第37話 カーシャのボルシチスメタナ仕立て

「ふむ、これを全て食べると、世界一周したことになるわけだな」


 スエナガさんは両手で四角を作って、何かを測るようにその指の小窓からキャンドルピラミッドを眺めてそう言った。


「ネズさん、こちらにセイボリータルトの種類を書き出していただけますか」


 オリオンさんからペンとノートを渡されて、私は、早速作業にとりかかった。


「キャンドルピラミッド、セイボリータルト、メニュー、と」


 そうノートにまず書きつけると、キャンドルピラミッドの回りを一周して、ちょこんと置かれているタルトの小舟のフィリングを順番に確認した。



『キャンドルピラミッド、セイボリータルト、メニュー』


・カキのゆりかご(ドリアは日本発祥)

・ペルー風セビーチェタルト

・ペルシャ風アジルサブジポロタルト

・アジアンエスニック風ストライプライスケーキ(タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム辺りのライススイーツからのイメージ。パンダンリーフ使い)


 そこまで書いて、いったんペンを置いた。


「わりとエスニック料理のフィリングが多いですね」

「下の方の段を見たのかね」


 スエナガさんに言われて、私は少しかがんでキャンドルピラミッドの下のスタンド部分をのぞいて見た。

 そこに置かれていたのは、少し深めのタルトに赤いフィリングが詰められているものだった。

 フィリングの上に絞り出し袋で絞り出された白いクリームのようなものが星型に瞬いている。


「あ、トマトの赤がきれい、それに、スパイスが香ってくる、イタリアンかな」

「それは、トマトではあるまい、よく見たまえ」

「え、トマトの赤じゃない? 」


 言われてみれば、朱橙がかったトマトの赤ではなく、ピンクパープルの赤だった。

 小さな角ばった粒々と小さく切った牛肉と玉ねぎと赤カブのようなものが入っているシチューのようなフィリング。


「もしかしたら、ビーツ? 」

「はい。ビーツです。白いクリームはスメタナ、ロシア風サワークリームです。ディルとピンクペッパーをアクセントにしてます。粒々はカーシャ、日本では蕎麦米そばこめと言ったりもしますね、そばの実のことです。ボルシチ風カーシャのスープにスメタナで少しもったり感を出して、フィリングとして食べやすいようにしてあります」


 オリオンさんの説明はなめらかだ。


「タルト生地にも工夫があるようだね」


 スエナガさんが、鼻を鳴らして言った。


「さすがお気付きでしたか。ロシアのチーズ焼菓子スィールニキをヒントに、カテージチーズを生地に混ぜ込んであります」

「小さなタルトに、ボルシチ、カーシャ、チーズ焼菓子がおさまっているんだ」


 ・ロシア風カーシャ(蕎麦米)のボルシチ、スメタナ仕立て


 私は説明にうなづきながら、ノートにメニューを付け足した。





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