第5話 おまかせメニュー“黄と白”
フェザリオンとティアリオンは、注文の品ができるまで、それぞれの担当の仕事にいそしんでいる。
ティアリオンは、青年が返却した文庫本を棚にしまう隙間を空けるのに、一冊本を取り出して、表紙を見せて棚の上に飾った。
後で本のコーナーもゆっくりみせてもらおう。
フェザリオンは、店の奥のパティオに面した大きな窓の下に置いてある、バスケットに入ったハーブのミニ鉢に、おもちゃのようなブリキのじょうろで水をあげている。
「店内に土のものを置くのは、衛生上どうなのかしら」
と、素朴な疑問を口にしたところ、フェザリオンが鉢から一つまみ、土をスプーンですくって口にいれた。
「え、つ、土を食べたの? だいじょうぶ?」
確かどこかのレストランで、土を食材にするところはあったと思うけど、どうなのかなそれと思っていた。
だって、土だもの。
そりゃ、ミネラルは豊富かもしれないけれど、虫やいろんなものの死骸や何かが含まれているし、普通の土は。
園芸用のだって、腐葉土とか植物が育つように作られる過程で不自然さはあると思うのだけれど。
「はい。これは、食用の土なのでだいじょうぶです」
「食用?」
「厳密にいえば、口に入れてもだいじょうぶな土です」
「口にいれていいってことは、安全ってことよね。安全ってことは、薬品で消毒したり、添加物とか入ってるんじゃないの?」
「産地限定、品質管理確実、土壌検査厳密な業者から購入しております」
やけに漢字の多い説明だ。
見かけ通りの子どもではないのだと、改めて思わされる。
本当にすい星の申し子?
「ひと口、いかがですか」
スプーンを手渡されてしまった。
私は、ひるんで、スプーンを詩人の青年に押し付けようと思ったが、彼は、自分の皿に集中していた。
とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
「こんなことでもなければ、土なんて、一生食べないかもね」
そうつぶやいて、スプーンにほんのちょぼっと土をすくって、おそるおそる口に運ぶ。
土は、日なたの校庭のようなにおいがした。
山奥の谷川の鉱物を含んだ水の味がした。
おいしいかどうかはわからなかった。
「土ってこんな味だったのね」
としか言いようがなかった。
まあ、のみこんだけれど、とくに胃腸に問題はなさそうだった。
「ごちそうさま」
「どういたしまして」
スプーンを返して、私は、元気に育っているハーブたちを見やる。
「バジル、イタリアンパセリ、タイム、オレガノ、かな? 料理用のハーブね、そこにあるの。ずいぶん、青々と茂ってるのね、土がいいからかもね」
「はい。ハーブは、お料理に欠かせないので、土との相性も考えています」
「ハーバルスターですものね、お店の名前、料理用ハーブはたいせつよね」
そんな会話をしているうちに、
「おためしメニュー“黄と白” 本日は、シトラスとヌードルでご用意させていただきました」
と、ティアリオンがおためしサイズの一皿めを運んできた。
「シトラス風味は、パルメザンチーズと炒めパン粉にレモンの絞り汁を加えたソースで、細めのスパゲッティーニに絡めました。トッピングは、イエロープチトマト、マスカット、芽キャベツです。イエローからグリーンイエローへのグラデーションです」
「美味しそう! ところで、白は何? パスタの色?」
「白は、こちらになります」
そう言ってティアリオンが、シンプルだけれどフォルムのきれいな浅いガラスボウルの付け合わせを運んできた。
「リコッタフレスカと焼きレモンです。お好みで、焼きレモンの汁とリコッタフレスカを混ぜて、パスタに絡めてお召し上がりくださいませ」
耐熱性のガラスボウルには、横に半割りにしたレモンとリコッタフレスカが盛られていた。
切り口にグラニュー糖をまぶしてオーブンで焼き色をつけたレモン、グラニュー糖が、まだ、熱せられてくつくつと溶け出している最中だ。
その音も心地いい。
そして、その熱でゆるみつつあるリコッタフレスカの白。
「これは、立派なスイーツの一品ね」
私は、まずは、こちらをひと口味わった。
「ん、さわやかな甘みにほんのり酸味、そこに、焼きレモンの香ばしい酸味と焦がしグラニュー糖のキャラメルのような甘苦さ。リコッタフレスカは、乳清でもう一度煮て作るから、低脂肪でヘルシーで、塩と粒胡椒で食べるのもありだけれど、こうして柑橘の酸味をプラスすることで、新たなすっぱさの世界が広がる感じがする……って、なんだか、すっぱいものが多くない? ここのメニュー?」
「ここのところ急に暑くなりましたので、オリオンさんが、酸味バリエーションでメニューを考えました。パスタのトッピングのマスカットも、まだはしりなので、酸味がきついです」
私は、付け合わせを味わってから、パスタの皿に取りかかった。
フルーツのトッピングにレモンソースだと、パスタサラダになってしまいそうだが、ソースにパルメザンチーズと炒めパン粉が入っているので、塩分がほどよく加味されており、主食の一品になっている。
私は、“黄と白”を平らげて、日常の食事では味わえない食材取り合わせの不思議さに満足した。
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