第15話 亜熱帯の夜のお茶と果実の一皿
待ち遠しいと、時が過ぎるのが速い。
今日は、スエナガさんの個展開催の話し合いの集いの日。
なんだかくどい言い方の集会だけれども、ただの話し合いでもないし、集ってわいわいするだけでもない。
個展準備委員会だと堅苦しくて、スエナガさんが逃げ出しそうだ。
そんなことを考えながら、私は、カフェハーバルスターのドアを開けた。
「え? な、なにしてるの?」
私は、入口で立ち止まってしまった。
カフェの真ん中の大きめの丸テーブルの上に、フェザリオンとティアリオンが並んで腰かけて、足をぶらぶらさせているところだった。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」
二人はいつものようにていねいに挨拶をした。
けれども、テーブルから降りようとはしない。
「こんにちは。テーブルに座るなんて、お行儀がよくないんじゃない、どうしちゃったの」
今までの礼儀正しさから想像できなくて、私は声をかけた。
すると、彼らに代わって答える声がした。
「よいのだ。今日は、彼らは、オブジェなのだ。個展のイメージを決めるオブジェになってもらっているのだ」
スエナガさんだった。
「オブジェが動いてもいいんですか。足をぶらぶらさせて」
「よいのだ。永久運動をするオブジェもあるだろう。そうだな、ここらでは、海岸通りの野外ミュジーアムにあったな」
「海岸通りの野外ミュージアム?」
頭に浮かんだのは、堤防をはさんですぐ海岸の砂地に半ば埋もれるように建っている、コンクリート打ちっぱなしの四角い建物。
建物の周りには、切り出してきた巨岩や、コンクリート、金属などで表現されたオブジェが、一見無秩序に置かれている。
防風林の入り組んだ枝の松の老木は、天然のオブジェだ。
そういえば、金属でつくられた、アメリカンクラッカーのようなオブジェがあった。
「持続可能」というタイトルだった気がする。
二人の足は、順番に、振り子のようにゆれている。
決して重ならないように、意識しているのかもしれない。
じっと見ていたら、めまいがしてきた。
「スエナガさんの作業が終わるまで、どうぞ、こちらでアペリティフでもいかがですか」
オーナーのオリオンさんの声は、いつも穏やかだ。
「あ、ありがとうございます。でも、話し合いが済んでからにします、アルコールは」
「では、ノンアルコールで」
「すみません、うれしいです」
素直にお礼を言って、カウンターに腰かける。
「今日は、フルモリさんは、いらしてないのですか」
「フルモリさんは、少し遅れてくるとご連絡がありました」
オリオンさんはそう言うと、よどみない動きでドリンクを作り、私の前にフルートグラスを置いた。
下半分が濃いマンゴーカラーで、上半分が濃い紅茶色で、表面をうっすらと生クリームが覆っている。
生クリームの中央には、実の形を残したローズヒップジャムの赤が映える。
「マンゴ―スムージーとアールグレイティーです。お好みでかきまぜてお召し上がりください」
梅雨明けで急に蒸してきた夏の始まり。
今夜は少し湿度が高いので、冷たい飲み物がうれしい。
まず、ひと口。
濃い緑の大きな葉の重なり合う森。
太いつるが枝から枝につるさがり、絡みつき、夜咲く匂いの強い花が、粛々と目を覚ましていく。
派手な冠と羽で装った鳥たちが鳴き交わし、獣たちは息を潜めて獲物を待ち構える。
ひと口で、はるか亜熱帯の夜が広がる。
どうして、こう、いつも、驚かされるのだろう。
現実を離れて、このカフェの世界になじんでしまうのだろう。
そして、それが、とてつもなくうれしいのだろう。
私は、ひと口、またひと口と、亜熱帯の夜にのどを潤しながら、このままこうして夢想にふけっていたい心地になっていた。
「これは、なんという飲みものですか」
「ネズさんは、何を思い浮かべましたか」
「熱帯よりは、もうちょっと控えめな暑さと湿気、亜熱帯の夜、かな」
「では、亜熱帯の夜にしましょう」
オリオンさんはそう言うと、カウンターから出てきて、私の前に小さな料理を置いた。
「よろしかったら、こちらもお召し上がりください」
ぽってりとした気泡入りのミニグラスボウルには、心なしか翡翠色がかった白と朱茶色の千切りの何か野菜か果物のようなものが盛り付けられていた。
添えられた箸で、早速いただいてみる。
「ライムが絞ってある、香りがさわやか。皮の部分かな?ほんのり翡翠色のは、色がさわやか、そして歯ごたえもさわやか」
オリオンさんはにこにこしている。
「こっちの赤いのは、見たことないな。甘酸っぱい、それに、干柿みたいななつかしい練り感がある」
今度は、一緒に食べてみる。
ライムの青い酸味、しゃきしゃきした歯ざわり、甘酸っぱいなつかし味。
一つは、わかった、青パパイヤだ。
でも、もう一つは、食べたことがないものだった。
「オリオンさん、これは、青パパイヤと何ですか」
「
「サンザシ?」
「はい。山査子の実をつぶして砂糖を混ぜて練って棒状に固めたものを千切りにしてあります」
サンザシだったんだ。
なつかしい味がしたのは、野山の果実だったからなんだ。
「中国茶のお茶請けに出されたりします」
「なるほど、お茶請けに合いそうですね」
くだものの珍味のような一皿を平らげる頃、スエナガさんの声が響いた。
「さあ、では、今日はこれくらいにしておこう。きみたち、ありがとう、助かったよ」
「お役にたてて、なによりです」
「お役にたてて、うれしいです」
フェザリオンとティアリオンは、ぴょん、と床に降りると、ペコリとお辞儀をして、カウンターの中へ入っていった。
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