第21話 チキンとポロネギとそば米のエスニックスパイスリゾットスープ

 食事と会話とで過ごしているうちに、陽射しが翳ってきた。

 湿った風が吹き始め、海の向こうにあわあわと雲が湧き出している。

 どうやら通り雨がくるようだ。

 雲行きがあやしくなってきたところで、ピクニック会議もお開きとなった。


 スエナガさんは、創作のスピリットが降りてきたと言って、「それでは失礼」と言って帰っていった。


 ネコヤヤさんは、仕事の打ち合わせがあるからと、「ペーパーもwebも告知は任せて」と言って去っていった。


 残されたのは、フルモリさんと私。


 二人でピクニックバスケットに全てをしまいこむと、カフェハーバルスターへともどった。


 カフェの扉の前で、フルモリさんは、「今日はこれで」と告げて、帰っていってしまった。


 一人とり残された私は、ピクニックバスケットをよいしょっと持ち直して、扉を開けた。



「おかえりなさい」

「おかえりなさい」


 フェザリオンとティアリオンのハーモニーが心地よく出迎えてくれた。

 二人は、すすっとそばに来て、ピクニックバスケットを受け取って奥へ持っていった。

 カウンターに顔を向けると


「おかえりなさい」


 と笑顔のオリオンさん。

 そして、ふっ、とスパイスを効かせたブイヨンの美味しそうな匂い。


 ピクニックランチのお料理はみんな平らげたけれど、途中ひともめあったからか、なんとなく今になって新たな空腹が襲ってきた。


「話し合いでお疲れでしょう。少しボリュームのあるリゾットスープを作りましたので、召し上がっていってください」


 そう言ってオリオンさんは、木製のトレイにのせた厚手の陶器のスープボウルをカウンターに置いた。

 木のスプーンが添えらえている。


「こちらもどうぞ。リゾットに浸しても、そのままでも」


 大きめのダイス型にカットしたガーリッククルトンが盛られたペーパーナプキンを敷いた柳かごがその隣りに置かれた。

 中華粥に添える揚げパンの油条のようにして食べるのかな。


 私は、まず、スープボウルから立ちのぼる匂いを味わうことにした。


 リゾットのベースは、カルダモンにシナモン、クミンもほんの少しのエスニックスパイスの効いたスープ。

 煮込まれているのは、香ばしく焦げ目のついたチキン、甘みのにじみ出るポロネギ、ドライトマトは酸味を演出、そば米がライス担当で、ほっくりと煮えているひよこ豆に、散らしたルッコラのグリーンが鮮やかだ。

 カラフルに浮いている具の合間に、練りゴマとオリーブオイルが、ぽつん、ぽつんと、水玉のように置かれている。


「いい匂い、スパイスって少しでもおなかがすていると刺激しますね。いただきます」


 スープは、チキンがこくを出していて、ぷりん、ぷつん、としたそば米の素朴な甘みがマッチしていた。

 ほっくりしたひよこ豆もスープを吸っている。

 ポロネギはチキンとの相性がよく、甘み、旨味をひき立てあっている。

 ドライトマトが加わることで、濃縮された酸味が味のアクセントになっている。


 ふた口めは、大ぶりの木のスプーンで練りゴマの水玉ごとすくって、ガーリッククルトンをのっけて味わった。


「食べ応えのある大きなクルトンに、スープがしみてガーリック味も加わって、よりスパイシーになって美味しい」


 じわん、っと胃にしみていく。


 途端に、からだ中がゆるんで、椅子にもたれかかりそうになる。


 やはり、緊張していたのだ。


 みんな、真剣だったもの。


 クリエイトしている人たちのエネルギーは、普通暮らしの自分には強すぎたのかもしれない。


 ちょっと変わってる人だなと思って、距離感をとって接している分には、さほど影響を受けていなかったのかもしれない。


 何かを作り出そうと、生み出そうとしている人のエネルギーは、強くて、美しくて、清らかだ。


 ぐしゃぐしゃの感情や、うずまくどす黒い情炎すらも、そうしたものを何らかの形に表現したならは、それは、純粋なエネルギーの結晶なのだ。


 なんだろう。


 最初は、ただ、癒されたくて、ほっとしたくて、ここに来たのだけれど。

 美味しいものを食べて飲んで、それで、また日常にもどっていく。

 それでよかったのだけれど。

 すっかり、まきこまれてしまっている。

 カフェの出来事の一部になっている。


 くちびるにやさしい、木のスプーンのまろやかな厚み。

 まろみの中でほどよく冷まされていくリゾット。


 まきこまれる。

 それも、いやではないのかもしれない。


 スープがしみる。

 リゾットであたたまる。

 ここで味わう全てに、ありがとう、と言いたくなる。


「ごちそうさま。美味しかったです」


 スープボウルを平らげた今日の私は、すっかり元気をもらっていた。




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