第33話 かきの小舟 or かきのゆりかご——ドリアタルトの逸品

「カバーがあるので匂いからは推理できんな」


 スエナガさんがぶつぶつ言っている。


「みなさんがお揃いになったら、フードカバーをはずします」

「ふむ、ならば、待つとしよう。だが、ずいぶん面白い組み合わせのようだな」

「そうですか」

「例えば、」


 と、スエナガさんは、目の高さのところにある皿を指差した。


「これは、ベシャメルソースとチーズがとりとかけてあるな、このソースの下に見えるのはバターライス、ソースのクリーム色とバターで炊いたやわらかな色味の白米だ。ソースとチーズとバターライスの合間にのぞくのは、ぷるんとした弾力のある乳白色はカキ。すなわち、このタルトにはいっておるのは、カキのドリアだな」


 一見して、それが、カキのドリアというのはわかる。

 それが、スエナガさんにかかると白という色のバリエーションで説明が展開されて、イメージが広がっていく。

 

「美味しそうな説明をありがとうございます。そうです、濃厚な一品としてドリアを入れたいと思っていたので、チキンやひき肉、エビ、カニ、トマトソースのブレンドを試してみたんですが、舟形のタルトにカキが一個、ちょうどすっぽりとおさまるので、カキドリアにしました」


 と、そこに合いの手が入った。


「カキの小舟、いいな。ゆらゆらゆられて、ゆりかごだ」


 フルモリ青年がいつの間にか立っていた。


「カキの小舟、かきのゆりかご、どちらも素敵な呼び方ですね。ネズさん、メニューに書くので、一つどちらか選んでいただけませんか」


 オリオンさんが言った。


「え、わたしが選んでいいんですか」

「はい、スタッフとして、責任を持ってお願いします」

「責任……」


 仕事では、どんな小さなことにも、選ぶことと責任をとることがついてまわるのだ。

 ふわふわとカフェのお手伝いをして過ごしていければと思っていたが、任されるうれしさ誇らしさと、選択と責任を天秤にかけると、まだ振れ幅が大きいのが今の私だ。

 でも、いい機会かもしれない。

 ちょっとだけ、地に足をつけて始めてみるには。


「だいじょうぶですよ。何かあった時には、店主の私が責任をとりますから」


 そんな私の迷いを見抜いたかのような、絶妙のフォロー。

 オリオンさんの下でだったら、一歩踏み出せそうだった。


「はい。え、と、では、カキのゆりかご、でお願いします」

「カキのゆりかごですね」


 オリオンさんはうなづくと、さらさらっとメニューノートに簡単なスケッチといっしょに記した。


「小舟にしなかったのはどうしてかね」


 スエナガさんが、たずねた。


「その、小舟でゆられていると、最初はのどかで気持ちよさそうなんですけど、そのうち水に浮いている落葉が目に入って、落葉が風に流れて、水の上をすーっと、そのうちに、すっと何かの拍子に水に沈んでしまう、そして、自分が取り残されてします。そんな光景が浮かんだんです。とても寂しくなってしまって」

「自分の想像で、寂しくなったのだね。なかなか文学少女だね、フルモリくんの影響かな」

「え、あの、そういうわけでは」


 戸惑う私をさえぎって、スエナガさんは、再びたずねた。


「では、ユリカゴは、どうなんだね」

「イメージとして、ゆりかごは、人の手でゆらしてもらうことで、ゆらゆらと気持ちよくなりますよね。安心感とか、あたたかみがあるかな。風にゆられているというのは、止めて、揺らして、というコミュニケーションが、相手が自然のものだととれないから、ちょっと不安になるというか、うまく言えないんですが」


 言葉をうまく操れないので、ゆりかごを揺らす手つきをしたり、目を閉じてからだを揺らしたりと、手ぶり身ぶりで私ははしゃべり続けた。


「伝わりますよ」


 かけられたオリオンさんの言葉に、救われた。


「手の動き、目線、からだの揺らし具合、じゅうぶんだな」


 スケッチブックに向かいながら、スエナガさんが言った。

 いつのまにか私の今の様子をスケッチしていたのだ。


「今話していたことを、言葉を、記しておくといいですよ」


 フルモリ青年が、ノートとペンを手渡してくれた。

 

「あ、ありがとうございます」


 我に返って、いつになく語ってしまった自分に照れながら、私はペンをとってノートに走らせた。




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