第六章 ザ・シュギョウ

第32話 もっと力を

 つくづく、自分は幸せで恵まれていると思う。


 朝、洗濯されているワイシャツを着る。

 テーブルには朝食が用意されている。

 作ってある弁当をカバンに入れ登校する。

 これらの恩恵を受け取れるのは母親のおかげ。


 夕方、帰宅して自分の部屋でマンガを読む。

 晩飯を済ませた後は、湯船に浸かり、ベッドに入る。

 こんな生活が送れるのは父親のおかげ。


 それに対して、ムッチーとアッキーの境遇はどうだろう。

 彼女たちの両親はそろいもそろって『退魔組織・神の御業みわざ』にハマっている。

 自分の娘よりも組織を選んだのだ。

 だから二人は緊急避難先として担任の柴美和子しばみわこ先生のマンションで暮らしている。

 イビツな形だがしょうがない。


「先生としても二人を早く両親のもとに返したいのだが、じゃは『神の御業』を潰す気はないらしい」

 職員室で柴先生は小声のアニメ声で僕にそう言った。


「ええ、蛇の目の存在意義を考えればわかります。いちいち怪しいカルトまがいの団体を相手にするのではなく、邪神のようなヤバイ存在から日本を守るためにある、でしたっけ」

 僕も小声で言った。

「そうだ。だが担任として放って置けるわけもない。両親を何とかするために取っ払い屋に一働きしてもらうことも検討した。その結果、リスクがありすぎると判断してあきらめた。対象者を廃人にする危険性は決して無視できない」

 柴先生は悔しそうに言った。

 

「で、一番聞きたいのは風間の現状です。どんな様子ですか? 取っ払い屋は奴にどんな薬を? 関係者の一人として知るべきだと思い、居ても立ってもいられずに朝の職員室にお邪魔した次第」

「わかったからそんなに近づくな。風間は聞かれたことには素直に答えている。取っ払い屋が拍子抜けするくらいペラペラとな。自白剤の出番もないそうだ」

「風間は何を喋りましたか?」

「奴ほどの男が神の御業に所属していた理由について。組織運営のノウハウを吸収し、いずれは乗っ取りか独立を企てていたらしい。理想の世界を創るための最短距離だそうだ」


 以前、たましずめ組に乗り込んできた”女帝”は風間とくらべるとかなり格落ちする。なんであんな女の下についていたのか不思議に思っていたが、納得した。


「神の御業は組織として大きくなりすぎました。壊滅させるには今の僕たちでは力不足です」

「そうだな。圧倒的な力があれば……。ところで先生はパワーアップのため山ごもりをするからそのつもりで。邪神に喰われた大蛇を再生させ、より強大に、より猛毒に、より兇猛に。夏休みはそうして過ごす。どうだ、ブンゴも一緒に山ごもりをしないか?」

「遠慮します」

 ほとんど光速で即答し、職員室から早足で立ち去った。


 二年一組の教室にて。

「この戦利品を返すよ。もう僕を襲いはしないだろうし。正直、君たちには同情しているんだ。色々とね」

 アッキーに羽毛扇を返却した。

 ムッチーにムチを返却した。

「この羽毛扇がないとイマイチ智謀が湧いてこないの。これでようやく神の御業を潰す戦略を練れるわ」

 アッキーが羽毛扇をあおぎながら言った。

「このムチがあれば、偉い幹部から夜伽の相手を命じられたときに大暴れできたのに」

 ムッチーがムチをふりふりしながら言った。

「苦労したんだな」

「ブンゴとの戦いに負けてからの組織での扱いったらそれはもう」

 アッキーがしみじみ言った。

「勘違いするなよ。ボクは素手でも強いんだ。夜伽なんて一回もしなかったんだぞ。それに風間先生が戻ってきたら百人力だ。三人で神の御業をぶっ潰すんだから!」

 ムッチーが大きな声で言ってから、しまったという顔をした。

 教室には僕たち以外にも数人の生徒がいたからだ。しかし、彼らは聞こえなかったふりをしてくれた。厄介事に好んで首を突っ込みたがるバカはいないようだった。


「ムッチーの言うとおりになれば素晴らしいのだが……。僕自身に神の御業を潰せるだけの圧倒的な力があればいいのに……」

 僕はそうつぶやいて自分の席に戻った。

 これから一学期最後のHRが始まるのだ。


 ・明日から夏休みだが羽目を外さないように。

 ・ブルーノは母国イタリアにいったん帰るが、二学期には戻ってくるだろう。

 柴先生はHRで上記二点を簡潔に伝えた。


「カザマには不覚をとりまシタ。鍛え直してモット強くなってキマス。見送りや送別会は遠慮シマス」

 昨日、ブルーノは僕にそう言ってサッサと帰国してしまったのだ。

 彼ほどの偉丈夫でも強さを、力を求めて研鑽しているのだ。

 それに比べて自分はどうだろう。


 いつの間にかHRが終わり、教室は解放感に満ちあふれていた。

 僕はといえば、夏休みが始まるというのに焦りと苛立ちでどうしようもなかった。


「ブンちゃん、映画に行こうよ、ね」

 僕の彼女であるミコミコの提案に二つ返事でOKした。

 気晴らしにちょうどいいかもしれない。


 鑑賞した映画は『超人ピッカリ』という邦画。

 ジャンルはSFで、ホラーで、時代劇で、コメディで、アクションで、なおかつミュージカル。

 ストーリーはあってないようなもの。

 ピッカリ星からやってきたピッカリが日本刀を手にして決め台詞を敵に向かって言う。

「この刀がピッカリ光れば真っ二つ」

 それからピッカリは歌い踊りながら群がる敵をバサバサバッサリと縦に横に真っ二つにしていくのだ。

 無茶苦茶だが、そこそこ面白かった。


 その後、ハンバーガーショップにて映画の感想を言い合った。

「ああ、格好良かった。ピッカリ最高」

 ミコミコはまだ興奮冷めやらぬようだった。

「僕は相棒のポロリがよかったな。ポロリとアソコを出してピンチを脱出。力がなくても意外性で勝負。彼がいないと作品は血生臭いままだったよ」

「私は嫌よ! ただの露出狂じゃない! 力がないから脱ぐしか能がないのね」

 思ったよりも彼女はポロリが嫌いらしい。

 僕としては自分が否定されたようで、つまらない気分になっていった。

「まあ、カメラワークは悪かったし、監督はセクハラで訴えられているけどそれなりに楽しめたのは間違いない」

「私の好きな映画にケチをつけるブンちゃんなんて大っきらいよ!」

 僕の余計な一言でミコミコは席を立って帰ってしまった。

 明日、クールダウンしたら僕から謝ろう。それできっと仲直りできるはず。


 力! 力! 力! ああ、力さえあれば。

 考えてみれば、風間を捕らえることができたのも浦辻うらつじさんの占いの結果だった。

 ピンポイントで風間がアキバのオカルトグッズの店に現れると的中させたのだから凄まじい。

 浦辻さんとは時々ケンカをするが、それでも占いの力は認めなければならない。


 家に帰るにはまだ早いので、アキバのオカルトグッズの店に行くことにした。

 なぜ、風間はそこに現れたのだろう?

 その店に行けば風間という男をもっと知ることができるかもしれない。


 店の前では”魔女のオプション装備”という看板がキラキラと光っていた。

 中に入ると、思ったより広く、思ったよりポップな雰囲気だった。

 客層も幅広く、学生からスーツ姿のサラリーマン、オタクから腐女子、冷やかし半分のカップルなど様々だ。


 売り物は多種多様。

 パワーストーン、魔女の杖、マジックキャンドル、ドクロの模型、ウィジャ盤、ゾンビパウダー、果ては藁人形呪殺セットなんてものも。

 そしてやはりというか、邪神のレプリカ像が売られていた。

 全長は約50センチ。背中には六対の翼。顔は爬虫類のそれ。

 製造元はどこなんだろう?

 邪神像を手に取ったその時、その眼が一瞬赤く光った気がした。


 『選ばれし者よ、汝に我の力をくれてやろう』

 

 直接、頭の中に声が響いた気がした。

 これはヤバイ。

 カバンの中から井上エクスカリバーを取り出し上段に構えて、

退しりぞけ、負け犬。その言葉はしゅうござる」

 叩き壊そうとした時。


「おい、なんかブツブツとつぶやいているあぶね~奴がいるぞ」

「うわ、何あのおもちゃの剣は。イジメられすぎておかしくなっちゃったんじゃない、きっと。キャハハハ」

「ああ、イジメた奴を呪い殺すためにグッズを必死で探しに来たんだぜ。ギャハハハハハ」

 声のする方を振り向くとガラの悪そうなカップル。

 男は耳にピアス、腕にタトゥー、ホスト風の服装。

 女は学生服を着崩し、金髪に染めた髪、長い爪。酒臭い。


『さあ、我の力を思う存分奮え。死んでもいい雑魚だ。グズグズするな。やっつければ気分が晴れるぞ』


 再び頭の中に声が響き渡った。

 なんとか目を閉じて抵抗を試みた。


 しかし気が付いたらいつの間にか二人は仲良く床に倒れていた。

 これは僕がやったのか……?


 やがて、とんがり帽子に黒いマントという出で立ちの魔女のコスプレをした店員がやって来た。

「店内での暴力は困ります。警察に通報しますよ」

 魔女の店員が言った。

「僕はこのDQNカップルに絡まれて困っていたんだ。この店の禍々しい毒気にでも当たって失神でもしたんじゃないか」

 やっつけた記憶がないのでそう言うしかなかった。


「あっ! それは井上エクスカリバー! なぜお前が」

 僕の握っている井上エクスカリバーを目にして、突然魔女店員が叫んだ。

「フン、貴様ごときにお前呼ばわりされる筋合いはないし、説明する義理もない。それより客の言動をもっとしっかり管理しておけ」

 頭にきてつい怒鳴ってしまった。


「これの初めの持ち主は鬼平という二つ名の退魔師だったんだけど、力不足で死んだんだ。お前も死ぬかもしれないから警告をしてやろうと思ったのに」

 店員が言った。

「大きなお世話だ。それよりそこに転がっている二人のために救急車でも呼んどけ」

 僕は捨てゼリフを吐いて店を後にした。


 ここ最近、お前では力不足だと世界中から指摘されているようだった。

 ならば、やることは一つしかない。


 事務所に帰るとすぐに、テリー組長に直訴した。

「もっと力をつけなけらばこの先、やっていけません。どうか僕を鍛えてください。大抵の修行には耐えてみせます」

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