第31話 風間の始末
病室のドアを開けて僕は開口一番、
「やあ、自慢の大蛇を邪神に喰われた気分はいかがですか?」
一緒に入ってきたムッチーが僕の尻に蹴りを入れ、アッキーが僕の頭をはたいた。
ベッドで寝ている
「ブルーノはどうした?」
とアニメ声で聞いてきた。
「のどに湿布を貼って右手首に包帯を巻いている以外は問題なし。ここにお見舞いに来ないのも『女性は弱っている姿を男に見せたくないはず。今すぐ無事を確認したいがイタリアの男は我慢シマス」なんて抜かしてましたが本当は面倒なだけなんですよ、きっと」
「ブンゴ、お前も来なくてよかったんだが」
「冷たいですね。ちゃんとお見舞い品も買ってきたのに。ドーナツ、バームクーヘン、どら焼き、いちご大福、シュークリーム、プリン、他には……」
「先生を糖尿病にする気かっ!」
柴先生とのいつも通りのやり取りに僕はやっと安心することができた。
「じゃあ、僕たちでありがたくいただきましょう。なぁに、ムッチーもアッキーも遠慮するこたぁない。あ~あ、人の好意を踏みにじるような人に買ってきて損したな」
僕は包み紙を片っ端から破り、スイーツを食べ始めた。
ムッチーとアッキーも僕に続くかと思ったが、彼女たちは実に冷たい目で僕を睨むだけだった。
「ねえ、柴先生。ブンゴなんか放っておいて
アッキーが言った。
「わかった。風間はブルーノに対する傷害の現行犯逮捕で現在勾留中。だが初犯だし、ブルーノも軽症だ。優秀な弁護士を雇ったからおそらくは執行猶予つきですぐに娑婆に出てこれるだろう」
「うん、私の予想と一緒ね。それがわかればもうこんな所に用はないわ」
そう言ってアッキーは病室から出て行った。
「だとしたら風間先生とお会いする時の服を今すぐ買いに行かなきゃ」
そう言ってムッチーは病室から出て行った。
「もちろん、
二人が出て行ってしばらくしてから柴先生が言った。
「どんな手を?」
「質問に答える前にブンゴに聞く。お前は風間という人間をどう見る?」
「そうですね、歴史オタク、カルト教祖のなり損ない、詐欺師、食い逃げ野郎といったところですか」
思いつくまま答えてみた。
「奴はいわゆる宗教妄想という症状だ。自分は神に選ばれたという誇大妄想。手段を選ばず信者を増やす。汚れている世界を壊し、新たな神を中心とした世界を創らねばといった使命感」
「なるほど、風間の言動と一致していますね」
「
「ええ、身にしみて」
「先生の大事な人も奴のせいで……。偶然だ、と慰められたが納得がいかん。今の奴は法的には大した罪ではないが心霊的にはとてもヤバイ。だからこそ蛇の目は奴に血眼だった。ブルーノの
「はあ。風間がどんな立ち位置なのかはだいたい理解しました。それで蛇の目としては奴を人知れず抹殺するんですね」
「もし、そうできるなら先生がやっている」
悔しさをにじませながら柴先生が言った。
「それじゃ、どうするんです?」
「もうすでに取っ払い屋に任せてある。釈放される前になんとかしてくれるはずだ」
「取っ払い屋?」
「ああ、蛇の目の中でも特に精神の操作に長けている連中だ。洗脳された思想を取っ払う。他に、記憶の書き換えやトラウマの消去、望ましくない人格を理想の人格と入れ替えることができる」
「どうやって?」
「カウンセリング、催眠術。後は主に薬物を使って」
冗談で言っているのだろうか?
柴先生の様子を見る限りではそんな感じではない。
「じゃあシャバに出た時の風間はもはや今までの風間響太郎ではないと」
「運が良くて少しボーッとしている状態だ。動作や反応や思考がニブくなり、ろれつがちょっと回らない事も。運が悪けりゃ完全に廃人になるからそれと比べりゃ幸せなのかもしれん」
「風間と再会した時のムッチーとアッキーの反応が楽しみですね」
気の毒だが、これも風間の運命なのだろう。
「ムッチーとアッキーの両親は『
「ああ、取っ払い屋は暇じゃない。危険人物でないと動かない。新興宗教にハマった人は対象外だ」
「風間に加え両親も廃人になったら彼女たちもまた廃人になるだろうから、それでいいのかも」
僕はそう言った。
できれば彼女たちの両親もどうにかしたかったが、僕じゃ力不足だ。
あるいは神の御業をぶっ潰せば、目を覚ましてくれるかもしれないのだが。
しかし、このやりきれない気持ちはどうだろう。
風間を捕まえてハッピーエンドになると、心から思っていたのだが。
面倒だが、神の御業との決着もつけねばならない。
新たな決意を胸に、病室を去った。
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