第33話 風狂寺の珍念

「もっと力をつけなけらばこの先、やっていけません。どうか僕を鍛えてください。大抵の修行には耐えてみせます」

「修行をしてどうなる? 力を得てどうする?」

 しかし僕の必死な訴えに対し、テリー組長は冷然と聞いてきた。

「今までの自分ではダメなんです。しば先生の大蛇やブルーノの電撃。そんな感じの必殺技を身に付けたいんです! 霊が視えるだけの能力じゃ力不足です。神の御業みわざを一撃で葬り去るようなもっと強烈な必殺技がないと!」

 思わず大きな声を出してしまった。

「落ち着けブンゴ。今、コーヒーを淹れるからソファーに座れ」

 ドスの利いた声でテリー組長が言った。


「何をそんなに焦っている? コーヒーを飲んで少し落ち着け」

「はい、もう大丈夫です。落ち着きました。さっきは取り乱してすみません」

 僕はやや苦いコーヒーを飲んで答えた。

「そんなに自分を卑下するな。人の強い感情、例えば未練や怨念や執着などをあやかしや霊のビジョンとして視える能力は得難いものだ。レアスキルと言ってもいい」

 励ましてくれる人が僕のすぐ目の前にいる。実にありがたいのだが、そう言われても心から納得はできなかった。


「迷いや焦りがあるなら禅寺に参禅してみるべきだ。明日からしばらくそこで修行をして過ごすんだな」

 僕のグズグズした態度を見てテリー組長が言った。

「へっ?」

 禅寺という思いがけない言葉に間抜けな声が出てしまった。

風狂寺ふうきょうじ厳峻げんしゅん和尚には私も昔、お世話になった。厳しい教えだったがその御蔭で気合いを使えるようになった」

「こないだ僕に『かつッ!!』ってやったアレですね。あの気合いが身に付くなら喜んで! もしよろしければあの気合いはどうやって出しているのか教えてください」

「精神、意識、心。そういったものが全てはらの中、つまりは気海丹田にピタリと収まった時に爆発して気合いとして外に出る」

 断られると思ったがテリー組長は気前よく教えてくれた。


「でも、敵に耳を塞がれたり、耳栓をされたらどうします?」

 心肝をつんざき、相手を失神させる気合いは強力だが、案外そんなつまらないことで防げるのでは? との疑問は前からあった。

「真の気合いは横隔膜に響くから問題はない。耳の鼓膜を守ったくらいでは防ぎようもない」

 テリー組長の答えを聞いて、なんとしても気合いを身に付けねばと決意した。


「気合いなんか会得しなくても、参禅すれば何かを学べるはずだ。事務所に帰った暁にはその学んだものを見せてくれ。先方には私から連絡を入れておく。風狂寺の住所は後でメールで送る。隣の県の山の中にあってかなり遠い。だから明日は朝一番で家を出て欲しい」

「いろいろとありがとうございます。きっと何かを学んできます」

 僕は礼を言って事務所を後にした。


 明日は早い。

 だが、禅のことを予習するためネットでいろいろと調べていたら禅僧たちのエピソードが面白く、気が付いたら0時を過ぎていた。

 急いでベッドに横たわったらすぐに睡魔が襲ってきた。


 朝になったので、荷物を持って駅に向かった。

 それから電車を何本も乗り継いだ。

 昼頃になって目的の駅に着いた。

 駅前のバス停の時刻表を見ると、田舎らしく一時間に一回しかバスは来ない。

 幸い、バスはすぐに来たので幸先がいいと喜んだ。


 バスを降りた後は小高い山を登らなければならない。

 強い日差し。セミの鳴き声。止まらぬ汗。乱れる呼吸。

 山の中腹に辿り着いたら寺らしきものが見えてきた。

 門の上には風狂寺の額もあるので、自分が目的地に着いたことを知った。


 門をくぐり、大きな庭を通り、寺院の玄関のチャイムを押した。

 しばらくすると玄関の扉が開いた。

 そこに立っていたのは身長が160センチ足らずの小男。

 年齢は20歳前後のようだ。

 ネズミ色の作務衣を着て、頭には黄色い三角巾を付けている。

 両の前腕には入れ墨があり、三白眼。


「あっ、初めまして。僕は引田文悟ひきたぶんごです。今日からご厄介に……」

「フン、お前がブンゴか。話は大体聞いているぞ。いいから中に入れ」

 僕の挨拶をさえぎると、その小男はアゴをシャクって中に入っていった。

 呆気にとられたが、気を取り直し後に続いた。


 小さな畳部屋に案内され、荷物を置くと小男が口を開いた。

「いいか、和尚の厳峻は急用が出来て今朝、出かけていった。いつ帰ってくるかわからねーから俺がしばらくお前の面倒を見ることになった。ジジイがいねーからのんびりと羽を伸ばせるかと思ったが貴様のおかげでパーになっちまった。だからテメーには俺が普段やっている雑務をやってもらう。わかったか!」


 どうも自分が歓迎されてないことだけはわかった。

「いや、その前にあなたは何なんですか? ガラも悪いし言葉遣いも礼儀もなっていない。この寺で修行するとアンタみたいになっちまうのかな」

 怒りながら言うと、突然頭に痛みが走った。

 小男が僕の頭をグーで殴ったのだと理解するまで少し時間がかかった。

「ウッ、い、痛え」

 頭の芯まで痛みが響くので、その場でうずくまった。


「いいか、よく聞け。嫌ならそのまま帰れ。俺がお前に頼んだわけじゃねえ。修行の際はぜひ当寺でってな。俺をナメるなよ。少し前まで極道だったんだ。次はねえぞ」

 小男がすごんだ。

「だから、お前は何者だって聞いてんだが日本語がわかんないのかな。ひとつわかったのは極道の世界じゃ弱すぎて今じゃこんな寺で寺男を……グフッ!」

 腹が立ったので言い返したら、小男が僕の脇腹にパンチを叩き込んだ。

「学習しねえ奴だな。よし、鍛えがいのありそうなバカだ。いいだろう、気に入った。俺は縁あってこの寺で小坊主をやっている。あのジジイは珍念なんてダセえ戒名をこの俺様につけやがった」

 苦々しい顔で珍念は言った。


「じゃあ珍念さんは、ブッ……」

 珍念の右フックが僕のテンプルにヒット。

「この俺を呼ぶときは畏敬の念を込めて”沙弥しゃみ様”と呼べ。意味はわかんなくてもかまわん。それよりお前は手ぶらで来たのか?」

「いや、着替えやスマホは、ガッ……」

 珍念の蹴りが僕の金的にヒット。

 たまらずに倒れた。

「普通は酒なり菓子なりを持参するもんだ。ここは俗世との関わりを断つ聖域だから変な物を持ってきていないか調べるぞ」

 そう言うと珍念は勝手に僕のカバンを探り始めた。

「よし、このスマホと財布は俺が預かっといてやる。財布の中はどれどれ……。ふん、五万円か。参禅代及びお前の指導料として俺がもらっとこう」

 たましずめ組の仕事で稼いだ貴重なお金が取られてしまった。


「死ね、珍念……」

 まだ金的の衝撃によって立ち上がれないので地面に横たわったまま呪詛の言葉を吐いた。

「おお、元気だな。その元気がいつまで続くかな。金をいただいた以上はきちんと修行させてやる。ブンゴ、今すぐ服を脱げ。全裸になれ!」

 珍念が僕を見下ろして言った。


 今までもよく全裸にはなったが、一応は自らの意思で脱いできた。

 珍念ごときの命令で脱ぐのはなんともしゃくだったが、僕はノロノロと立ち上がり服を脱ぎ始めた。

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