第6話 おまかせメニュー“赤と緑”
「おまたせしました。本日のおまかせメニュー“赤と緑”になります」
フェザリオンが、すっと皿をサーブする。
「きれい……!」
白と緑のライスペーパーに、チリソースらしきものが詰められた海老と溢れんばかりのハーブの緑。
皿の裏庭に咲いたブーケに思わずため息がもれる。
食欲をそそるエキゾチックなこのにおいは、今やハーブ界で市民権を得たあのハーブ。
「パクチーがこれでもかって入ってる。病みつきになるのよね、パクチーって」
本日のおすすめ“赤と緑”は、海の恵みと、グリーンスパイスハーブの取り合わせの一皿。
「こちらは、スタッフドシュリンプのスプリングロールになります」
フェザリオンが料理の説明をしてくれる。
「甘辛い赤のチリジャムは、ピーナッツオイルにガーリックのみじん切りを浸しておいて、そこに海老のむき身とくだいたチリをまぜて作ります。甘みは今日はブラウンシュガーでつけました。時には、クローブを1本浸しておくこともあります。クローブのスパイスパウダー風味は、クリスマスシーズンに人気があります」
「チリジャムっていうからには、辛いのよね」
「暑い国で、スパークリングな飲み物といっしょにいただくのに適した辛さとなっております」
「辛いのね」
でも、こうしたエスニックスパイシーな料理も、カフェメニューとあらば激辛ではないだろうと思う。
「緑は、ほうれん草を練り込んて作ったライスペーパーです。同じくチリジャムを詰めた海老と、こちらは、ペパーミント多めです
それぞれのライスペーパーに、チリジャムと海老の赤とパクチーとミントの緑の花が咲く。
「パクチーもりもりね。苦手な人もいるんじゃない」
「おためしですので、このまま出させていただいております。お味見していただいてから、どうしても食べられないという方には、パクチー抜きをお出ししております」
「食わず嫌いは罪です。皿も人も」
するり、と入り込んできたのは、料理に集中していた詩人の青年の声。
「罪? 損、じゃなくて?」
思わず聞き返す。
「人生は短い。人のなりわい人の時間は。時の流れに浮かぶ小舟に乗ったかと思うと一瞬で流されていく。ふり落とされまいと、むやみやたらに手を差し伸ばしているうちに、バランスを崩して流れに落ちておしまいだ」
青年の手にしたスプーンから、アメリカンチェリーが、ぽとり、と、ココナッツミルクの水面へ落ちた。
「肝要なのは、まずは、目の前に出された皿を味わい、隣りに腰かけた人から声をかけられたら、一度は答えることだ。自分から手を伸ばす前に、観察することだ。時に短く、時に継続的に」
ごはん食べながら、そんなこと考えるのは、どうなのだろう。
美味しくないんじゃないかな。
でも、人それぞれか……
「考える? わき出てくるだけです、言葉が」
返す言葉に迷っているうちに、青年が見透かしたようにつぶやいた。
思いついたままにしゃべるというのは、社会ではあまりよしとされない。
場に合った言葉を、言いまわしを探して、会話という表現をするのが好まれる。
でも、ここでは、必ずしもそうではないのかもしれない。
「こちらを、よろしければお使いください」
ティアリオンが、レモングラスの葉で編んだ平籠をテーブルに置いた。
レモングラスの葉は、完全に乾燥させる前だと、編み込んでかごを作ることができる。
編んでいるそばから青いさわやかなリーフの香りがして、癒されるクラフトワークだ。
かごには、ゴマ風味のロケットと、ネギ風味のチャイブと、穏やかな清涼感のスペアミントと鮮やかな清涼感のペパーミント、それにパクチーが盛られていた。
これは、うれしいサービス。
追加するハーブによって、味が変わるのを楽しめる。
「まずは、このままいただきます」
私は、ライスペーパーの白い方を、小皿に取った。
具材満載の生春巻は、実は、なかなかに食べにくい。
箸でひと口大にカットしようとしても、ライスペーパーが柔らかすぎてちぎれてしまったり、具材がはみ出たりと、お行儀よくしていてくれない。
箸と本体との格闘タイムに入ってしまい、口に入れるまでにヘトヘトになってしまうこともある。
「直接かじっていただけますと、食べやすいです」
フェザリオンがにっこりと言った。
「お行儀よく食べることができます」
ティアリオンがすまし顔でつけ足した。
「そう、なんだ。じゃあ、かじらせてもらうね」
箸でつまんで、パクチーとチリジャム詰めの海老の花咲くブーケにかじりつく。
「あ、これ、食べやすい。くずれない」
生春巻を、きれいにかじりとることができた。
巻きがしっかりしているのだ。
折って巻いての手順に工夫がされているのだ。
それに、ぷりぷりの海老にチリジャムがほどよい分量でぎゅっと詰められているので、かじっても汁気が飛び出さないのだ。
パクチーなどのリーフ類も、フレッシュに保たれているので、しゃきっと噛みきりやすい。
おまかせサイズといっても、具のたっぷり入った生春巻二本。
野菜多めとはいえ、かなり食べ出がありそうだ。
でも、きっと、平らげてしまうだろう。
かごのハーブを足して、二口、三口とかじっていく。
口の中が、すっとしたり、すーっとしたり、香りをいっしょに味わいながら、気が付くと、予測通りに、二本とも平らげていた。
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