第36話 修行はやめた
異世界に飛ばされて、この国の王となってから十数年が過ぎた。
色々あったが、あの憎き島国に勝てば世界は余のものなり。
「おお、ブンゴ王よ、どうか、どうか、そればかりはおやめください」
ムッチが余に必死の形相で嘆願した。
「あの島国にはムッチの両親と私の両親もいます。洗脳されているだけで罪はありません。ああ、その新型爆弾ではすべて焼け野原になってしまいます」
アッキが土下座して懇願した。
「ならぬ。多少の犠牲はつきもの。これで長く続いた戦を終わらせる。科学と魔法の粋を極めた新型爆弾で」
余に迷いはない!
「しかしブンゴ王よ。破壊力が凄すぎます。生き残った人たちから恨みを持たれるのでは? 命懸けで復讐してくれば島国の統治は困難に」
「カザマよ、案ずるな。その後の教育次第でどうとでもなる。『爆弾を落とされた自分たちが悪い。二度と戦争という過ちはしません』と反省するように罪の意識を植え付ければいい。平和を愛する素晴らしい民族の出来上がりだ。余の故郷の国ではそうであった」
異世界に飛ばされる前の知識が余にはある。
「強大な力を手にした今、なんとしてもこれを使いたい。試したい。爆弾投下後のデータも欲しい。死ぬのはどうせ黄色い猿どもだ。さあ、
ボタンを押すと新型爆弾が島国に転移して爆発した。
遠い海の向こう側に大きな大きなキノコ雲がよく見えた。
島国はそれから数日後に降伏を申し出た。
余は勝者として、王として、かつての敵地に乗り込んだ。
新型爆弾がどれだけの成果を上げたのか、知らなければならない。
川にはおびただしい死体が重なり、流れをせき止めていた。
建物は爆風で吹き飛ばされ、黒焦げの死体が地を埋めていた。
「戦を早く終結させるために必要な措置だったのだ。許せ」
これからこの島国の国民には食料を援助してやろう。
飢えないように。
そして二度とこんな悲劇が起きないように導かなくては。
正しい教育によって。
いずれ復興を果たしたら、我が王国の良きパートナーにしてやってもいい。
突然、片腹に衝撃を感じた。次に声も出せないほどの激痛。
矢が刺さっている。
そう確認した途端、脚、胸、喉、顔面に衝撃と激痛が走った。
「我らの恨み、思い知れ」
最期だと言うのに、なぜかその声だけはしっかりと聞き取れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目覚めた時は汗でビショビショだった。
さっきまで見てた悪夢と熱帯夜のせいだ。
シャワーを浴びて、たましずめ組の事務所に向かった。
テリー組長の前で謝罪をした。
風狂寺での不始末と、未だ自分が何の成長もしていないことに対して。
そして、今までの想いがあふれてきて、気が付いたらすべて口に出していた。
強大な力を求めても上手くいかず、自分が変態の露出狂と噂されバカにされている事実や苦しみ。
「腹が減った。飯でも食いに行くか」
しかしテリー組長は一言僕にそう言っただけだった。
午前9時。
近所でも評判のパン屋兼カフェのオープンテラスに陣取った。
「そもそもなぜブンゴは強い力を求める?」
「もちろん、あの悪の退魔組織・神の
「なぜぶっ潰さなければならない?」
「前に事務所に逃げ込んできた二人の女の子を覚えていますか? 遠藤睦美と黒田明子は僕のクラスメートでもあります。しかし両親がそろって神の御業にハマっています。おかげで彼女たちは両親と離れて暮らしています。あんな組織さえなければ今頃は幸せに暮らせていたはずです。まだ親に甘えていい歳なのに」
それからさらに話した。
洗脳を解く取っ払い屋が存在しているが、危ない薬を使用するので役に立たないこと。
現在、二人は未だに担任の
「その感情を
コーヒーを一口飲んで、テリー組長は笑って言った。
「しかし、僕にはもっと具体的な強い力が必要です!」
思わず大声を出してしまった。
「この業界にブンゴを入れた時に、きちんと説明はしたはずだが」
テリー組長が真剣な顔になってドスの利いた声で言った。
「覚えていません!」
またもや大声を出してしまった。
義なんて抽象的な言葉ではわからない、わかるわけがない。
「その昔、
突然、テリー組長が違う話を始めたが、何かを伝えようとしているようなので黙って話を聞いた。
「なぜいとも簡単に自分は投げられるんだろう。修行中にそう思った彼はやっとその疑問を自力で解いた。投げられる前に自分の体勢が崩されていることに気づいた。強くて大きな力で無理やり投げるのではない。体勢を崩せば、崩しさえすれば投げることができる。逆に言えば、崩さないと投げられない」
「はい」
なんとなく言いたいことがわかってきた。
「祓う時の心構えもこれと同じ。あやかしや悪霊などの視えたものを相手にしない。視た人、取り憑かれた人の想いや感情を解けばいい。そのためには正論を押し付けるのは愚策。求められた役割を演じつつもさらに突飛な事、常識外なことをして彼らを驚かせなければならない。そうすることで強い感情に囚われた意識を一瞬でも動かす、ずらす。その時に呪文なり儀式をすればいい」
ああ、思い出した。確かに言っていた。
「取り憑かれた人の意識を崩すのに素っ裸になるのはとても有効だ。そう言う意味ではブンゴはよくやっている。バカにされているなら勝手にさせておけ。私だけはブンゴを認めている」
涙が自然と流れてきた。
僕は人目もはばからずに泣いていた。
泣き終わったらスッキリした。
今までのモヤモヤが涙で洗い流されたかのようだった。
「”崩し”を使えばそのご両親の洗脳や強い信仰心も解ける。取っ払い屋のように危ない薬なんかは使わない。私は何人も成功させてきた」
「ワッハハハハハハ」
今度は笑いが止まらなかった。
涙が出るほど笑った。
他の客や通りを行き交う人達が僕を見ているが構うもんか。
僕はこれからも意識を崩す手段として全裸芸に磨きをかければいい。
ムッチーとアッキーの両親もテリー組長がなんとかしてくれる。
だから、僕には強い力を求めて修業をする必要はもうなかった。
自分の部屋に戻ってスマホをチェックするとメールが届いていた。
『今日の午後に車を迎えによこすから居場所を教えるように』
柴先生からだった。
『僕はもう修行の無意味さに気付いて暇になりました。だからそちらに付き合ってもいいですよ。僕は自宅にいます』
と返信をした。
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