第35話 力を求めてショップ巡り

 山での修行は失敗だったが、落ち込んでいる暇はない。

 要は強くなればいいのだから、モノの力を頼ってもいいはず。

 幸い財布の中には十万円が入っている。大抵のモノは買えるだろう。


 だから今、僕はあの武器屋兼コスプレショップの『黒猫は眠らない』の前に立っている。

 インターホンを押すとしばらくして声が聞こえてきた。

「どちら? 会員なら会員番号と名前を」

 愛想の悪そうなダミ声の男が応対した。

 こんなダミ声の持ち主は店長しかいない。


「会員番号は9988くくはちじゅうはち。僕です。たましずめ組のブンゴです」

「うん、確かに会員番号と名前は一致している。しかし念には念を入れたい。今から質問をするから答えてくれ」

 扱うモノがモノだけに慎重になるのはわかるが、相変わらず面倒な店だった。


「寿司は何から注文する?」

「アナゴ」

家系いえけいか? ジロリアンか?」

「家系」

「お好み焼きは大阪? 広島?」

「広島しか認めない」

「目玉焼きには?」

「醤油のみ」

「唐揚げには?」

「誰が何と言おうと率先してレモンをかける」

 

 色々とアバウトすぎる質問だが反射的に答えてしまった。

「合格! ドアの電子ロックを外すので入ってくれ」

 何が合格だかわからないが鍵の外れる音がしたので中に入った。


 ショップの中はパッと見回しただけでも鎖鎌くさりがまや青竜刀、果ては戦国武将の鎧兜まで商品として陳列してあった。


 カウンターの奥には白髪をポニーテールにした老人が立っていた。白いポロシャツにジーンズ。黒いエプロン。

 彼こそがこのショップの店長である。


「店長、ご無沙汰。イキのいいのはありますか?」

「最近のイチオシはこの”死神なりきりセット”だ。漆黒の死神装束にシャレコウベのマスク。そして伸縮自在、伸ばせば全長2mにもなる死神の鎌。切れ味も申し分なし。まさに生命を刈り取る地獄の鎌だ」


 なるほど、これならハロウィンのコスプレとしても通用するし、実際に斬れる全長2mの鎌はかなりのリーチを稼げるだろう。

 だが、足りない。僕は、もっと強力でもっと瞬時に多数をやっつけるような武器を所望している。


「飛び道具で何かオススメは?」

「ならば、この”キューピッドの恋の矢”はどうだ。威力はすごいが、矢の先はゴム製だ。顔面に当たれば丁度フライ級のボクサーのジャブくらいの衝撃にはなる」

 名前や形状は少女向けアニメのCMに出てきてもおかしくない可愛いキューピッドの恋の矢。

 それを戦闘用のクロスボウに改造したようだ。


「いいんだけど、大きすぎる。手頃な大きさの飛び道具ならすぐにでも買いたいんだけど……。いや、ワガママばかり言ってすみません」

「構わんよ。武器に妥協する愚か者は早死にする。念には念を入れて武器を選べ。よし、ちょっと待ってろ」

 店長はそう言うと奥の扉を開け、しばらくゴソゴソしたかと思うと銀色のブーメランを持ってやって来た。


「これは昨日入荷したばかりの自信作。マッドマックス2モデルの鋼鉄製のブーメランだ。飛んできたブーメランを素手で掴もうとすると指の数本は容易く切断する」

「あの映画は何回も見ました。気に入りました。これにします!」

 この店に来てよかった。

 戦闘力が大幅にアップした。


「ところが、だ。飛んで返ってきたブーメランを受け止める鎖帷子くさりかたびら製の手袋がいつ入荷するかわからん。手袋とセットでないとブンゴの指はヤバイことになるがどうする?」

 なんてこと!

 店長の言葉を聞いて、泣く泣くブーメランをあきらめた。


 結局、何も買わずにショップを後にした。


 せっかく外出したのでアキバのオカルトグッズの店に行った。

 店の前では”魔女のオプション装備”という看板がキラキラと光っていた。

 ここで何か役立つモノがあればいいのだが。


 邪神像のコーナーはなくなっていた。

 代わりに『好評のため売り切れ御免。現在入荷待ち』という紙が貼ってあった。

 世も末だ。


「あっ! お前はブンゴ! また来たのか!」

 とんがり帽子に黒いマントという出で立ちの少女が僕を見るなり叫んだ。

 よく覚えてないが、こないだの魔女のコスプレをした店員に違いない。

「いきなり客に対して失礼だな。そもそも何で僕の名前を知っている?」

 突然、自分の名前を他人から呼ばれれば誰だって驚く。

「魔女の力をナメるなよ。魔法ですべてお見通しだぞ」

 魔法少女はエッヘンとばかりに胸をそびやかせた。

 それに対して僕はだらしなく口を開けて考えていた。

 本当に魔女の力なんて存在するのだろうか?

 

「フフン、その間抜け面が固定したら可愛そうだから種明かしをしてやろう。こないだ、お前は井上エクスカリバーをうっかり店内で見せたじゃないか。それでお前がブンゴだってバレたんだ」

「?」

 このちんちくりんの魔女は一体何を言っているんだろう。

 僕にはイマイチ理解できなかった。


「フウ、この魔女が可愛すぎるから話に集中できないのは仕方ない。いいか、井上エクスカリバーはこの世で一振りしかない。対魔にも対人にも滅法強いが、初代の持ち主を死に追いやった曰く付きの呪われた剣。当然、次の持ち主が誰になるかはオカルト業界の誰もが興味を持つ。ここまではわかるな」

「ああ、大丈夫だ」

 僕は答えた。


「今年の春になって、次の持ち主が決まったという噂が魔女の世界にも走った。その噂によれば新しい持ち主は、高校二年の引きこもり。ブンゴという名前。とにかくやたら全裸になりたがる変態の露出狂だから関わってはいけないと聞いた」

「まあ、噂は尾ひれがつくもんだ」

「でも、事実だろう。裏は取っている。頼むからここでは脱がないでくれよ」

 笑いながら魔女は言った。


「で、今日は冷やかしに来たのかい? それとも可愛い魔女に会いに?」

「そうだな、神の御業みわざって組織は知っているよな。あれを一撃で潰せるような呪いのグッズをさがしている」

「やっぱりブンゴって噂どおりのバカね。もっと常識で考えたら」

 少しは期待していたのだが、こんなクソ生意気な魔女にバカにされてしまった。

 口調も段々と馴れ馴れしくなってきた。

 だが、せっかく来たのだからダメもとで聞いてみよう。


「実は彼女を怒らせてしまった。いまだに口もきいてくれない。前みたいに愛し合えるようになれるグッズはあるかな」

「ブンゴに彼女なんていたの? ここ最近で一番驚いた」

「いや、なきゃいいんだ。邪魔をした」

 帰ろうとしたら魔女から腕を掴まれた。


「ケンカした恋人と仲直りができるなんてチートアイテム、私が欲しいくらいよ。でもちょっと待って。これなんてピッタリかも」

 魔女は、目玉模様の青いガラス玉を僕に見せた。

 大きさは五百円硬貨大といったところか。


「トルコのお守り、ナザールボンジュウ。古今東西、魔除けのシンボルは眼が最強。殺意、敵意、怒り、嫉妬。ブンゴに向けられた悪い念をすべて無効化できること請け合い。どう?」

 値段も安かったので、勧められるまま一つ買ってしまった。

 これでミコミコの怒りがなくなるなら御の字だ。


 店を出てしばらくしたらスマホが震えた。

妙見山みょうけんさんに来たれ』とだけある短いメール。

 しば先生からだった。

『行けたら行きます』とこちらも短い返信をした。

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