第67話 フライドラビオリピュレ仕立てパフェ

 ヨルベナさんは、ほがらかになり、鼻歌を口ずさみながら、デザート&デリパフェの新作メニューをさらさらとメニューのアイデアノートに書き始めた。


「今度は、ランチタイムにいらしてください、とびきりのランチパフェをごちそうさせていただきます」

「え、いいんですか、おつかいで来ただけなのに」

「オリオンさんがお任せしたということは、そういうことなのです」

「そういうこと……?」

「では、これから試作に取りかかりますので」

「あ、はい、では、ランチパフェ、楽しみにしてます」


 私はヨルベナさんにおいとまの挨拶をすると、空になったランチボックスを持ってカフェへもどった。

 もどってから、パフェのごちそうのお誘いを受けたと報告をしたら、フェザリオンとティアリオンが、声を揃えてうらやましがった。


「ヨルベナさん、元気が出たのでしたら、よかったです」

「はい、メニューのアイデアが止まらないって、なんだかスエナガさんみたいに、勢いよくノートにイラスト入りで新しいパフェを描いてましたよ」

「そうですか、では、このリーフレットに載っているのは、その新作パフェかもしれませんね」


 オリオンさんは一枚のペーパーを手渡してくれた。

 そこには、大小バランスよく紙面全体にカラフルなパフェのイラストが配置され、それぞれに表情豊かな文字でパフェの名前と簡単な説明が書きこまれていた。


「これ、どうしたんですか」

「ネズさんが持って帰ってきてくれたランチボックスに入ってました」

「え、いつのまに」


 私は手渡されたペーパーをしげしげと眺めた。

 ノートから破りとったのか、片側がギザギザのペーパー。

 端がきれいに始末されていないのに、イラストもデザインもパフェの内容の組み立ても、できたてほやほやのフレッシュさに溢れていて、かえっていい効果になっている。


「フライドラビオリのピュレ仕立てのパフェって、デリというよりなんだかディナーメニューみたい。とってもこってる。最早パフェの域を越えてる。どんな味なのかな、美味しそう、食べてみたい」


 そう私が口にした時だった。


「お届けもの、預かってきました」


 扉を開けて現れてのは、詩人のフルモリ青年。

 縦長のテイクアウトボックスを提げていた。


「こみちパフェのヨルベナさんからです」


 フルモリ青年は、ボックスの中から立方体の透明な箱を取り出した。

 箱の中には、逆末広がりのパフェグラス。

 たった今、食べてみたいとつぶやいた、フライドラビオリピュレ仕立てのパフェが入っていた。


「新作の味見を、ネズさんにお願いしたいそうです」

「え、わたしに」


 パフェグラスのベースは、上から、セミフレッドグリーン、クリームホワイト、ブラッドベリーのイタリアンカラーの層になっている。

 その上に甘みのある生ハムプロシュートのバラが咲き、それを取り囲むように、小ぶりのラビオリが飾りつけられている。


「ヨルベナさんは、せっかちさん」

「ヨルベナさんは、そわそわさん」


 フェザリオンとティアリオンが、パフェをのぞきこんで、いいなぁ、という顔をした。


「味が落ちないうちにいただいて、ヨルベナさんにお返事を書いて差し上げてください」


 確かに、これは、早く食べた方がよさそうだ。

 きれいな三色カラーが溶け出してしまう前に。


「では、いただきます」


 私は、三層になっているパフェのベースに、細長いパフェスプーンを沈めた。

 まぜこぜにならないように、静かに静かにスプーンを引き抜くと、三色のピュレがきれいに乗っていた。

 私は、端から順番に口に入れることにした。

 

 セミフレッドグリーンは、クレソンと酸い葉ソレルのポタージュを卵黄でもったりととろみをつけて、ソレルの酸味を活かすのに白ワインビネガーをたらしてまとめてある。

 クリームホワイトは、マスタードソースで和えたじゃがいもととりレバーのピュレで、白トリュフがほのかに香っている。

 ブラッドベリーは、野辺の兎を力強い赤ワインで煮込み、山栗を丸ごと入れ込んだジビエコンポートを、そのまま食べても十分美味しいのにあえてすり潰したピュレ。


 たったひと匙だけで、イタリアンカラーのフレンチフルコースを食べた気分だ。

 濃厚さに浸った舌をクールダウンさせるのに、プロシュートのバラで口直しをして、次は、フライドラビオリを摘まんでピュレをすくって味わった。

 フライドラビオリにはフィリングは詰められてなくて、代わりに生地にアニスシードやセロリアックシード、セサミシードなどが練り込まれていた。


 この至福の味わいを、どうやってヨルベナさんに伝えたらよいのだろう。

 フレンチ、イタリアン、うーん、ヌーベルな何か。

 でも、うっかり知ったようなことは言えない。

 まだカフェ見習い継続中の身なのだから。


「ネズさんが、うっとりしてる」

「ネズさんが、うっとりしてる」


 フェザリオンとティアリオンのはやしたてる声に、私は我に返った。


「いかがでしたか、ネズさん」

「いかがでしたか、ネズさん」


 私は、素直に答えることにした。


「おいしかったです、とっても」


 口から出たその言葉を、フェザリオンとティアリオンが、ふわふわ飛び跳ねながら一文字ずつ拾って、ヨルベナさんから届いたペーパーの裏側に貼りつけた。

 オリオンさんは、そのペーパーでするすると紙飛行機を折って、中庭に面した窓を開けて、すいっ、と飛ばした。


 心躍る美味しいの気持ちを乗せた紙飛行機は、中庭をすーっと一周してから、降り注ぐ日差しの中に吸い込まれていった。



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