第40話 名探偵ブンゴ
全裸で仁王立ちすると、遠くに
誤解しないでもらいたいのだが、僕は決して変態ではない。
ここは露天風呂だから、王様でも奴隷でも素っ裸になるべき場所なのだ。
「くぅ~ッ! 傷に効くゥ~」
湯船に浸かり足を伸ばすと思わず声が出た。
真っ昼間から温泉に入る幸せ。
何人かの客も湯船の中でくつろいでいる。
振り返ってみれば夏休みに入ってから怪我が絶えない。
ムッチーのムチ
アッキーの落とし穴。
ランスロットの
いずれも命を落としかねない激闘だった。
「ふぅ~ッ! 癒やされるゥ」
だから今だけはこの温泉で身も心もリフレッシュしよう。
この『
元々はテリー組長に依頼された仕事だった。
地元の名士で顔役。ホテルのオーナーの
「ブンゴはこの仕事を済ませたら、しばらく温泉でのんびりしてくるがいい」
テリー組長のはからいによって、僕は
久々の本業だから気合を入れねば。
しかし今だけは何もかも忘れていたかった。
「はぁ~、極楽極楽ぅ~」
やっぱり思わず声に出してしまう。
すると、
「本当に極楽だなぁ、坊主」
と声をかけられた。
「ええ、そうですね」
と言って声の主の方へ顔を向けたら驚いた。
ギラリッ!
口から見える歯が全て銀色に輝いている。入れ歯なのだろうか。
上の両犬歯が牙といってもいいくらい長い。
角刈りで筋肉質の男。
新手の刺客か!?
井上エクスカリバーは脱衣所に置いてあるので、今襲われたらひとたまりもない。
「ヘヘヘ、そう警戒するな。また会おう」
牙を生やした怪しい男はそう言うと湯船から出ていった。
「アッ、
そう言って湯船から出ていったのは顔の半分に火傷の痕が目立つヒョロリとした男。
彼らは何者なのか?
見た目からして堅気ではない。
二人組でかかってくるなら逃げの一手しかない。
そう考えていたら温泉を楽しむどころではなくなったので、続いて湯船から出た。
ホテルの部屋に戻ってしばらくするとスタッフが食事を運んできた。
マグロやカツオの刺し身、サザエのつぼ焼きなどを心ゆくまで堪能した。
その後、ホテルのスタッフがやって来て、オーナーのもとに案内をされた。
大広間に一人、その男はいた。
脂ぎった顔、でっぷりと太った体型。ダブルのスーツ姿で座布団にあぐらをかいている。
そして、彼には憑いていた。恨めしそうに彼を睨んでいる女性の霊。
「
不満を隠さずに彼は言った。
僕としては、リアルに儂などと言う人に初めて会ったので嬉しくもあった。
「僕は彼の名代で来ました。”
「お前みたいな若造で大丈夫なのか。本当に儂の体に巻き付いてくる蛇を祓えるのか?」
「ええ、あなたにも覚悟を持って協力してもらう必要がありますが……」
「よし、早速と行きたい所だが今回は少し趣向を凝らした。入れッ!」
松林が怒鳴るとさっき風呂で会った怪しげな二人組が大広間に入ってきた。
「へへへ、こいつじゃ無理だな。俺たちに任せてくれ」
牙を生やした角刈りが言った。
「ヒヒヒ、万次兄ぃの言う通り」
顔の半分に火傷痕があるヒョロガリも続いて言った。
なぜかこいつは火炎放射器を背負っている。
なぜだ?
「今からそれぞれ、祓い方のプレゼンをしてくれ。儂が気に入ったのを採用し、そいつにだけ金を払ってやる。まずはそこのヒョロガリ、お前からだ」
松林はアゴをシャクってヒョロガリに命じた。
「では、自己紹介から。神の
そう言うやいなやレッドはボーボーと火炎放射器から火を出し始めた。
「やめろ! ここで火を出すんじゃない! 論外だ! 次は角刈り! 貴様だ!」
松林は怒りで額に汗をかいていた。
「そんじゃ名乗らせてもらいましょ。俺は神の御業所属、二つ名を”マングースの万次”ってんだ。蛇系の憑き物には滅法強いぜ。この鉄製の入れ歯が俺の武器だ。こいつでアンタの首筋を噛みつきゃあよお、流れる血と一緒にどんな蛇の霊だって逃げてくぜ」
万次は笑った。牙がキラリと光った。
蛇の憑き物に強いなら、一度柴先生のヤマタノオロチと戦ってもらいたい。
「ふざけてんのか! 儂を誰だと思っている! ええ! なんで首筋を噛まれなきゃいけないんだ! よし、次は若造、確かブンゴだっけか。もはやお前だけが頼りだ」
「簡単ですよ。あなた最近、人を殺しましたね。自首してください。それで蛇の苦しみから解放されます」
自信満々で僕は告げた。
名探偵になったようで気分がいい。
「……お前、証拠もなしに何を言うか。名誉毀損で訴えるぞ」
ブルブルと震えながら松林が言った。
「僕は視えるんです。人の強い感情や情念がビジュアルとして。松林さん、あなたにずっと憑いている若い女性の霊が視えるんです。それは罪悪感や後悔、不安が映像という形になったもの。それに殺人を犯した者はかなりの確率で、全身を蛇に締め上げられる夢を見るとか。だからこれから自首して念仏を毎日唱えてください」
証拠はないが、こいつが殺人犯だという確信がある。
これだけ言われても、松林は僕を睨むだけだった。
「そう言われてみりゃアンタ、人を殺してそうな面をしてやがるな、ヘヘヘ」
牙を光らせて万次が言った。
「殺人犯は燃やして浄化、きれいサッパリ浄化、ヒヒヒ」
火炎放射器からチロチロと火を出しながらレッドが言った。
「ふっざけんなぁ! 貴ッ様らァ! 消え失せろ! 死ね! ボケ! カス! タコ!」
とうとう松林がキレたので僕たちは大広間から退散した。
部屋へ戻ろうとすると万次に肩をつかまれ、
「なあ、
と、誘われた。
特に断る理由もなかったので、ホテルの中のバーに入った。
レッドは見たいテレビがあるとかで途中別れたので、カウンターに二人並んで座った。
「俺はブラックジャック。こいつはガキだからバージン・ブリーズで」
バーテンダーにカクテルを注文する万次は意外とサマになっていた。
「お前がブンゴか。ムッチーやアッキー。風間にランスロット。一人で
「で、どうする? 敵を討つのかい、今ここで」
「フン、お前ごときに負けるマヌケ野郎の恨みを晴らす気は全くねえ。だが神の御業からはブンゴ抹殺指令が出ている。成功すりゃ報奨金がたんまりもらえるって寸法さ」
万次は敵意はないようだ。少なくとも、今この場では。
「じゃあ、その報奨金のために僕を倒すのか?」
「へへへ、そんなに構えんなって。ビビりすぎだぜ。安心しな。お前は全然怖くねぇがお前のいとこの”テキサスの荒馬”は怖い。どんな大金をもらっても割りが合わねえ。だからこれからお前を襲ってくるのはよっぽどの猛者かよっぽどの馬鹿か、だ。せいぜい気をつけろ」
「なぜ、僕にそんなことを言う?」
「もうすぐ神の御業は潰れるぜ。内部はガタガタだ。俺は昔、テリーさんに命を救ってもらったんだ。情報をいくつか流したからこれで借りは返した。テリーさんに会ったらよろしく伝えてくれ」
バーテンダーがカウンターにカクテルを置いた時に、ピーポーピーポーとサイレンの音が近づいてきた。あのサイレンは救急車だ。
バーの窓から下を覗くと救急車がホテルの下に止まった。
「多分、松林だ。賭けてもいい。ちょっと確かめに行こう」
僕はそう言うと万次を連れてゆっくりとロビーに降りていった。
すると松林が担架で運ばれるところに出くわした。
「じゅんこぉ~、儂を許してくれ。殺すつもりじゃなかったんだぁ。じゅんこぉ」
彼は叫んでいた。身悶えていた。
「暴れないで、落ち着いてください」
救急隊員が注意したが叫びは止まらなかった。
「う~ん。罪悪感を刺激しすぎたかな」
「いや、あれでいいのさ。ブンゴの推理が当たったな。さあ、バーに戻ろう」
万次に肩を組まれ、再びバーのカウンターに座った。
「今日は色々あったけど、まずは名探偵に乾杯!!」
万次はグラスを掲げて僕を讃えた。
彼の牙が妖しくギラリと光った。
万次が当面の敵じゃないのはわかったが、これだけは慣れそうもない。
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