第30話 風間響太郎を捕らえた日

 ぼんやりと二階の窓から下を眺めていた。

 コーヒーカップはすでに空になっていたので、もう一杯注文した。


「シカシ、ナカナカ風間かざまは姿を見せませんネ」

 向かい側の席のブルーノがつぶやいた。

「本当に風間はあの店に来るんだろうな」

 その隣のしば先生が確認をしてきた。

「たましずめ組が誇る占い師の占った結果です。当たるも八卦当たらぬも八卦。ダメでもともと。少しでも可能性があるなら占いにも頼りましょう」

 僕は言った。


 時刻は17時少し過ぎ。

 ここはアキバのビルの二階にある喫茶店。

 僕たちケルベロスは向かい側の店を見下ろせる喫茶店に陣取って、見張りと作戦会議をしていた。


 この日、この時間帯。

 オカルトグッズを扱っている店に風間響太郎かざまきょうたろうは現れる。

 そう占った浦辻うらつじさんを信じて、僕はケルベロスの面々を招集したのだった。


「張り込みのコツはあせらない、あせらない」

 僕の隣りに座っている老齢の男性が笑顔で言った。


 彼は植木うえき巡査長。警察官であり、じゃのメンバー。来年に定年を迎えるそうだ。

 少し太り気味の体型で動作も緩慢なのが気になる。

 しかも長年勤続しているのに巡査長にまでしか出世していない

「蛇の目も意外と人手不足でな、今日はたまたま非番で暇だったから本官が助けに来た。なに、若いもんにはまだまだ負けるつもりはないから大船に乗った気でいてくれ」

 植木巡査長はそう言ったが、僕を含む全員が不安だった。


 柴先生が蛇の目に助っ人を求めたら、やって来たのがこの冴えないお巡りさん。

 しかし、他に動ける人間がいないので我慢するしかなかった。僕たちの足さえ引っ張らなければ御の字だ。


「では作戦を説明する。あの店に風間が入ったら全員下に降りる。店から奴が出たら即捕まえたい。しかし奴は無関係の人々を盾にしたり人質を取る可能性が大だ。よってそれを防ぐために路地裏の袋小路に上手いこと追い詰める。ここまではわかるな」

 柴先生が皆に言った。


「そんな都合よく行きますかね」

 僕が言った。

「死んでも上手く行かせるんだ」

 アニメ声で柴先生が言った。


「袋小路に追い込んだらブルーノ、お前の電撃でかたを付けろ。万一ダメだった場合は先生の大蛇でやっつける。万一ダメだった場合はブンゴ、お前がやれ。それでもダメだった場合は植木巡査、あなたにお願いします」

 作戦の説明を柴先生がアニメ声でした。

 ブルーノの電撃があれば僕の出番はないだろう。頼りにしているぞ、ブルーノよ。


「あっ! 今、風間が店に入っていくのが見えました」

 僕の言葉によって、全員下に降りて待ち構えた。

 浦辻さんの占いが当たった。

 店の出口の左に柴先生。

 右にブルーノ。

 前に僕。

 植木巡査長は遊撃手として適当にどこかで待ってもらうことに。


 オカルトショップから洒落たスーツ姿のイケメン、すなわち風間響太郎が出てきた。


 奴は左に曲がって歩こうとしたら殺気を放った柴先生が待ち構えていた。


 しょうがないのでUターンして歩こうとしたらプロレスラーのようなガタイのマフィア顔が風間にしっかり目線を合わせてニタニタと笑いながら近づいてきた。


 方向を90度変え、前に進もうとしたので僕は目の前に立ちはだかり奴の進行を邪魔した。


 奴は走って逃げた。

 首尾よく、路地裏の袋小路に逃げてくれたのはラッキーだった。


 作戦通り、ブルーノが風間に近づく。

 余裕のブルーノに対し、風間は顔が青い。

 ブルーノが両の手掌を前に突き出し電撃を出そうとした瞬間、風間は絶妙なタイミングでブルーノの手首を掴み、力のベクトルをずらした。

 巨体のブルーノはあっという間に宙に舞い一回転して地響きとともに背中から倒れた。

 すかさず彼ののど笛に風間の靴底がめり込む。

 口から血を吐き出すブルーノを見て僕たちは呆然とした。

 風間は柔術の遣い手だっとことを今さらながら思い出した。


 二番手は柴先生。

 即、大蛇を風間に向けて放った。

 しかし僕は視た。

 風間響太郎が邪神の、シャイターンの姿になっていくのを。

 爬虫類の顔。背中からは12枚の翼。邪神の眼が赤く光っている。

 そして僕は視た。

 哀れ、大蛇が邪神と化した風間に喰われるのを。

 柴先生は気を失って倒れた。


 三番手は僕。

 井上エクスカリバーを片手上段に構える。

 ゆっくりと迫ってくるシャイターン。

 風間響太郎としての意識はすでに無いようだ。

 正直、勝てる気がしない。

 鉄板焼き屋での恨みをはらさなければならないのに、脚はガクガクと震えていた。


 するといつの間にか僕の後ろにいた植木巡査長が、

「若いの、ちょっとの間だけスキを作ってくれ。そうしたら本官がこの縄でふん縛るから」

 と、耳元でささやいた。


 その言葉に、ピン、と来て僕は井上エクスカリバーを足元に置いた。

 次にシャツを脱いでシャイターンに向かって投げた。

 シャイターンは一瞬、ひるんだように見えた。

 次は靴と靴下を1秒で脱ぎ捨てた。

 次にベルトを外しズボンを脱いでシャイターンに向かって投げた。

 シャイターンの顔面に僕のズボンが巻き付いた。


 とうとう身に着けているものはトランクス1枚になってしまった。

 素人はここで一気に脱ぐのだろうが、僕は一味違う。

 ゆっくりとトランクスを途中まで下げ、いわゆる半ケツ状態になった。

 ケツの割れ目をシャイターンに向け、ペンペンと尻を叩いた。

 挑発に逆上したシャイターンが僕に襲いかかってきた。

 しかし、攻撃は雑になっている。


 僕はトランクスを素早く脱ぎ、全裸になった。

 隠されていたものを見てしまうのは本能だ。それには逆らえない。たとえ邪神と言えども。

 僕の一物を凝視するシャイターン。

 そのスキにトランクスを邪神に向かって投げた。

 よせばいいのに邪神はその下着のニオイを思いっきり嗅いだ。


「オエェェェ~ッ」

 たまらずに吐き出すシャイターン。


「でかした、若いの」

 間髪を入れずに植木巡査長が持っていた縄で風間をがんじがらめに縛り上げた。

 驚いていると、サイレンの音が聞こえてきた。

 僕が脱いでいる時に、植木巡査長がパトカーと救急車を呼んでいたのだ。


 風間の身柄は駆けつけた警察官に預けられ、縛られたままパトカーに乗せられどこかへ走り去っていった。

 後で聞いた話によると、植木巡査長は竹内流たけのうちりゅう捕手術の相当な遣い手で、縄さばきの腕前は右に出る者がいないそうだ。


 柴先生とブルーノは救急車に運ばれていった。


 そして今回風間を捕まえることができたのは、僕の羞恥心を顧みない英雄的な行動によるのは間違いない。

 もしかしたら警察から表彰されるかもしれないと期待した。


 しかし、僕は警察に身柄を拘束された。

 公然わいせつ罪で逮捕されてもおかしくないケースだと、説教されたがどこか納得がいかない。

 蛇の目のメンバーである植木巡査のフォローもあって厳重注意だけで済んだのは喜ぶべきなのだろう。


 結局、手柄はすべて植木巡査長が持っていってしまった。

 でも、それでかまわないと思った。


 しばらくは邪神に魅入られるバカも出てはこないのだから。

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