第12話 チャイニーズ・ダンプリング オン ザ レンゲ
「きれい、それに、んー、この香り、ぴりっとして刺激があるから、食べてるうちに何か閃きそう」
待ちかねた日曜日。
スエナガさんの個展とオープニングパーティーの打ち合わせの会は、会場となるカフェ・ハーバルスターの、中庭の見える窓際の四人掛けの席で行われていた。
この会のために、カフェ・ハーバルスターのマスターオリオンさんが用意してくれたのは、つまみながら話し合いができる、ひと口サイズのアジアンフィンガーフードだった。
「フィンガーフードは、立食パーティーなどで気軽につまんで食べられるもので、カナッペやピンチョス、ブルスケッタなどがよくあるメニューですが、今回はカフェメニューの試食をお願いしたく思いまして、和風やエスニック風なものにしてみました。よろしかったでしょうか」
オリオンさんが、やわらかな物腰で、取り皿をサーブしながら言った。
「オリオンさんの新作メニューがいただけるなら、大歓迎です!」
スエナガさんも、詩人の青年も、無言でうなずいている。
「ありがとうございます。では、ご自由にお召し上がりください」
オリオンさんはそう告げると、カウンターへもどっていった。
「それにしても、なんていい匂い……どれから食べようかな」
取り皿を手に、視線は大皿に盛られた料理の上を浮遊する。
直径60センチはあろうかという、料理が映えるシンプルな白い大皿には、色とりどりのつまめる料理が盛りつけられていた。
皿の中心に笹の葉が敷かれて、その上に、すり身にしたイカに、シソ、紅ショウガのみじん切りをミックスしたイカボールが、ころころ盛られている。
揚げたての香ばしさと薬味の和の風味。
おしょうゆでもいいし、意外に、スイートチリも合うかもしれない。
イカボールの周りは、トマトを練り込んだうす紅色の皮で、春雨やとりひき肉、炒ったピーナツを包んだ蒸し春巻と、一手間かけたゆでたまごが、交互にヒマワリの花のように取り囲んでいる。
ゆでたまごは半割りにしたところに、黄身だけマヨネーズで和えてタルタル風にしたものが詰められれて、パプリカパウダーと小口切りのチャイブが散らされている。
アジアンテイストの合間に、洋風のものが一品入ると、舌が休まる。
さらにその外側には、レンゲに小ぶりのチャイニーズ・ダンプリングがのっけられて並んでいる。
ダンプリングとは、小麦粉をねってお団子状にしたもののことで、チャイニーズ・ダンプリングとは餃子などのことをいう。
皿に並んでいるのは、漢字より横文字が似合いそうな、カラフルでかわいらしいサイズの一品だ。
チャイニーズ・ダンプリングの手打ちの薄い皮に透けて見えるのは、ピンクのサクラエビ、ニラとパクチーのグリーン、歯ごたえをだす白いエノキダケのみじん切り、からいりした刻みピーナッツとホールの松の実、イエローはパプリカ。
チャイニーズダンプリング以外のものには、食べやすいようにピックが添えられている。
料理のつけだれもバラエティに富んでいて、ニョクマムをベースにしたソース、スイートチリ、おしょうゆ、くし形に切ったレモンとライム、お酢、ラー油、藻塩や岩塩などが並んだ。
打ち合わせの会の差し入れというよりは、これはもう完全にオープニングパーティーの試食会だ。
「食べるのに夢中になってしまって、話し合いにならないかも」
思わずもらすと、
「それは、喜ばしいことです」
「それは、喜ばしいことです」
フェザリオンとティアリオンがいつものように声をそろえて言った。
「喜ばしい、って、でも、主役は個展を開催するスエナガさんじゃない。話が進まなかったら、困るでしょ」
「かまわん。美しく美味なる皿を前にした時は、その皿に素直になるのがよいのだ」
スエナガさんが高らかに宣言した。
それを合図にみんなは試食にとりかかった。
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