第8話 ティータイムディッシュはスープとパンと


「すまないね。こちらのお嬢さんと話をしていたら、おなかがすいてきてしまったよ。一品もののメニューはあるかね」


 スエナガさんが言った。


「はい。ございます。ただ、申しわけございませんが、一品もののメニューはティータイムからとなっております」


 オリオンさんが答えた。


「そうかね。それは無理を言ってしまった。では、ティータイムまで、中庭でスケッチをさせてもらうよ」


 スエナガさんはそう言うと、席を立って中庭へともどっていった。


 ランチタイムは午後2時まで。

 ティータイムは午後2時からだ。


 ティータイムメニューも気になるけれど、このままここにいるわけにもいかない。

 午後の講義は1時半から。


 キャンパスでは、必要以上に絡まない、事務的やりとり以外はひとりでいることにわたしは決めていた。

 なので、出席重視の講義は、欠席したら単位が危ない。

 今日の午後の英会話は、正しくそれだ。


 わたしは、渋々、席をたった。


「あの、ティータイムは、何時までやってますか」

「ティータイムは、午後2時~閉店までです」


 オリオンさんは、グラスを拭く手を休めて、顔をこちらに向けて答えてくれた。


「閉店まで? ディナータイムにはならないんですか」

「はい。ご要望がございましたら、重めのお食事もご用意いたします」


 重めのお食事って、どんな料理なのだろう。

 がっつりステーキとか?

 まさか、ね。

 でも、スペアリブにピンクペッパーを散らして、オレンジの輪切りを入れて肉汁といっしょに煮込むなんていうお肉料理はありそう。

 がっつり系でも、ソースに工夫のありそうなのが、このカフェの皿のような気がする。


「ごちそうさま。美味しかったです。また来ます」

「ありがとうございます。お待ちしております」


 オリオンさんのていねいなご挨拶。

 フェザリオンとティアリオンの、きれいなお辞儀。

 それらは、きらきらした粒子を振りまいている。


 ワーカーズオフィスでの仕事探しの憂鬱な午後。

 けれど、今日は、カフェ ハーバルスターのティータイムの皿を想像して思い描いているうちに、軽やかに過ごせてしまった。






 夕陽を浴びて一日のおつかれを伸びをして洗い流して、わたしは、カフェの扉を開けた。


 一日に二回も同じ店に来るなんて、初めてだ。

 明日からしばらくは、節約しないと、だけれど。


 それにしても、驚いたのは、詩人の青年も、画家のスエナガさんも、二人ともまだいたことだった。

 ランチタイムから、もう、3時間以上はたっている。

 詩人青年は、カウンター席に座って、文庫本を開いている。

 画家のスエナガさんは、中庭に面した窓際の席に座って、スケッチブックに何やら描いている。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」


 フェザリオンとティアリオンが、愛らしい笑みとハモリとともに出迎えてくれた。


「こんにちは。また来ちゃいました。ティータイムメニューが気になって」


 オリオンさんは、穏やかな微笑で出迎えてくれる。


「ようこそ。お待ちしてました」

「ようこそ。こちらがティータイムメニューになります」


 フェザリオンとティアリオンは、二人一緒に石板を持ち上げてティータイムメニュー見せてくれた。


 大きな石板にチョークで書かれたメニュー。

 ティータイムメニューの皿は、スープとパンのバリエーション。


「スープは、クレソンとじゃがいものポタージュです」

「パンは、白い丸パン、全粒粉の田舎パンになります」


 二人が交互に説明をしてくれる。


「それから、お食事パンは、オープンサンドになります」

「焼野菜とチーズ、ツナとリンゴとクルミのエストラゴン入り自家製マヨネーズ和えの二種類です」


 みんな美味しそう……!

 野菜たっぷりそうなのに、ボリューミー!


 わたしは、心の中で叫んでいた。


「スープと、オープンサンドを2種類頼んだら、多すぎかな?」


 頼む気満々で、でも、念のためきいてみる。


「オープンサンドは、一皿に二つ盛りとなっておりますので、一種類ずつ頼んで二つ盛りにもできます」


 なんて素晴らしい!

 

「では、それでお願いします。スープとオープンサンド二種類盛りで」

「はい。スープとオープンサンド二種盛り承りました」

「はい。では、お待ちくださいませ」


 二人は、メニューボードをよいしょっよいしょっと運びながら、カウンターのオリオンさんに注文を告げにいった。




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