第38話 ごはんタルトフィリング——稚鮎と木の芽味噌、玄米と豆乳
「和風が欲しいかな」
書き出したノートを見て、つぶやいていた。
ドリアが日本発の洋食というのは知ってるけれど、いわゆる和食ではない。
タルトに和風だしは、さすがにきびしいかな。
でも、オリオンさんの作る和食にも興味がある。
「もう一台は、和風のフィリングだけでお出ししようと思っています」
と、察したかのようにオリオンさんが言った。
「え、キャンドルピラミッド、もう一台あるんですか」
「はい。匂いの強いくせのあるタイプのハーブやスパイスと一緒にしない方が、和風のだしは味わえます。ハーブやスパイスはそのくせでお互いに風味を引き立て合っていくことがありますが、和風のだしと組み合わせるとちぐはぐになりやすいんです。隠し味でごく少量足すのはいいかもしれませんが、まだ模索中です」
確かに、かつお節や煮干し、昆布のだしは、くせのあるエスニックハーブや匂いの強いスパイス類を合わせると、両方の良さを出すのは難しいかもしれない。
同じ魚のだしでも、ブイヤベースであればサフランと合う。
サーモンとディルは、マリネでも、クリーム煮でも、グリルでも相性がいい。
和食には、和のハーブ、山椒、生姜、紫蘇、蓼かな。
これは、タルト生地に混ぜ込むのは難しいかも。
それにしても、どんな素材でも魔法のように最上の一皿にしてしまうオリオンさんでもうまくできないことがあるんだ。
できないとそのままにしないで模索中というのは、さすがだけれど。
「二台目のご用意ございます」
「そろそろお持ちしますか」
フェザリオンとティアリオンが声を揃えた。
「そうですね、そろそろいいでしょう。それは、中庭の見える席のテーブルに」
「はい、オリオンさん」
「はい、オリオンさん」
フェザリオンとティアリオンの返事は元気がいい。
二人は二台目のキャンドルピラミッドを乗せたワゴンを仲良く並んで押して、窓辺の席へと運んでいった。
それからワゴンからテーブルへとキャンドルピラミッドを移そうと、よいしょっと苦心惨憺しているのを見て、スエナガさんとフルモリさんがそばへ駆けつけて、すっと手を差し伸べた。
「ありがとうございます、スエナガさん」
「ありがとうございます、フルモリさん」
フェザリオンとティアリオンは、膝を曲げて踊るように深々とおじぎをした。
「どうぞ、ネズさん、ご覧ください」
「どうぞ、ネズさん、お仕事の続きを」
二人に促されて、私は、再びメニューをノートに記し始めた。
「え、これって、鮎? 稚鮎の揚げたのに、山椒味噌? 」
まず目を惹いたのは、小舟に躍る稚鮎だった。
木の芽味噌がに山椒の若葉が添えてある。
稚鮎の下には、うっすらとだし色のついた稚鮎のほぐし身の入りの炊き込みご飯がのぞいている。
それにしても、どう考えても、いくらおかずタルトのセイボリータルトとはいえ、このフィリングがタルト生地に合うとは思えなかった。
「これは、もしかして、タルト生地がごはん? 」
疑問符をばらまきながら、私は、稚鮎タルトに顔を近づけた。
「タルト型につぶしたごはんを敷き詰めて素焼きにしてあります。ごはん自体に味つけをしていないので、フィリングの味わいをしっかり受けとめられます」
オリオンさんが、タルト生地の種明かしをしてくれた。
「こっちは、シチューのようなクリームが入っているけれど、このにおいは、お豆腐、豆乳、かな」
「玄米の豆乳グラタンです。にんじんとごぼうとだいこんのだしで炊いた玄米に、絹ごし豆腐を豆乳で溶いてクリーム状にしたものを流し込んでオーブンに入れました。
彩りは、二種類のとうもろこしのみずみずしい白と甘い黄色です」
オリオンさんが、珍しく饒舌だ。
もしかすると、和風ごはんタルトに関しては、気にかかることがあるのかもしれない。
お客様に中途半端なものは出さないオリオンさんだから、完成はしているのだろう。
実際、説明をきくと、納得のいく組み合わせで美味しそうだ。
ただ、もしかしたら、味覚を選ぶ美味かもしれない。
「玄米だけだとぽそぽそするけれど、こうやってドリア風にすると食べやすいですね」
「食べる前に、オリーブオイルを一、二滴と、白胡麻を。お好みで七味をふっていただいても」
それでも、ごはんのタルト生地の登場で、フィリングの幅がいちだんと広がったのは確かだった。
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