第37話 女の中に男が一人

「長年、しば家にお仕えしてきましたが男性をあそこに運ぶのは初めてです。なにせ今向かっている先は女性専用の修行の聖地。もっともブンゴ様はまだ男性ではなく少年ですから例外ですかな」

 初老の運転手は聞かれもしないことをベラベラと喋っている。

 うねるような山道をSUVは走る。

 いい加減、ケツが痛くなってきた。


 数時間後に車は目的地に到着した。

 腕時計を見ると午後3時少し前だった。

「運転手さん、ここまでありがとうございました。それと粗相をしてすみません」

 お礼と謝罪を同時にした。

「イヤ、よくある事です。お気になさらず。それより少し先に行くと湧き水があるので口をゆすがれるとよろしいかと。あと、このフリスクを差し上げます」

 運転手は笑っていたが、その心中は察するにあまりあった。

 数分後、車は来た道を引き返していった。


 僕は前を向き歩みを進めた。坂道を少し登ると施設らしきものが見えてきた。高い塀がどこまでも続いている。かなり広そうな敷地らしい。門が開いていたので勝手に中に入った。


 出迎える者は誰もいない。

 庭を突っ切って大きな和風の建物の前に立った。しかし呼び鈴はない。

 さっきからしば先生に電話をかけてもメールを送信しても無反応だった。

 人を呼びつけといて、この対応は失礼だ。

「ごめんください。ブンゴです。呼ばれて連れられてやって来ましたよ。体調もすぐれないので勝手にお邪魔します」

 だから僕としては無断で中に入るしかなかった。


 玄関から奥へ進むと、左の通路から足音が聞こえてきた。

「すわっ、曲者かッ!?」

 アニメ声が響いた。

 ということはやって来たのは柴先生に違いない。

「柴先生。ブンゴです。曲者じゃないです」

 そう言って僕はまっすぐ進む。柴先生は奥の左の通路からやって来る。

 だから、出会い頭でぶつかってしまった。

 予想外の衝撃で僕は尻もちをついてしまった。

 柴先生は無事だろうか?

 白いバスタオル1枚をまとった柴先生が仰向けに倒れていた。

 というか衝撃でバスタオルははだけていたので、ほぼ全裸の状態。

 なるほど、均整の取れた身体とはこういうものだなと、僕は感動していた。

 石鹸の匂いがするので、ついさっきまで風呂に入っていたのだろう。

 やがて彼女は起き上がり、僕を見て、自分の裸を見て、

「キャアァァァァーーーッ!!」

 と叫んだ。


 すると、奥にある浴室であろう扉が開き、二人の女が飛び出してきた。

「柴先生、大丈夫ですか?」

 そう言ったのは黒田明子くろだあきこことアッキー。

「賊か!? ボクがやっつけてやる!」

 そう大声を出したのは遠藤睦美えんどうむつみことムッチー。

 急いでいたからだろう、彼女達も白いバスタオルを体に巻き手で押さえて走ってきた。まだ体をよく拭いてないのでビショビショだ。

 当然の帰結として、二人仲良くスベって転んで御開帳。

「あ~あ」

 僕は思わず顔に手を当てた。


 その後、僕は廊下に正座。

 正面には柴先生が仁王立ち。

 両脇にアッキーとムッチーが仁王立ち。

 言うまでもなく、三人はすでに服を着ている。


「先生たちになにか言うべきことがあるはず。喋れるうちに喋っておけ」

 引きつった表情で柴先生が言った。

「僕だから良かったようなものの、ここのセキュリティはなっちゃいませんな。ああそうそう、今回のような出来事を業界用語では”ラッキースケベ”と言うそうです」

 僕は答えた。


「他になにか言うことは?」

 引きつった表情でアッキーが聞いた。

「皆んなも全裸になる修行をしているとは知らなかった。しかしまだまだ甘い。全裸になる術なら僕が直々に教えてもいい」

 僕は答えた。


「ボクたちに言い残すことは?」

 引きつった表情でムッチーが聞いた。

「この状況はフェアじゃない。だから僕も今から脱ごう。僕らはあまり仲が良くないが、裸と裸の付き合いをすれば多少はマシになるだろう」

 僕は答えた。


「遺言はそれでいいのか?」

 今にも爆発しそうな表情で柴先生が最終確認をしてきた。

「ええ、死ぬ前に美女たちの綺麗な裸体を見れたので思い残すことはありません。せめて苦しまないようにバッサリとお願いします」

 僕は答えた。


 一応は本心だった。

 柴先生は20代で均整の取れた身体。可憐な花というよりは大輪の薔薇。大女優のようなオーラをまとい、誰もが振り向くような美女だ。しかもアニメ声。


 アッキーは今どき三つ編みでメガネで小柄な女の子だが、顔立ちは整っている。委員長キャラといえばわかりやすいかもしれない。


 ムッチーは長身でショートカットでボーイッシュ。可愛くはないが凛々しい顔立ち。ボクっ娘。運動神経バツグンで空手弐段の腕前。下級生の女子から異常にモテる。


 そんな三人の素っ裸を見たのだから、死ぬにはいい日だ。

 そんなことを思っていたら自然と笑顔になった。


「ウッ、フフフフフ」

 突然、柴先生が吹き出した。

 つられてアッキーとムッチーもそれに従い、とうとう三人は腹を抱えて涙を流しながら大爆笑。


 なぜだ?

 箸が転んでもおかしい年頃だからか?

 それともワライタケをうっかり食べてしまったのか?


「裸を見られたくらいで本気で殺すわけ無いだろう。このマヌケっ!」

 呆気にとられた僕にムッチーが言った。

「これほどからかい甲斐があるとは。充分楽しませてもらったわ」

 アッキーが言った。

「もうお腹も空いてきたし、そろそろバーベキューの準備をしなくちゃ」

 ムッチーはそう言うとアッキーと一緒に庭へ出て行った。


 廊下には僕と柴先生が残された。

「えっ? バーベキューって? まさか今から?」

 予想外の展開に驚いて声が裏返ってしまった。

「そうだ。ブンゴの歓迎会だ。先生もアッキーもムッチーもブンゴが来るのを心待ちにしていたんだ。ここでの修行の成果を見せたくてな」

 アニメ声で柴先生が答えた。

「その成果とは?」

「先生に関して言えば安い挑発に乗らなくなったしすぐに怒らなくなった。まあ、明日になれば嫌でもわかる。少なくとも今日はお客さん扱いだからゆっくりくつろいでくれ」


 僕の一言にしょっちゅう怒っていたあの柴先生が怒らなくなっただと。

 これも魔女のお店で買ったトルコのお守り、ナザールボンジュウのおかげかもしれない。

 殺意、敵意、怒りといった感情を無効化すると、魔女店員は言ってたっけ。

 ならば、今なら言える。


「僕のために歓迎会なんて感激です。ところで、さっき柴先生の愛車の後部座席で粗相をして、イヤ戻したというか、わかりやすく言うとゲロを思いっきりぶちまけ、ブッ……」

 話の途中だったが、柴先生の足の裏が僕の顔面を直撃した。

 修行の成果は期待できそうもないのが身にしみてわかった。

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