第63話 フィナンシェにピスタチオクリームでメッセージを

 直接きいてみる。

 それは、いいかもしれない。

 それは、初対面の人にだったら、意外にできることだった。


 少し仲良くなり始めてきた頃合いが、苦手かもしれない。

 距離を詰められそうになると、だめなのだ。

 すっと引くどころか、音信不通になって隠れてしまうこともしばしば。

 微妙に距離をおきたいだけなのに、それがうまくできない。

 深く付き合うのが苦手なのだろう。

 と、他人事のように言ってしまうのも、きっと、よくない。


 コーヒーカップに顔を埋めながら、私は、ふっとため息をつく。


 では、カフェ・ハーバルスターで知り合った人たちとはどうだろう。


 オリオンさんの絶妙な間合い。

 フェザリオンとティアリオンのエンターテインメントな間合い。

 スエナガさんのアーティストな間合い。

 フルモリ青年のポエトリーな間合い。

 ネコヤヤさんの気まぐれで気づかいな間合い。

 

 私は、私の間合いは。


 そこで、言葉に詰まる。

 

 ソーサーに置いたカップに、コーヒーが注がれる。


「あ、ありがとうございます」


 ふっと途切れたネガティブモード。

 自分では断ち切れないぐねぐねした思考回路を、コーヒーの香りが、ていねいにゆるやかに修正していってくれる。

 ていねいに、ゆるやかに、オリオンさんがいれてくれたコーヒーの香りが。


「ネズさん、デザートはいかがですか」

「ネズさん、今日はフィナンシェです」


 フェザリオンとティアリオンが、軽やかなステップで、ほこり一つたてずに、焼菓子の乗ったレース模様の白い皿をテーブルに置いた。


 ハート型のフィナンシェは、焦がしバターブールノワゼットの温かな香ばしさ。

 しっとりと肌理の細かい焼き上がりに、口元がほころぶ。


「フィナンシェには、リンゴの蜜煮を添えるのもおすすめです」

「フィナンシェには、ピスタチオクリームでメッセージをお入れするのもおすすめです」


 甘いフィナンシェに、リンゴの蜜煮に、ピスタチオクリーム。

 甘さに甘さを重ねていく。

 食べるのはためらってしまいそうだけど、考えるのは楽しい。


「メッセージ、お入れしますか」

「メッセージ、十文字まではサービスです」


 二人にせかされて、私はメッセージを考える。

 

「考えるのはいいんだけど、誰宛のメッセージになるのかな」


 私のつぶやきを、二人は聞き逃さない。


「どなたでも」

「ネズさんにでも」


 二人は揃って一歩進むと私の顔を見上げた。


「自分に、自分から、メッセージ」


 いいかもしれない。

 でも、そう、まずはそうじゃなくって。


「だったら『ありがとうカフェダチ』かな」


「カフェダチ!? 」

「カフェ絶ち!?」


 私の言葉に二人は声を上げる。


「ネズさん、カフェに来るのを絶つのですか」

「ネズさん、カフェに来るのをやめてしまうのですか」


 私は、首を大きく横に振ると、


「カフェダチっていうのは、カフェ友だちのこと。私が今作ったの」


「よかったー、ネズさんが来なくなったら、さびしいです」

「よかったー、ネズさんが来なくなったら、かなしいです」


 二人の心からの安堵感が伝わってくる。


「ごちそうさま。いってきます」


 私は二杯目のコーヒーを飲み終えると、席を立った。

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