第64話 こみちパフェのヨルベナさん
「いってきます」
そう言ってカフェを出ようとして、ふっと足を止める。
こみちパフェへの行き方を訊いていなかった。
「中庭から行くには、あの、えっと、どこから行ったらいいのですか」
私の問いかけに、フェザリオンとティアリオンが目配せし合って、手を取り合って、中庭へと私を先導していってくれた。
「こみちパフェさんへは、こちらから、です」
「こみちパフェさんへは、呼び鈴をやさしく鳴らして、さあどうぞ」
フェザリオンとティアリオンが、どこからともなく取り出したガラスのベルをリリン、リリリン、と鳴らすと、カフェの反対側の壁を覆った蔦のカーテンがゆらゆらゆらいで、仄暗い細い道が姿を現した。
「今は、こみちパフェさんは、その道の奥にあります」
「今は、こみちパフェさんは、照り降り計りが降り降り陽気なので、道の奥でオープンしてます」
詳しく訊くのはもどってきてからにしよう思い、私は、こみちパフェさんへ届ける、ロールクレープを1本ずつペーパーで包んだラッピングサンドが並んでいるランチボックスを抱えて道へ入っていった。
ほんの20,30メートル歩いたところに、かわいらしくてクールなシャーベットカラーに彩られたお店が現われた。
「こんにちは。カフェ・ハーバルスターから来ました」
初めての場所なので、少しよそいきの声で言ってみた。
「いらっしゃいませ」
挨拶とともに現れたこみちパフェの店主は、こざっぱりとした青年だった。
小枝を模したつるの縁なし眼鏡をかけている。
白いシャツはサイズ感ぴったりで、すらりとしたスタイルに黒のソムリエエプロンが決まっている。
ただ、オリオンさんや、フルモリ青年よりも、ずいぶん線が細くて、そよ風にたなびいてしまいそうな雰囲気が漂っていた。
「あの、はじめまして。わたし、ネズと申します。オリオンさんからこちらを預かってきました」
「あ、は、はじめまして。僕は、こみちパフェの店主のヨルベナと申します。オリオンさんからということは、カフェ・ハーバルスターの方ですね。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、よろしかったら、少しおつきあいください」
こみちパフェの店主ヨルベナさんは、ランチボックスを受け取ると、華奢な丸テーブルに置いて、オープンカウンターのキッチンへと入っていった。
私はカーテン代わりに掛かっているブラインドの隙間から外を覗いてみたが、蔦が絡まる壁がこの店に接しているのしか見えなかった。
いったいこの店のある場所は、どうなっているのだろうと思いながら、テーブルとお揃いのかわいらしい丸椅子に腰かけると、パフェグラスをトレイに乗せてヨルベナさんが戻ってきた。
「アミューズ・パフェのテイクアウトサービスを考えてるんです。オリオンさんに相談したら、ハーバルスターのパーティー・デリバリーのメニューに、まずはお試しで載せてみましょうとお話をいただいたんです」
そう言ってヨルベナさんは、おそるおそる試作品のパフェをテーブルに置いた。
「コーンフレークの代わりにクルトンとさいの目切りにしたクリームチーズを詰めて、むきエビを縁に飾って、ロメインレタスをちぎって花の形に盛りつけて、半熟卵を落として、オーロラソースをかけてみました。僕としては、思い切った発想をしてみたんですが」
シュリンプカクテルとシーザーサラダのミックスパフェ。
見た目は華やかだが、ありきたりな組み合わせだ。
「いかがですか」
懇願するような面持ちで見つめられて、私は味見をしなければならないのかと、細長いパフェスプーンでクルトンとチーズをすくって、オーロラソースをつけて食べてみた。
「美味しいです。食べたことのある安心感が、心地よいというか」
言うにこと欠いてそう口にしてしまった。
「そう……ですか……」
ヨルベナさんの声は、消え入りそうだった。
「あ、でも、味はいいです、美味しいです」
私は、慌ててフォローの言葉を探した。
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