冴えないフミオの育てかた

鹿野月美

Prologue

プロローグその一 〜TAKIとの出逢い編〜

***

 半年ぶりのご無沙汰です。

 最近新しい仕事を始める決心を固め、

 今後更新を続けるのが難しくなってしまいました。

 というわけで、このblogも、3月末を持って閉鎖させていただきます。

 こんな暑苦しいオタクの妄言に今までつきあっていただき

 ありがとうございました。

***


「なんだって〜!!!!!」


 春、それは別れと出逢いの季節。入学式のあったその日の夜、いつものように何気なくインターネットを手当たりしだい見ていると、昨日更新されたばかりと思われる重大ニュースが目の前に飛び込んできた。

 『TAKIのHP』――突然の閉鎖

 こうしてあたしの心の拠り所となっていたサイトがひとつ、幕を閉じたのだ。


☆☆☆


 あたしが霞先生の二作目の作品『純情ヘクトパスカル』の仕事を始めたのは、今からおよそ一年半ほど前の話。

 最初の打ち合わせの日より数日前のこと、不死川書店の町田さんと名乗る女性から、一本の電話があった。もちろん最初に電話をとったのはあたしではなく、嵯峨野文雄を名乗る兄が先に電話に出たのだけど、兄は一通りの話を聞くとすぐ傍にいたあたしに電話を渡したきた。

 その電話があたしにとって初めての仕事の依頼だった。


 だけど、あたしが最初の打ち合わせで持っていったラフ絵は、編集の町田さんだけでなく、霞先生からも、すこぶる評判が悪かった。


「う〜ん…………」


 会議室はもうすぐ夕暮れ時を迎えようとしていた。あたしのラフ絵をチェックする町田さんは頭を抱えている。

 だけどそれ以上にご機嫌斜めだったのは、処女作『恋するメトロノーム』でファンタスティック大賞を受賞し、累計80万部の大ヒットを記録した、霞詩子先生だった。


「あなた、これいったいどういうつもりで描いたのかしら?」

「えっと…………………これのどこが悪いのでございましょうか?」

「私の作品をどう読んだらこういう絵になるのかって聞いてるのよ!」


 ひぃっ。初対面ながら霞先生、まじで怖いです。


しーちゃん、感情的にならないで。もうちょっと建設的に話をしましょうか。」

「だって……。」

「まぁ詩ちゃんが言いたいことは、残念ながら私にも理解できるんだけどね……。」


 町田さんは一息つくため、お茶を一口運んだ。


「嵯峨野先生、あなたは『恋するメトロノーム』を全巻読んだって言ってたわよね?」


 町田さんは優しい言葉でわたしに質問をしてきた。その冷静な対応、これが大人の女性というものなのだろうか。


「はい。一応最後まで読みました。」

「そのとき、何か『感じたこと』はなかったかしら?」

「真唯が、ものすっごく可愛いなって。」


 だって、真唯が可愛かったんだもん。特に最終巻242ページの告白後の泣き顔。キュートすぎて思わず抱きしめたくなる。こんなイラストをわたしは描いてみたかったんだ。


「それだけ?」

「………えっ?」

「真唯が『どうして』可愛いと思えたのか、その理由をちゃんと答えられる?」

「えっ……えっと…………。」


 どういうこと? 頭の中がみるみると真っ白になっていく。


「……はぁ〜。やっぱしそういうことか。」


 町田さんは深いため息をついた。あたしはそのため息の理由が理解できず、自分の顔が半泣き状態になっていることに気がついた。


「そうだ。嵯峨野さんは、TAKIくんのblogを読んだことはあるかしら?」

「それって、霞先生のファンサイトのことですか? ……いえ、話には聞いたことがありますが、まだ見たことはありません。」


 ……てゆうか、TAKI『くん』って呼び方が微妙に引っかかるのは気のせいでしょうか。


「あれは霞詩子の仕事に関わる以上、絶対に読んでおかないとダメよ。なんてったって、あのblogのおかげで詩ちゃんの作品が大ヒットしたんだから。」

「ちょっと、町田さん。なんでそこでりん……TAKIくんの話が出てくるんですか?」

「え、だって〜。嵯峨野先生を推薦してくれたのはTAKIくんなんでしょ? それならTAKIくんと嵯峨野さん、何か通じるものがあるんじゃないかって考えるのが普通じゃないかしら?」

「ツ、ツウジルモノ……」


 静かだった会議室が突然どどどという音を立て始めた。え、なんか机が揺れてるんですけど!!! これって……うわっ、霞先生の貧乏揺すり!??

 霞さん、一体何に反応したというの!? ……なんだかよくわからないけど、めんどくさそう……。

 あたしの頭の中はもう完全にぐちゃぐちゃだけど、とにかく話を元に戻さなくては。


「えっと〜……町田さん? さっきの『理由』の答えって、そのヒントはTAKIって方のファンサイトにあるってことなのでしょうか?」

「さぁ〜? そこにそんな理由が書かれてるかは、あなた次第ね。」

「ぇえ〜〜〜!?」


 そもそも、どうしてあたしの絵を採用しようと思ったのだろう? 初めて依頼の電話を受けたとき、あたしは町田さんにその理由を聞いていた。なんでも、霞さんの高校の後輩にとんでもないオタクがいるらしく、そのオタクがあたしを『いまイチオシのめちゃくちゃ可愛い絵が描ける人』と推薦したんだそうだ。そのとき霞さんが女子高生だったという事実を聞かされ驚きだったけど、それ以上に霞さんの近くにあたしを推薦するオタクがいる事実になんだかなぁ〜という気分になった。でもその人物こそが『TAKI』という人だったようだ。

 だけど今のあたしの絵は『なにか』が不足しているらしい。それは霞先生にも町田さんにもひと目でわかってしまうレベルで。それってあたしを推薦してくれたTAKIって人に、実はとんでもなく失礼なことじゃん。


「ただいま〜。」


 そんなことを考えながら夕暮れの道を歩いて帰宅した。今のわたし、とてつもなく嫌な顔をしてそうだ。


「おっ、真由おかえり。不死川との打ち合わせは……その様子は芳しくなかったようだね。」

「うっさいな〜。」


 兄への応対もろくにせず、そのまま階段を登り、自分の部屋に篭った。

 町田さんの言う『TAKIくんのblog』に、一体何があるというのだろう? だって、単なる霞さんのファンサイトだよ? そんな疑念を抱えながら、PCの電源を入れ、ブラウザを開き、『霞詩子』というキーワードで検索をする。すると町田さんが言うように、一番上とはいかないまでも、二番目にはその『TAKIのHP』なるサイトが検索結果として出てきた。あたしは迷わずクリックした――


 そのとき目に飛び込んできたのは、溢れんばかりのTAKIって人の情熱だった。

 それは読んでてこっちが恥ずかしくなるような、思いのたけの作品愛。

 どんだけ『霞詩子』が好きなのだろう?


 頭を強く殴られたような衝撃だった。

 感動したとかではなくて、とにかく悔しかった。


 悔しくて悔しくて、ついに涙が止まらなくなった。

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