第七章 神の御業

第39話 湖の騎士vs古の剣豪

 夏になってから、神の御業みわざの悪行がマスコミに取り上げられるようになってきた。

 友人が、恋人が、家族が洗脳されて帰ってこない。

 怪しげな儀式で高額なお金を請求された、などなど。

 ついには神の御業被害者の会なるものまで結成され、代表は連日メディアにその非道ぶりを訴えている。

 しかし噂によると神の御業は警察や政治家、それに暴力団にまで手を回して仲間にしているらしい。

 僕としては、このまま社会の良識の力で神の御業が消滅してくれれば万々歳なのだが。


 八月のある日、朝から奇跡的に涼しかったのでミコミコをデートに誘った。

 彼女はわがままで自分勝手で、何かあればすぐに怒り出す困った性格なのだが、僕とケンカしては仲直りを繰り返していた。

 結局僕はどんなにミコミコのわがままに振り回されても、どんなに怒られても、好きで好きでどうしようもなかったのだ。


 ”それでもそんな女に惚れてしまうのが男の悲しいさがね”

 魔女アンジュが憂いを帯びた顔で言っていたのを思い出した。

 本当にその言葉通りだと実感している。


「どうしてもここのラーメンを食べてみたかったんだ。美味かっただろ」

「確かに美味しかったけど、ラーメンは真夏に食べるもんじゃないわね」

 ここは高田馬場の有名なラーメン屋。

 ランチの選択に失敗したらしく、僕とミコミコは汗だくになっていた。

 それにミコミコのご機嫌も雲行きが怪しくなってきた。


「ねえ、これからどこ行く?」

「うん、戸山公園に行こう。あそこはいつも有名な太極拳のサークルが練習していて動きも本格的なんだ。小野派一刀流の団体も奥義であるの稽古をしている。何より大道芸人たちがジャグリングなんかのパフォーマンスをしているからきっと見ているだけで楽しいよ」

「ええ~、水族館がいい。公園は暑そう」

「まあ騙されたと思って。それに今日は奇跡的に涼しい日だよ」


 なんとか説得して彼女を公園に連れ出した。

 晴天でしかも涼しい日なので公園内は賑わっていた。

「ねえ、見て。あそこの人たち本気で殴り合っている」

「あれは意拳いけんという実戦的な中国拳法で、散手さんしゅ、つまりスパーリングだね」


「うわ、カンフー映画のワンシーンみたい。動きがキレイにそろっている」

「太極剣というらしい。実際見るのは僕も初めてだけど、なんて優雅な動きなんだろう」

 おそろいのカンフー服を着た二十人くらいの集団が中国の剣を片手に舞を舞うような動きの美しさに思わず足を止めた。


「フフ、あのピエロったら痛そう」

 見ると一輪車に乗っていたピエロがバランスを崩して前のめりに転んだ。手足をバタつかせ大げさにリアクションを取っている様が笑いを誘う。

「きっとわざとだよ。芸人魂を感じる転び方だ。よくやるもんだな」

「この公園はなんでもアリね。気に入ったわ」

 輝くような笑顔でミコミコが言った。

 彼女のご機嫌が直ったので、安心した。


 そう、この公園はなんでもアリだった。

 大道芸人が口から火を吐き、劇団員のメンバーが演劇の練習をして、お笑い芸人のタマゴが漫才の特訓をしている。

 今日は奇跡的に涼しく、天気は快晴。平和で楽しくのんびりとした公園。

 そんなつかの間の平和も簡単に壊されるとはその時は思いもしていなかった。


「なあ、デート中悪いけど死んでくんない?」

 突然後ろから声をかけられた。

 内容は物騒だし妙に甲高い声。

 振り向いた途端に体の何ヶ所かに衝撃、次に痛みが来た。

 たまらずに片膝をついた。

 誰だ?

 何をしやがった?


 見上げた先にいた人物は日本の戦国武将が持つような長槍を片手に持っていた。

 槍の長さだが、パッと見た感じ全長2メートルはゆうにあるだろう。

 銀髪のモヒカン刈りで顔半分にはタトゥーあり。三白眼。

 西洋風の籠手こてと胸当て、足には脛当すねあて。

 小柄だが無駄な肉がなく、すばしっこそうな怪人物。

 歳は二十歳前に見える。まだ高校生かもしれない。


「ほう、俺様の三段突きをまともに喰らって意識があるとはな。死ぬ前に三段突きを説明してやるとだな、眉間と喉笛とみぞおちを一呼吸の内に刺突する俺様の超必殺技だ。もっともこの魔槍まそう蜻蛉とんぼグングニルの穂先は丸まっているから威力が半減しちまうのはしょうがねえ」

 怪人物は言った。

 僕はミコミコをかばおうと彼女の前に一歩出ようとするが、立ち上がれない。

 くそっ、三段突きだと!?

 魔槍まそう蜻蛉とんぼグングニルだって!?


「お前をずっと尾行していた甲斐があったぜ、引田文悟ひきたぶんご、いやいにしえの剣豪・疋田豊後ひきたぶんご。お前を倒した後はそっちのメスで楽しんでやるか。ウヒャヒャヒャ」

 ミコミコを見ながら下卑た笑い方で舌なめずりをする銀髪のモヒカン。

「ヒッ!」

 彼女は小さく悲鳴を上げると、躊躇せずに、迷いなく、こちらを振り向かずに一目散に逃げていった。


「お前、情けねえな。彼女に見捨てられてやんの。あそこは敵わぬまでも身を挺してお前を守る場面じゃねえの?」

 いや、それでいい。それでこそ僕の彼女。君一人無事でいてくれたらそれでいい。僕はきっと大丈夫だ。

 強がりじゃなく、心からそう思った。


「ところで、お前は誰だ? なぜ僕を狙う?」

 大方の予想はついていたが、聞いてみた。


「おっと、忘れてたぜ。騎士道に従って名乗りを上げてやるからよく聞きやがれ。俺様こそは退魔組織『神の御業』別働隊ジャッカル所属の隠し玉で最終兵器。二つ名をサー・ランスロ・デュ・ラ・オウ・ザ・レイク。まあ、長すぎるから湖の騎士・ランスロットと呼んでくれ」

「なら、はじめからそう言え。それに不意打ちする騎士道とは恐れ入った」

「いや、あれくらいは軽い挨拶だろ。ヌルいこと抜かすなよ」

 悪びれずに自称ランスロットは言い返した。


「ジャッカルってアッキーとムッチーがいたところか」

「ああ、お前ごときにやられたクソ女のせいでブランド価値が下がっちまった。俺様がお前を倒せば名誉回復となるぜ」


 どうもこのランスロットはかなりのおしゃべりのようだ。

 だが、こいつが長々としゃべればしゃべるほど僕のダメージが回復するのも事実。

 ならばもう少しおしゃべりをしよう。


「大体ランスロットならお約束の武器はアロンダイトって剣だろう。なんなんだ、魔槍まそう蜻蛉とんぼグングニルってイカれた名前は。笑わせるな」

 あえて挑発してみた。これであわよくば槍の由来を話してくれるはず。

「これは組織から受け継いだものだから俺様も詳しくは知らね。もっとも聖剣・井上エクスカリバーよりカッコイイだろ、ウヒャヒャヒャ。ところでこんだけおしゃべりしたらもう回復しただろ。さあ、ガチンコで殺し合おうぜ」

 彼はバカそうだから挑発に乗るかと思ったのだが当てが外れた。

 覚悟を決めなきゃ。


 ボディバッグから井上エクスカリバーを取り出した。

 全長は30センチくらい。

 対する蜻蛉グングニルはおよそ全長2メートル。

 リーチの差は大きい。

 一般に槍と剣が戦った場合、槍は距離を保って攻撃していればいい。

 しかし剣は槍の攻撃をかいくぐりふところに潜らなければ勝機がない。

 さらにあの槍のは木製だから、井上エクスカリバーのスタンガンモードも使えない。


 お互いに武器を持って向かい合っている。

 しかし周りの人たちからは武術の稽古かパフォーマンスにしか見えないのだろう。


 いざ向かい合ってみると、あんだけ啖呵を切ったランスロットだが構えてもいない。こちらをナメきっているのかアクビまでしている始末。

「その構えはスキだらけでござる」

 誘いかもしれないがあえて乗ってみるか。

 一気に距離を詰め、上段に構えた井上エクスカリバーで脳天唐竹割りにせんと真っ向から振り下ろした。


 ガキィッ!

 鈍い音がした。

 敵は槍を横真一文字にして攻撃を防いでいた。

 力比べと根比べだ。

 先に息を吐いたほうが負ける。

 よし、このまま体格差と体重差にまかせ押し切ってしまおう。

 と思っていたらいきなり手ごたえがなくなり、剣は地面に刺さってしまった。


 なぜだ?

 まさか!

 バカな!?

 槍が真ん中から左右に分離しただとッ!


 刹那の時間に状況を理解したと同時に、両方の側頭部を槍で殴られ、奴に足蹴にされ数メートル先の地面に仰向けになった。

 パチパチと拍手の音が聞こえた。

 いつの間にかギャラリーが集まり、このやり取りを楽しんでいるようだった。


 クソ、やられた。吐き気がするし全身が痛い。

 だが、僕には奥の手がある。

 ピンチになった時、いつも裸一貫になって逆転したじゃないか。

 全裸だけは僕を裏切らなかった。

 だから立ち上がる。

 脱ぐために。


「ウヒャヒャヒャ、そうでなきゃ。そんで次は素っ裸になるんだろう、なあ」

 驚いた。

 ランスロットには見透かされていた。


「実はお前のことは結構ウワサになってるんだぜ。裏の世界でな。あの井上エクスカリバーの持ち主ですぐ全裸になる変態がいるってよ。なら俺様はお前の最も得意とする分野で勝ってやる。だから脱ぎ比べと行こうじゃないか」

 そう言うとランスロットは両手に握った槍を放り投げた。


「早脱ぎ対決か。望むところだ」

 僕も井上エクスカリバーを地面に置いて臨戦態勢に。

 心地よい緊張感があたりを支配した。


 ”カアァー”

 カラスの鳴き声を合図に僕は脱ぎ始めたが汗がべとつき、いつもより上手くいかない。

 対するランスロット。

「秘技ルパンダイブ」

 そう叫ぶと奴の体は一瞬で衣服から抜け出て、あっという間に見事な全裸に。

 ランスロットの男のシンボルがブラブラと揺れている。

 ブラブラ、ブラブラと。

「ウヒャヒャヒャヒャ、ウヒャヒャヒャヒャヒャ」

 勝利の笑い声が耳に響く。

 ギャラリーの拍手と喝采が耳に響く。

 負け……たのか……?


「あっ、あそこです。お巡りさん」

 その時、聞き慣れた声がした。

 ミコミコが警察官を連れて来てくれたのだ。


 全裸で槍を持って警察官に抵抗するランスロットは、本職に敵うわけもなく手錠をはめられた。

 公然わいせつ罪、公務執行妨害、銃刀法違反などで。


 パトカーに連れられる前に、ランスロットはこっちを向いて、

「おい、俺様はパクられるなんて屁とも思っちゃいねえ。槍と剣でも、早脱ぎでもお前は負けたんだ。ブンゴよ、くやしかったらリベンジしに来い」

 そう叫んだ。


 そしてミコミコといえばあれから泣きっぱなしだった。

「わ、私、こ、怖くなって。一人で逃げて、ご、ごめんなさい」

 僕は黙って彼女を強く抱きしめた。

 髪の毛からとてもいい匂いがした。


 奴がなんと言おうと僕の勝ちだ。

 僕には幸運の女神、勝利の女神が付いているのだから。

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