第46話 ミューズリーフィリングのポテトパンケーキタルト 

「ミューズリー? 」

「シリアルの一種よ。ハプニング・モーニングの時のメニューね」

「シリアルって、フレークやナッツやドライフルーツのミックスされてて、ヨーグルトやミルクをかけて食べるのですよね」

「ミューズリーはスイス生まれと言われてる、ドイツで親しまれているシリアルなの。簡単に言えば、甘くないグラノーラ」

「ああ、それで、ドイツ風セイボリー・タルトに使うといいってことなのですね」

「そう。ポテトパンケーキにミューズリーを詰めて、そうね、じゃがいもと相性のいいドライアップルを入れて、ドライフルーツの自然な甘みを加えると、味気なさが消える。それに、クリームチーズをたっぷりのせて、ブラックペッパーをミルでひいてふりかけるの」


 ネコヤヤさんが説明してくれたフィリングのタルトも美味しそうだ。


「ポテトパンケーキって、じゃがいものパンケーキ? 」

「ええ。じゃがいもをすりおろしてこねて平らにして揚げるのがよくある食べ方。セイボリー・タルトにするには、じゃがいもの生地をタルト型に押しつけて焼いて、熱いうちにミューズリーを盛り込んでクリームチーズをかけるの。余熱でチーズがとろりと溶けてペッパーの香りも引き立つ」


 これは、寒い季節によさそうだ。

 とろけたてのチーズにスパイスの香り、ほかほかの湯気のたつ焼きたてのタルト。

 外から帰ってきて、食卓に載っていたら、きっと思わずにっこりしてしまうだろう。


「今言ったのは、前にこちらでいただいたタルトから甘みを抜いたレシピ。いただいた時は、クリームチーズではなくホワイトチョコソースにラズベリーソースの甘み重ねで、刻んだピスタチオのグリーンがきれいだった」

「甘そうですね。コーヒーが欲しくなりそう」


 ネコヤヤさんは、ふふんと鼻を鳴らすと、


「オリオンさんに頼んでみたら」


 と私にささやいた。


「え、何をですか」

「食べたいもののリクエスト」

「ふだん味見係をしてるので、ちょっとした提案はさせてもらってます」

「そうじゃなくて、え、と、オシゴトではなくて、こう、個人的に、ね」

「それは、ちょっと、なんというか、申しわけないというか」

「あなた、頼むってこと、恥ずかしいなんて思ってないでしょうね」

「え、そ、そんなこと……」


 私は返答に詰まってしまった。

 確かに、私は、お願い事が苦手だった。

 苦手だから、必要以上に人と関わらないようにしてきた。

 苦手だから、自分で、自分で、と抱え込んできた。

 そうしているうちに、みんな、画面越しでしかつながれなくなってしまった。


「恥ずかしいって思ってたっていいの。あなたが、自分でそのことに納得できてるのだったら。でもね、時には、ちょっとだけ自分の気持ちを言葉にしても悪くはないの」


 ネコヤヤさんは、ふいっともう一呼吸私に近付くと、


「何かしてあげたいな、って思ってる相手から、頼まれる、お願いされるのって、なかなかよい心持ちのするものよ」


 ネコヤヤさんのささやき声は、何か心をくすぐるようで、人に頼みごとをするのが苦手な私に、小さな勇気を授けてくれた。

 その勇気を心に灯すと、私は自分に言い聞かせるように


「オリオンさんに作ってもらいたいものは、たくさんあって、すぐには選びきれないので、リストにしておきます」


 と、ネコヤヤさんに笑顔で答えた。






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