。そして、ふふんと澄ました笑みをこぼし、またすぐ前を向いて歩き出したんだ。
ちなみに、倫也と呼ばれている男の方は、隣の彼女に夢中だったのか、あたしの大声にも全く気づかないようだった。それはそれでどうなんだよ!!って気もしなくもない。
いや、あたしも『恋するメトロノーム』の真唯にそっくりだとか言われたことあるけど、ぶっちゃけそういうレベルじゃないよね。たしか『blessing software』だったっけ? 一作目は柏木エリ先生、二作目は波島出海ちゃんがキャラデザを担当してて、どちらの作品にもメインヒロイン『叶巡璃』は登場していた。恵ちゃんはその綺麗な表情の何もかもがそっくりだ。
それとその一瞬見えたその笑みは、本当に輝いていた。あの笑顔からして、紛れもなく本物のメインヒロインなんだって。
本当にモデルさんっていたんだな〜。
あたし、『叶巡璃』って書かれたこの子のサインが欲しいかも!!
「じゃあね、倫也くん。お仕事頑張ってね。あと、霞ヶ丘先輩によろしくね。」
「恵、俺は詩羽先輩に、恵の何を『よろしく』すればいいんだ?」
校門を出て、不死川書店の目の前までやってくると、恵と呼ばれる女の子は彼氏を置いてそそくさと帰っていった。置いていかれた彼氏の方は、相変わらずあたしの前を歩き、不死川書店のあるビルの中へ入っていく。
あたしも後を追うようにビルの中へ入り、彼と同じエレベーターに乗った。するとあたしが押そうとした階のボタンを先に押されてしまう。一瞬『あれ?』と思ったけど、それよりむしろあるキーワードが頭の中を駆け巡っていて、それについては特に何も思わなかった。
そう。さっきからず〜っと、別のキーワードが引っかかっているんだ。
…… blessing software? カスミガオカ……ウタハ…………あれれ?
ちん。という音とともに、エレベーターの扉が開いた。
そういえばたしか――
引っかかっていた理由については、会議室であたしを待ちわびていた霞さんの表情を見て、それが何であるのか確証に変わった。
すると駆けつけ一番、霞さんがあたし……たちにこう言い放つんだ。
「なんで倫理くんと嵯峨野さんが一緒にこの場所に来るのかしら?」
「……え?」
「………………ええっ〜〜〜!??」
『blessing software』の記念すべき第一作『cherry blessing』は霞先生が書いたんでしたよね、うん今思い出したよ……。
次に会議室に現れたのは、明らかにこの状況を楽しんでいる町田さんだった。
「二人とも、やっと到着したわね。しかも同時に到着って点がちょっと気になるけど。」
「それはむしろあたしが聞きたいくらいです。この人、だれですか?」
「あ、嵯峨野さん、紹介するわ。こちら、今日から私の代わりに『純情ヘクトパスカル』の担当をしていただく、安芸倫也くん。」
「え、ちょっと。担当が変わるなんてあたしなにも聞いてないよ!」
「えぇ。私もさっき町田さんから聞いたばかりよ。いくら町田さんが忙しいからって、こんな人選あんまりじゃないかしら?」
そう言ってる割に霞さん、なぜかめっちゃ嬉しそうに見えるのは……恐らくあたしの気のせいじゃない気がする。
それにしてもさっきのカップルの片割れがあたしの新しい編集とは…………とほほ。
すると、何故かこの状況で一人冷静な『安芸倫也』を名乗る人物が挨拶をしてきた。
「安芸倫也です。嵯峨野先生、よろしくお願いします。」
「さ、嵯峨野です。よろしく。」
てかその冷静さ、あたしと同じ大学だってことあんたさっきから全く気づいてないよね!?
なんだかよくわからないけど、あたしはこの男に妙な殺意が芽生えてきた。
そしてそこへ追い打ちをかけるように町田さんは、とどめの一撃を刺してくる。
「あ、そうだ。嵯峨野さんには安芸くんじゃなくて、『TAKIくん』の方が通じるかもね。」
「……………………ぇっ?」
頭を強く殴られたような衝撃だった。
感動したとかではなく、とにかく(TAKIがこんな人物であったことが)悲しかった。
あ〜、もう泣きたい……。
あたしは純粋に、フラットにただそう思った。
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