第38話 魔女のお茶会

 クレームを入れるにはタイミングが悪かった。

 場所はアキバ。オカルトグッズ店『魔女の標準装備』の従業員休憩室。

 時間は午後三時ちょい前といったところ。

 

 ここで購入したナザールボンジュウというトルコのお守り。

 殺意、敵意、怒り、嫉妬。あなたに向けられた悪い念をすべて無効化できるというのが謳い文句。

 確かにしっかり身に付けていた。

 それなのに何回か殺されかけた。

 命からがら逃げ出した。

 タクシー代、ホテル代、特急料金、治療費などで予想外の出費を強いられた。

 おかげで今は素寒貧ですっからかん。


 だから返品・返金を求めに来たのだが、店側は『午後三時は魔女のお茶会を絶対に開かなければならない』の一点張り。

 それなら”魔女のお茶会”とやらに参加させろ! と凄んだ。

 女性相手に不平不満をぶつけるのは格好悪いので怒鳴ることだけは辛うじて避けたが、それでもイライラは抑えられなかった。


「すみません、アンジュ様。このブンゴがしつこくてしつこくて」

 こないだ僕にトルコのお守りであるナザールボンジュウを売りつけた魔女店員が上司らしき人物に対して言った。

「この”魔女のお茶会”に男性が参加するのは異例だしクレーム対応をする場でもないのだけどタバサが困っているなら仕方ないわ。それに魔女特製のハーブティーを飲めば少しは落ち着くでしょう」

 アンジュ様、と呼ばれた上司は答えた。


 彼女もまた魔女のコスプレをしているから徹底している。

 全体的に日本人離れした容姿なのは西洋人とのハーフだからだろうか。

 長身で整った顔立ち。艶のある長い黒髪。常に謎の微笑を浮かべている。金色と青色のオッドアイ。

 ゴスロリに身を包み、魔女の黒マントとトンガリ帽子。


 あまりにもハマっているので思わず見蕩れてしまった。

「おい、アンジュ様をイヤラシイ目で見るな」

 タバサと呼ばれた魔女店員が僕の尻に蹴りを入れやがった。

 この店に来ると必ずいるちんちくりんの魔女店員は相変わらず客に対する礼儀がなっていない。


「いや、僕は魔女のお茶会に参加したいわけじゃなくてそちらのタバサが、”午後三時は何があっても魔女のお茶会を絶対必ず開く”、なんて言うからなし崩し的に参加する羽目になってしまっただけです。返品するので返金してもらえばさっさと帰ることをお約束します」

 早く用事を済ませたかった。

 

「うるさいぞブンゴ。魔法でお前の声を奪ってやる」

「落ち着きなさいタバサ」

 アンジュが静かにタバサをたしなめた。

「申し訳ないけどここでは返品返金はしていないの。でもナザールボンジュウが効かないのは気になるから事情を話してくれないかしら。もしかしたら原因がわかるかも。さあ、座って」

 アンジュに勧められるまま僕は座った。


「最初はムチを使う女だ」

 思い出したくないが思い出す。

 そして魔女たちに語った。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 初日は夢のような日だった。

 美女たちの裸体をこの目に焼き付け、バーベキューを楽しみ、露天風呂に浸かり、クーラーの効いた個室、それもフカフカの布団で眠った。


 次の日の朝、施設内のだだっ広い武道場に呼び出された。

 僕の前には両手にムチを持っているムッチーが笑顔で立っていた。

「修行の成果を見せてやる。リベンジだ。覚悟しろブンゴ」

 彼女は片手でムチを振り回し、もう片方のムチはダラリと下げている。

 対する僕は井上エクスカリバーを青眼の構えにしてスキを伺う。


「ムチ二刀流からの秘技ムチあらし!」

 そう叫ぶと彼女はムチを無茶苦茶に振り回してきた。

 痛っ!

 ムチが僕の左手に巻き付き、井上エクスカリバーを落としてしまった。

 右手で巻き付いたムチをほどこうとすると何かが刺さった。

 よく見るとそのムチにはトゲだらけだった。


「やっと気付いたか! このムチはサメの歯を縫い込んだ特別製。思い切り引っ張れば鮫の歯が手首の撓骨とうこつ動脈を引き裂く。失血死で死ね!」

 ムッチーは興奮している。

 目がイッている。

 これはヤバイ。


「そこまで! ムッチーの勝利。これ以上は本当に死んでしまう。そうしたら先生がブンゴで試せない」

 しば先生の声でムッチーは我に返った。

 その時ばかりは天使の声に聞こえた。

 かなり不穏な事を言っていたような気もしたがとにかく助かった。


 左手首に傷薬を塗って包帯を巻いた。

 それでも血がにじんできた。


 昼食はサンドイッチにオニオンスープと軽めのメニューだったが食べる気がしなかった。。

 だが無理してでも食べねば生き残れない。


 昼食後、施設内のだだっ広い武道場にて。

 僕の前には、なぜか巫女装束の柴先生が笑顔で立っていた。

「先生の大蛇はシャイターンに喰われたが問題ない。修行の成果を見せてやる。召喚ヤマタノオロチ!」

 彼女の背後に八つの蛇の頭が鎌首をもたげているのが視えた。

 ウネウネと蛇の頭が一斉に襲いかかってきたので、井上エクスカリバーで斬りかかろうとした。しかし空振り。

 あっという間に四肢は蛇に巻き付かれ拘束され、胴体も強力に締めつけられた。

 肋骨がヤバイ。内臓がヤバイ。呼吸がヤバイ。血流がヤバイ。

 意識が遠のいていく。


「ウフフ、やはり頭が八つもあるのは便利だな。このまま締め付けるか、丸呑みにするか、牙を突き立て毒を注入するか、口から火炎を吐いて焼き殺すか、ウフフ」

 柴先生は心から喜んでいた。心から楽しんでいた。


「ストップ! 柴先生。このままでは死んでしまいます。私も修行の成果を見せたいのでその辺で勘弁を」

 アッキーの声で柴先生は我に返り、僕はヤマタノオロチから解放された。

 その時ばかりは天使の声に聞こえた。


 僕は涙目で、せっかく食べた昼食をゲーゲーと戻していた。

 なんて情けない姿だろう。


「露天風呂に入ってこい。打ち身や切り傷によく効くから」

 柴先生が言った。

 その言葉を受け、いったん部屋に戻りカバンを持って露天風呂に向かった。

 風呂に浸かりながら思った。

 脱走しよう!

 このままここにいたら殺される!

 順番から行けば、あの軍師気取りの腹黒女のアッキーが僕に何かをやるはず。

 どっこいそうはさせるか!

 だが、入口の門は固く閉ざされていて敷地を囲む塀も高い。

 ならば、この山の反対側から下りて町へ出よう。


 風呂から上がって、山の裏へ進んだ。

 しばらくすると、視界がぶれた。

 落とし穴にハマったと気が付くまで少し時間がかかった。


「やっぱり。ブンゴみたいな低能の考えることは丸わかり。落とし穴の出来栄えはどう?」

 アッキーが羽毛扇をパタパタと扇ぎながらやって来た。

「これも修行の成果か?」

「ええ、そうよ。穴を懸命に掘った甲斐があったわ」

「そりゃよかった。この穴から出るのに手を貸してくれないか?」

「その手には乗らないわ。そう言って私をこの穴に落とすつもりなんでしょう」

 お見通しだった。


 自力で穴から這い上がり、再び山の裏へ進んだ。

「あっ! バカっ! そっちは!」

 アッキーが叫んだが、次のトラップが発動。

 今度は全身を網に包まれ、宙吊りに。


「一晩、頭を冷やしなさい、明日の朝には解放してあげるから。それじゃお休み」

 アッキーはスタスタと施設の方に帰っていった。

 彼女が帰っていったのを確認してから僕はカバンの中を漁った。

 愛用の十徳ナイフを探し、網を切ってから一目散に山を下りた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ここまで話したらのどが渇いたのでハーブティーを一気に飲んだ。

「なかなか楽しめたけどウソはだめ。ムチ女? ヤマタノオロチ? 落とし穴? バカも休み休み言えって」

 タバサが笑いながら言った。

「いいえタバサ、これは本当の話としか思えない。同時に、なぜナザールボンジュウが効かないかもわかったわ」

 アンジュが言った。


「へえ、わかるなら教えてください」

 僕が聞くと、

「ええ、その女性たちはブンゴに殺意や敵意は向けていないの。どちらかというと実験動物に対するそれね。ブンゴは修行の成果を試すためのモルモットだと思われているのよ、かわいそうだけど」

 アンジュは哀れみの目で僕を見ながら言った。

 うすうすは気付いていたが、改めて言われると結構ブルーになるもんだ。


「だから原因はナザールボンジュウに効き目がないんじゃなく、ブンゴの周りの女性たちが原因ね。私の魔法でもっと素晴らしい女性と出逢えるようにしてあげられるけど。安くしておくからどう?」

 なんとも魅力的な笑顔でアンジュが言うので、思わずうなずきそうになった。

「その魔法で、僕の好みの女性と出逢えるんですか?」

「ええ、問題ないわ。ブンゴの好みの女性を言ってごらんなさい」


 僕は深呼吸をしてから理想の女性を思い浮かべた。

「なに、多くは望みません。一つ・嘘をつかず、二つ・些細なことで怒らず、三つ・打算的でなく、四つ・嗜虐的でなく、五つ・思いやりにあふれている。この五つを満たす女性なら文句は言いません」

「それは無理ね。いい、女性の本質は嘘つきで、ヒステリックで、計算高くて、サディスティックで、思いやりがないからよ。私の魔法でもどうにもならないわ」

「ああ、僕はまだ17歳だから女性に夢を見ていたかったんだけどな」

「それでもそんな女に惚れてしまうのが男の悲しいさがね」

 アンジュが憂いを帯びた顔で言った。


 店を出た時に、なんともやりきれない気持ちになっていた。

 なけなしの金をはたいて漫画喫茶に行った。

 祓い屋が主人公のマンガを読んだら、現実の僕とは大違い。

 退魔に恋愛に大活躍。大金を稼いでモテモテで誰からも尊敬される主人公。

 せめてマンガくらいはこうでなくちゃやってられない。


 漫画喫茶を出てトボトボと歩いていたら、誰かに尾けられているような気がしたが、気のせいに違いないと言い聞かせて帰宅した。

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