第88話 変貌せる日常

同居人が増え、日常も色々一変した。が、良くなったと思う。


「ますたぁおはようううう」


飛んで来たレイの首根っこを、トキが掴んで止める。ぶらーん。


「解子さん?!どうして邪魔するの?!」


「彼氏に着く悪い虫は駆除する、それが婚約者たる僕の使命だからね。馬鹿な事してないで、学校行く用意しなさい」


「何でいつの間にか私学校行く手続きされてたの?!凄くアウェイなので行きたくないんだけど!!登校拒否したいんだけど!!」


「そもそも、行かせてなかったのが、親権者たる僕の怠慢だったのだ。良いから行きなさい」


「妥当。レイは速やかに学校に行くべき。大学を出た私とは、異なる、事情が」


「桜花も行ってきなさい」


「分かった。桜花は良い子にする。後で甘える」


「ああああ、私も学校行くから後で甘えるからね!!」


「構わないよ」


「解子さんにじゃないいいいいい!」


レイが叫んでいる。朝から賑やかで楽しい。


トキの用意してくれた朝食を摂る。


「解子さん、そろそろ行こうか」


「そうだね」


朝はトキと出社。たまたま時間が一緒、ではない。俺の給料の低さを見兼ねたトキが、トキの会社に転職を勧めてくれたのだ。トキの縁故採用で、地位と権限は有るがお飾りで、あまりやる事がない役職。情けないし申し訳ない気はするのだが、元の職のままワープワをするのはもっと情けない。トキの厚意に甘えている。


トキがすっと手を繋いでくる。元々はレイに見せる為に始めた事だが、習慣となっている。俺はまだドキッとするが、トキは顔色一つ変えない。


トキの運転で会社に向かう。俺も免許取らないとなあ。


会社では、定時までのんびり過ごす。俺のところに相談に来る人は意外といる。俺がある程度決裁権持っているのと、トキは完璧オーラが出ていて近づき難い、と言うのが有りそうだ。


「すみません、朧月さん、この企画なのですが」


「良さそうですね。ここに判子押せば良いんですね」


面倒なので適当に判子押す。


「朧月さん、こんな提案が有りまして」


「企画自体は素晴らしいけど、それは誰の提案?ちゃんと提案者を明記、提案者を議論に参加させ、提案者が経過に携われるようにして、最後は提案者の評価に繋げる。前も言ったよね。意見出してくれた人を隠しちゃ駄目。やり直して」


気が向かなかったら難癖つける。


「我が社もこの分野に進出を」


「駄目です。うちのブランドは、芸能関連や、もしくはそれに憧れる一般の人向けの物。それ以外は駄目。ブランドがブレる」


「しかし、ライバル社もうちの領域に進出してきました。今は多角化の時代です。生き残りの為には我が社も」


「よそはよそ、うちはうち。うちのブランドは、アイドルでは負けないし、そうあるべき。追い付かれれば追い抜かせばいい。それに注力するのが、うちの誇りであり、うちのブランドだ。他に手を出して売上が増えたからって何なの?別に売上増やさないといけない訳じゃないんだから。必要なのは良い物を作って選ばれ、ちゃんと利益を上げる事。成長が必要な訳じゃない」


仕事増やすな。適当な思いついた言葉を並べて煙に巻く。


「緊急の事案が発生しました。我が社の社運がかかっているので至急会議が必要です。つきましては18時から時間を頂きたく」


「うちの定時は17時30分。16時30分以降の会議は禁止。明日の9時30分以降で調整して下さい。定時内に準備が終わらないなら、時間は更に遅くする事」


残業とかふざけるな。部下が残ると帰り辛いので、定時後は次の日に作業させる事を徹底。ちなみに、破ると、破った社員の上方向の責任者全てにペナルティがある。


これだけ好き勝手してもトキは、何も文句を言わないばかりか、デザインのチェックに専念できるようになったから有り難いと言う。俺が入社してからでもトキの会社は成長を続けており、この短期間だけでも株価が数倍になったそうだ。トキや、トキの部下が、それだけ良い物を作っているという事だろう。


17時30分。定時になったので、終業のベルがなる。各々、仕事を片付け、帰り始める。トキも見ていたデザインを置き、席を立つ。


トキと連れ立って外に出る。


日常は一変した。本当に良いのか不安になるくらい、幸せだ。

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