第45話 ガレット ドレス タルト
「そういえば、肝心な国のタルトがないようだね」
スエナガさんが言った。
「肝心な国? 」
「そう、このキャンドルピラミッド発祥の国だ」
「というと、ドイツ、ですか」
「そう、ドイツだ」
言われてみれば、ドイツ料理のタルトは見当たらなかった。
「それは、もしかしたら、ドイツ料理には、お米や雑穀の料理がないからかもしれません」
「それは何か不都合でもあるのかな」
「今回のセイボリータルトには、何かしら、お米、雑穀を入れるというテーマがあるんです」
「ふむ、言われてみれば、主食、つけあわせ、サラダ、と、米や雑穀は広く活躍してるものだが。これは、いいのかね」
スエナガさんが手にしたのは、そば粉のクレープことガレットを何枚か重ねた生地にクスクスが敷かれて、その上から、オリーブオイルにクミンをふり入れてパプリカとズッキーニとガーリックとラムのソーセージのぶつ切りを炒めてトマトで煮込んだものがかけられていた。
もう一種類は、ブイヨンで炊いた熱々のライスの中に、モッツアレラチーズとバターで炒めたマッシュルームを混ぜ込んだリゾットが盛られている。
トッピングは、イタリアンパセリとパルメザンチーズがたっぷり。
ガレットは重ねてあるとはいえ一枚一枚は薄いしやわらかい。
タルトのように形は保てないので、小さな円形のセルクルに中心部をはめている。
セルクルの丸い形に添って波打ちながらガレットが垂れて広がっているさまは、重なり合ったドレスの裾のようで華やかだ。
これは、他のタルトのように、簡単に手で摘まんでとはいかない。
大きなスプーンに丸ごと乗せて、ひと息に食べないと、フィリングが全て溢れてしまいそうだ。
そんなことを考えていたら、なんとスエナガさんは、セルクルから放射状に垂れているガレットの端を器用に摘まむと、巾着のようにして口に入れてしまったのだった。
「クスクスは、つぶつぶしているが、クスクスは、パスタだな」
「クスクスみたいに、パスタをお米のようにして食べるのは有りです」
自分ながらとってつけたようだと思いながら、私は、この場をどうしたものかと手を組んで考えをめぐらせた。
「うまいな、これは、そば粉が香ばしい。小麦粉のクレープではなくそば粉のガレットとの組み合わせは、小麦粉同士と違って胃にもたれないぞ」
スエナガさんは、困り顔の私を一向気にせず、もう一つの方も味わっている。
「こちらは、肉も魚も使っていないが、ブイヨンがビーフだからかコクがあって満足感がある。チーズもブイヨンも、ビーフから生まれたものだからか、相性がたいへん良い。ガレットがぽそぽそしていたら、美味しさも半減だが、このリッチな風味と舌ざわりの良さは、ふむ、卵とバターを使っているな」
スエナガさんが味わっているうちに、こうばしい匂いが辺りに漂ってきた。
カウンターから、オリオンさんが、トレイを片手に颯爽とこちらにやってきた。
いつものスマートな仕草で、ガレットタルトのあった場所に、トレイから新しいタルトをサーブした。
「ミューズリーのタルトです」
オリオンさんの声に、私は、はっとした。
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