第14話 ソルティーハーブビスコッティとグラノーラクッキー
美味しい時間、和やかな話し合い。
和やかすぎて、食卓に並んだ料理を皆で平らげてしまっても、肝心のスエナガさんの個展の話は何も決まっていなかった。
「では、つづきはまた次回ということで、今日はおひらき」
スエナガさんが、コーヒーカップを置いて立ち上がった。
「え、次回!?」
「来週末、今日と同じ時間からでいいですか」
フルモリ青年が、手帳に印をつけながら言った。
「では、本日みなさまにご足労いただいたお礼に、どうぞこちらをお持ちください」
と、オリオンさんから手渡されたのは、カフェのロゴのスタンプがすみっこに押されている蝋引きの茶色いペーパーバッグが二つ。
一つはローズマリーの絵のマスキングテープで封がしてあり、もう一つはブルーベリー、ラズベリー、クランベリーなどのベリー類の絵のマスキングテープで封がしてあった。
「え、そんな、お礼なんて、申しわけないです」
慌てる私に、フェザリオンとティアリオンは、
「試作品ですので、ご感想をいただけると助かります」
「お味見しいただけますと、助かります」
と、懇願するまなざしを見せた。
そうお願いされたら、断るわけにもいかない。
袋を振ってみたら、カサカサと音がした。
「何が入ってるんですか」
「ビスコッティとグラノーラです。テイクアウト用の試食品です。よろしければ、お味見の感想をお願いします」
オリオンさんからも頼まれてしまった。
中身が気になるので、マスキングテープをはがして、袋の中をのぞいてみた。
まずは、ローズマリーの絵の方から。
スパイシーな食欲がそそられる香りがたちのぼった。
「ガーリックパウダーとローズマリー入りのビスコッティです。ポタージュでも、コンソメでも、スープに浸していただくと、より美味しいです」
「しょっぱいビスコッティは、めずらしいな。お食事向きね」
私は、匂いを吸い込んでから、もう一つの袋も、マスキングテープをはがしてものぞいてみた。
彩りも食欲をそそる、カラフルなグラノーラがたっぷり入っていた。
オーツ麦をメインに、ナッツ類やドライフルーツを加えてメープルシロップなどを絡めて甘みをつけたシリアルの一種のグラノーラは、ヘルシーにカロリーをとりたい朝の食事と相性がいい。
「ドライフルーツは、ぼくたちが、天日で干してつくりました。ブルーベリーとクランベリーとスライスバナナが入っています」
「クルミは、わたしたちが、山で拾ってきました。クルミ割りのドールががんばって働いてくれました」
「オーツ麦は、マルシェの雑穀屋さんで求めました。甘味はメープルシロップを使ってあります」
「メープルシロップはさすがに自家製じゃないわよね」
「自家製です。楓農園の知り合いがいるので、みんなで行って、メープルシロップ採取をしてきました」
オリオンさんが、今度は答えた。
「グラノーラ、うれしいです。ヨーグルトといっしょにいただきます」
「私は、毎朝、牛乳を配達してもらっているからね。牛乳に浸していただくよ」
スエナガさんが言った。
「牛乳配達屋さん、にですか」
「びん入りの牛乳と、フルーツ牛乳を、いっしょにたのんでいる」
「そうなんですね」
お風呂屋さんに販売している飲料業者さんなのかな、と考えていると、
「クッキーを焼こう。焼き上がりが香ばしそうだ」
と、青年フルモリさんが、紙袋を耳元で振りながらつぶやいた。
「お菓子作り、するんですか」
「たまにですが。言葉が、詩の言葉が頭の中にあふれ出て、ぎっしりになってりまうことがあるんです。ペンを手にしていても、何も出てこないのです。そういう時は、脳と手を詩を書くという行為から解放するのです」
「そう、なんですね」
「お菓子作りはいいですよ。木べらで粉をまぜたり、卵を片手で割ったり、ふくらまし粉をふるったり、バニラエッセンスをふりいれたり、クッキーの型を抜いたり、オーブンの中でお菓子がふくらんでいくのを眺めていたり。日常から遊離できて、愉快な気分になります。出来上がりの甘い味も、いい匂いも、みんな愉快です」
「愉快、ですか」
お菓子作りが楽しいというのはよくきくけれど、愉快というのは初耳だった。
感性が違うのだなと思うと、いっそうフルモリさんに興味がわいてきた。
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