第42話 WANTED!!

 あの事件以来、僕は『魔女のダイニング』を出入り禁止になった。

 ”電波のキティ”にキスされた僕を見て、ショックで店を飛び出したミコミコは職務放棄で減給処分に。

 ”三美神さんびしん”は、ほうほうの体で店を出ていった。

 風の噂では独立を画策しているのが神の御業みわざの総裁にバレ、地獄の責め苦を味わっているとかいないとか。


 あんな女達がどうなろうとも僕には関係ない。

 それよりも理不尽なのは、僕に対するミコミコの態度。

 あれから口を利いてくれなくなった。

 着信は拒否され、メールも無視される始末。

 でも心配はしていない。いつものように時間が解決してくれるはずだから。



 夏休みはすでに残り二週間を切っていた。

 今日も朝から太陽は本気を出している。つまり暑い。

 特に用事はないが、たましずめ組の事務所に行こうとしたらスマホが震えた。

 しば先生からのメールが届いていた。件名は”これでブンゴも有名人”だと。

 ロクな内容じゃないのは確認しなくてもわかる。

 嫌なことは先送りにしたいので、事務所に行ってから確認することにした。


 事務所の中はクーラーがガンガンに効いていた。

 女っ気がない男世帯なので設定温度が十八度でも誰も文句は言わない。

「お疲れ様です。いや~、ここは極楽、パラダイスですね」

「おっ、ブンゴか。丁度いいや。テリー組長は商談で外出中でな、俺一人暇で退屈していたところだったんだ」

 鍋焼きうどんを食べながら浦辻うらつじさんが言った。

 たましずめ組所属の占い師、二つ名が”予言者”の浦辻卜占うらつじぼくせんはコントでよく見るような易者の格好で八の字ひげを生やしている。


「部屋を極端に冷たくして熱い物を食べる。この背徳感はたまらないですね。罰が当たってもやめられない」

「わかっているじゃないか。夜はここでおでんを食う。ブンゴも一緒に食おう」

「いいですね、付き合いますよ。ガンモにじゃがいもに玉子にウインナー巻き。考えるだけでヨダレが出てくる」

「待て待て、大根を忘れているぞ。それにウインナー巻きだと!? 邪道だ、そんなもん」

「邪道上等! うまけりゃ何でもアリです」


 こんな話をしていたらまたスマホが震えた。

 柴先生からの着信だった。

 面倒くさいが一応は担任の先生なので電話に出た。


「あ~、もしもし」

「おい、なぜ先生に電話してこないんだ? さっき送ったメールはチェックしたんだろうな」

「ああ、”これでブンゴも有名人”とかってフザケた件名のやつですか。これから確認するところです」

「……この件については先生も無関係じゃない。動画についてはすでに削除依頼を出した。蛇の目を通して警察にも動いてもらっている。奴らの逮捕も時間の問題だろう。大手マスコミにも箝口令を敷いたが末端のネットユーザーにとっては関係ない。詳しくはメールを確認しろ。それと先生は忙しくなるからしばらく連絡は取れなくなる。くれぐれも身辺には注意するんだ」

 アニメ声でまくし立てられたらブツッと通話が切れた。


 とにもかくもメールをチェックしないと話は進まないらしい。

 ipad miniの方でメールを開くとアドレスが貼り付けてあるだけだった。

 クリックすると大手動画投稿サイトに飛ばされた。


 動画には二人の男女が映っていた。

 猿ぐつわを噛ませられ、二人ならんで仲良く十字架に縛り付けられている。

 しかも全裸で。

「あっ! こいつらは”総裁”と”女帝”じゃないかっ!」

 一緒に動画を見ていた浦辻さんが叫んだ。

 総裁は知らないが、女帝は見覚えがある。我が事務所に殴り込んできたあの女だ。

 何か叫んでいるようだが、猿ぐつわのせいで聞き取れない。

「神の御業みわざを牛耳っていたTOP二人がまさかこんな……」

 浦辻さんは驚きを隠さずに言った。


 やがて画面には侍姿の男達が何人か登場してきた。

 時代劇に出てくるような侍の服装。

 その内の一人が正面を向いた。

 黒い陣笠をかぶり十手じってを持っている小太りの男。

 おそらくは彼がリーダーなのだろう。

 四十がらみで、この集団では一番の年かさに見える。

 それに雰囲気や物腰が鷹揚で余裕がある。


「それではただ今より神の御業の責任者二人の公開処刑を行う。罪状はいちいち読み上げなくてもわかるな」

 そう言うとリーダーは十手の持ち手にあるスイッチを押した。十手からバチバチッと火花が飛んでいる。

 彼はまず十字架上の総裁の首筋にそれを当てた。総裁の首がガクッと垂れた。

 次に女帝にも同じ作業を行い、女帝の首がガクッと垂れた。


「これは我ら新火付盗賊改方しんひつけとうぞくあらためかたによる天誅であり世直しだ。本来ならここにいる”首斬り朝”こと山田浅右衛門やまだあさえもんが斬首するのだが、彼は気が乗らないそうだ。なあ、朝」

 首斬り朝と呼ばれた男は大小を腰にさした妖気漂うニヒルな青年で、目を瞑ったままだった。


「挨拶が遅れたが私は”本所ほんじょてつ”こと長谷川で、新火付盗賊改方の長官だ。退魔業界の不埒者を退治するのが我が使命。悪名高い神の御業はたった今滅びたことをここに宣言する。刃向かう幹部共は全員倒し、残りは逃げていった。ウフゥ、フフフフ」

 そう言うと長谷川は突然笑いだした。笑うと片方の頬にエクボができた。


「さて、聞くところによると”井上いのうえエクスカリバー真改しんかい”という聖剣が存在するそうじゃないか。これはまるで私のためにあるような剣だ。私の二つ名の”本所の銕”は火付盗賊改方長官、長谷川平蔵の若い時のあだ名なのは言うまでもない」

 なんだって!?

 聞き覚えのある言葉がした。

 猛烈に嫌な予感がした。


「現在の井上エクスカリバーの持ち主は西富士高校二年一組の引田文悟ひきたぶんごというのは判っている。本来なら新火付盗賊改方の門出の血祭りとして私が直々に分捕りに行くのが筋だ。しかし残念な事に我らは忙しい」

 再びなんだって!?

 僕の高校を、僕のフルネームを、確かにこの男は言いやがった。

 猛烈に嫌な予感が当たった。


「そこでこの動画を視聴している諸君! 引田文悟のと井上エクスカリバーをセットで私へ届けてくれたら600万を報酬として渡そう。武士に二言はないから心配するな。ウフ、フフフフフ」

 動画はそこで終わった。

 視聴回数を確認すると、7,000を少し超えたくらい。



 柴先生がメールの件を”これでブンゴも有名人”とした理由もようやくわかった。

 そして、僕を襲う運命も占ってもらわずともわかった。



 確かに僕は真夏にクーラーをガンガンに効かせた部屋でおでんを食べようとした。

 自然の摂理に反する罰当たりな行為なのはわかっている。


 しかしそれに対する罰としては、ちょっと苛烈すぎるじゃないか。

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