第84話 何時かはあの場所で

仕事を片付ける。簡単な書類仕事だ。片方のモニターでメールを表示しつつ、もう片方のモニターに映したソフトにデータを入力していく。


「先輩、ちょっと聞きたい事が」


ちらっと一瞥。


「その案件、営業がやらかしてる可能性が高い。前提条件の2項、怪しいから先方にもう一度確認して」


「あ、はい、そこを確認したかったんです」


「先々月の議事録が残ってて、そこで客先も同意してるはず。もし揉めたらその当たりを提示して」


「分かりました」


後輩が席に戻っていく。自分の作業に戻る。後5分で定時・・・この作業はここで止めて、明日に。この作業なら3分で終わるからこちらを先に。ジャスト17時。仕事の終わり。


「お疲れ様です」


上着を着て、鞄を掴み、立ち上がる。


「あ、先輩、待って下さいー」


後輩が呼び止める。帰ろうとしてるんだけどなあ。


「どうした?仕事の話なら明日にして欲しいのだけど」


「違うんです、ちょっと自慢したい事がありまして」


明日どころか永遠に先延ばししたいんだけど。


「これ見て下さいよ!」


音夢鞠愛の聖女ライブ、と書かれているチケットだ。ユウタの彼女さんだっけ。


「これ、今人気ナンバー2のアイドルなんですよ!奇跡的に席取れたんです!このメロンパンドームを貸し切ってコンサートするって・・・本当にトップアイドルって感じですよね!」


何その美味しそうなドーム。


「そ、そうか、おめでとう」


「あー、先輩また分かってない。アイドルは素晴らしいんですよ?!一度ライブ行ってみて下さいって!絶対価値観変わりますから!テレビで見るのも感動しますが、生で見るのが本当に凄いんです!」


言われてもなあ・・・そもそもチケット取れないんだろ?


「そうは言っても・・・それにしても、ナンバー2って良く聞くけど、ナンバー1のアイドルってどんな感じなんだ?そのライブならもっと凄いのか?」


メロンパンじゃなくクロワッサンドームとか。


「ナンバー1は・・・ちょっと特殊なんです。ライブは一切やってないんですよ。都市伝説みたいな奴で、一部の富裕層だけ集めてライブしてる、という噂も有りますけどね。テレビには稀に出るし、音楽も出してるから、ナンバー1は譲らないのですが。でも、実質ナンバー2がナンバー1って感じですね」


プレミア感を出す商法なのかなあ。


「なんかもうナンバー2がナンバー1でいいんじゃないのか?」


「何というか・・・魔性・・・?余りにも凄さに、ライブを見たファンが熱狂して暴動が起きるので、警備がとてつもない事になるから・・・一般のライブを行わない、と噂されてますね。歌も、聞きながら歩いてたら、歌に集中し過ぎて、交通事故が多発。先週も自転車が高齢者に・・・なので、ナンバー1アイドルの歌は売れるんですけど、普段は聞けないんです」


「音楽聴きながら自転車に乗るなよ・・・」


自宅でゆっくり聞こうぜ。車載の音楽プレイヤーとかならまだ問題視していいけど、今の例は明らかに音楽の使い方が間違っている。イヤホンしながら歩行や自転車、駄目、絶対。


「なので、僕は今度の休みはライブで弾けちゃいます!以上自慢でしたっ!」


「あー、おめでとう」


生返事を返す。実際にライブに行けば凄いのかも知れないが、俺には縁がない話だ。


という話を暇つぶしにレイにした所、レイがぎゅーっと抱きついてきて言う。


「じゃあますたぁ、私のライブ聞きに来てよ!」


「ん、レイもライブとかするのか?と言うか俺はコミュ症だからオフで人に会ったりは」


「なんか最近みんなとオフで会ってるって聞いた!」


どっから情報仕入れた。サクラとか毎日会ってるがな。ちなみにサクラ、小学校行ってなかったのだが、説得して小学校は行かせることにした。なんか海外の大学卒業資格とか持ってたけど。


「・・・分かった。じゃあレイのライブ聞かせてくれるか?」


「うん!地下?アイドル?なのかなぁ。お客さん全然集まらなくて、毎回大変なんだよ!」


地下アイドル、の存在は聞いた事がある。苦労しているようだ。


「分かった。チケット、とか買う必要があるのか?」


「いらないよ!私が招待するんだもん!」


流石に俺でも数千円くらいなら出せるのだけど・・・まあ、一万超えたら危ないので、甘えるか。


「そうか、ありがとう」


頭を撫でると、レイが目を細め嬉しそうにした。


指定された場所で待ち合わせ。ちなみに、出かけるときは大抵、トキに貰った服を着ている。一張羅?である。自分の服のセンスはかなり壊滅的なのだ。


待ち合わせ場所で待っていると、後ろから抱きつかれた・・・柔らかいし温い?!


「わっちょっ?!」


「へへーますたぁ!」


サングラスをかけ、帽子を被った女の子が後ろに立っている。変装、しているのかな。本当にアイドルみたい。


「えっと、レイか?」


「だよ!」


ゲームの中と同じく、活発な娘のようだ。というか身体接触は辞めてくれ。流石にリアルでやられると耐えきれない。


「はは・・・初めまして、今日はよろしく」


初めての緊張感はあまりない。気安いレイの態度がそうさせるのだろう。


「うん、よろしく!」


レイに連れられて、雑多なビルの裏道を行く。途中強面のおっさんが時々立っている。なんかすげー威圧感感じたので、多分何かの達人。に混じって普通の青年が談笑してたりするけど、その人達も多分何かの達人。何これ。地下アイドルのライブとかじゃなく、闘技場だったりしないだろうな。


途中、でかいドームが見えた。あれがメロンパン?凄い人だかりだ。全国2位のアイドルというだけあって、凄いみたいだ。


「凄いよね!メロンドーム!私も何時かはあそこでライブやりたい!」


レイがこちらの視線に気づいて言ってくる。


そこから少し歩いて、古びた扉のビルに着く。そこからエレベーターで降り・・・赤絨毯が引いてある?!古びた入り口とは対照的に、清潔で綺麗な造りになっている。両脇にはよく分からない絵とか飾ってある。うーむ・・・見事にそれっぽい雰囲気を演出している。実際の価値はないのだろうけど、見せ方次第でかなりの凄い場所に感じる。うわ、この絨毯すげーふかふか。


くるくる回りながら歩くレイに連れられ、美しい扉を開ける。上等な椅子が30程並んでいて、10人程の人が既に待っていた。


「ごめんなさい、遅れました!すぐに準備してきます!」


レイが既に待っていた人達に謝ると、こちらに向けて、


「準備して、向こうのステージから出てきます!少しお待たせするけど、ごめんなさい!」


言い、たーっと控え室の方?に駆けていった。


・・・どうしよ・・・とりあえず座る。座席番号ないから適当でいいんだろうか。席は30席あるけど、中の人は10人程。つまり、そういう事なのだろう。


周りに警備員?っぽい人がいるけど、そちらは客ではなさそうだし。


「失礼、貴方はどなたですかな?」


待っていた客の1人が近づいてきた。差し出してくる名刺・・・大統領?何かのロールプレイ?まあ、全員からかなりのカリスマを感じるので、違和感はあるのだけど。というかこれはどう言う意図で・・・・はっ、推しに近づいて馴れ馴れしい、お前誰やねん、的なアレ?!


「えと・・・俺・・・私・・・は・・・」


「どうしました?」


近づいてきた客が首を傾げる。


「・・・貴方は!」


遠くに居た客の1人が猛ダッシュでこっちに向かってくる。何?!


「シルビア様!ご無沙汰しております!」


手をとってぶんぶん振られる。どよっ、噂が広がる。ちょいまて、何で俺の名前に反応できる。この手をぶんぶん振ってるおっちゃんは、前トキと一緒に行ったときにいたおっちゃんだな。結構な身分だろうに、何でアイドルのライブとか見に来てるんだ。まあ、そういった層に人気があるレイすげーって感じではある。


「ああ・・・久しぶりですね」


「貴方がシルビア様・・・感動です・・・まさかお会いできるとは!」

「貴方様もワンのライブに・・・いや、ワンが直々に案内するのも当然ですね」

「ああ、今日は何と素晴らしい日だろう、本当に今日このライブに参加できて良かった」


おっちゃん連中に囲まれる。えええ・・・


やがてレイが入ってくる・・・が、誰もステージを見ておらず、俺の周りに集まってるのを見て、抗議する。と言うか、レイって凄い可愛いな。身内贔屓なんだろうけど、鞠愛よりも遥かに可愛いように思える。


「あああああ!みんな何で私のライブに来てますたぁに!というかますたぁは私の!とっちゃだめえええええ」


お前のじゃないぞ。


「と、とりあえずライブが始まるようです」


みんなはっと思い出したように、席に着く。


レイが踊り出す。ゲーム内で惹き付けられた動き、いや、それ以上。いつの間にか、レイを見ていない人はいない。警備員ですらも。いいのか?俺もかなり視線が吸い寄せられる。確かにライブって凄い。・・・レイが凄いのかも知れないけど、でも凄い。


あっという間にライブが終わり、拍手の嵐。警備員すら。実はあいつら客か?


「みんなーーありがとーー!!」


レイがみんなに手を振る。


帰り道。レイは後処理があるから、俺1人で帰宅となる。レイが後ろから抱きついてきた。だから不味いって。


「こらこらレイ」


「えへへー今日はありがとーますたー!」


顔をすりつけてくる。可愛いけどこう・・・ね?


「こちらこそありがとう。今日は本当に楽しかったよ」


「へへっ」


レイがにこっと微笑んだ。

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