第29話 風間響太郎 その4

 ここは柴先生の住んでいる高級マンションの一室。

 ペルシャ絨毯の敷いてある部屋にはイタリア製のソファーと大きめのガラスの丸いリビングテーブルが配置され、裕福そうな生活を物語っていた。


「ではただ今より第二回五福星ごふくせい会議を始める。諸事情があり、先生の部屋で会議を行うが異論はないな。ないはずだ」

 疲れ切ったアニメ声の持ち主に対し、参加者全員がうなずいた。

 

 参加者はいつもの面々。

 しば先生。

 ブルーノ。

 僕、引田文悟ひきたぶんご

 そしてムッチーとアッキー。

 彼女たち二人は現在、柴先生と一緒に住んでいる。

 食費を含む生活費もかなりの額だろうが、じゃの支援でもあるのだろう。

 でなきゃ一介の教師がこんな高級マンションに住めるわけがない。


 丸いテーブルには等間隔に紙コップと柿ピーが乗ってる紙皿が置かれ、メンバーはテーブルの周りに座っている。


「水道水ならその紙コップに好きなだけ注いで構わん。柿ピーはその皿にある分だけだ」

 柴先生はその美貌に微笑を浮かべて言ったが、機嫌が悪いのは丸わかりだった。


しょぱなはブンゴ、お前から話せ」

 微笑を浮かべた柴先生に命じられ、僕はそれに応じた。

「報告すべき事はたくさんあるけど、その前に一言言わせて下さい。ええ~、この度は僕の失態のせいで風間を逃してしまいすみません」

「フン、ブンゴごときに風間先生が捕まってたまるか」

 そう言ったのはムッチー。今でも風間のバリバリの信奉者だ。

「最初から期待なんてしてなかったから元気を出しなさい」

 そう言ったのはアッキー。戦術家気取りの腹黒い女だ。


「そして柴先生に感謝を! 飲食費を肩代わりして下さり助かりました。貴女は聖人君子です」

 微笑を浮かべている柴先生の方を向いてお礼を述べた。


 あの夜、風間に逃げられた後。創作鉄板焼き屋に柴先生が蛇の目のメンバー数人を引き連れ乗り込んできた。

 無い袖は振れないので事情を話し、柴先生に飲食費を肩代わりしてもらったのだ。

 ”風間の邪神の力にやられた”

 とか、

 ”僕自身も被害者だ”

 なんて大声で叫んでいたら、柴先生がスッと現金で払ってくれて事なきを得た。


「今、ブンゴが言ったように先生は金欠病だ。だから会議も店ではなく先生の部屋で開いている。皆には不便をかけてすまないな」

「いえ、場所を提供して下さるだけでもありがたいです。本当に柴先生の優しさは五臓六腑にしみわたります」

 いっその事、怒鳴ってくれた方が良かった。

 まるで針のむしろに座っているようだった。


「おまけに請求書が届いている。あの中華料理店からだ。夏のボーナスが吹き飛ぶ額だ。ブンゴの吐いたゲロのせいだ。そんな事情もあって今出せるのは柿ピーくらいだ。食べ盛りの皆には物足りないかもしれないが我慢してくれ」

「いえ、僕は柿ピーが好きで好きでしょうがありません。本当に柴先生の優しさは五大陸に響きわたります」

 こんな屈辱的なおべんちゃら。

 でも立場的に言うしかない自分を恥じた。


「そうか! だから最近の献立がお茶漬けとかパンの耳ばかりだったんだな。全部ブンゴのせいだったんだな!」

 頬を膨らませ、ムッチーが僕を睨んだ。

「邪神よりブンゴのほうがよっぽど疫病神ね」

 冷めた目でアッキーが僕に言った。

「おべんちゃらを言うヒマがあるなら、今の自分に何ができるかよく考え、実行しろ」

 柴先生が僕に言った。

 もう微笑んではいなかったが、かえって安心した。

 柴先生、貴女の微笑みは怖いんですよ、なんてアドバイスはしないのがいいのだろう。


「ここまで言われたならば僕は僕の能力を今ここで使います」

 吊るし上げられるのにも腹が立ってきた。

 僕は立ち上がって、精神統一をして周りを視てみた。

「ここ最近の柴先生の金運のなさに貧乏神の存在を疑っていたのですが、ザッと視た限りでは大丈夫でした。よかったですね」

「それはありがとう」

 僕の言葉に柴先生はまた微笑みながら返した。

 部屋の温度が一気に冷えていった。

 

「ついでに妖怪イヤミが憑いていないか視ましたがこれも大丈夫でした。となると柴先生の人間性自体に人をネチネチと責め立てる要素があるのでは? 器が小さすぎますよ。あ、僕の霊視代は無料にしておきます」

「黙れッ! それ以上喋ったら命の保証はしない。お前こそそのあおるクセをどうにかしたほうがいい」

 柴先生の背中に大蛇が現れてきた。

 少し言い過ぎたかも。


「わかりました。それでは風間の話を。奴は僕を邪神教の後継者に指名しました。もちろん断りましたが。奴はまた僕に接触する可能性が高いので、これからはいつもブルーノと共に行動したい。理論的には電撃を防げると言っても現実には難しい。奴を見かけた瞬間に電撃で黒焦げにしちゃえばいい」

 たとえ電撃が効かなくても、プロレスラーのような偉丈夫が近くにいるのは心強い。


「ソレハ構いませんが、ワタシはホワイトブラザーフッド白色同胞団から新たな指令を受けてイマス。アキバ地区に半端ない魔力の渦が出現したらしいので調査をしなければナリマセン。ブンゴも一緒に調査をシマショウ」

 意外なことをブルーノは言い出した。

「……。具体的にはどうするんだ?」

「オモニ同人誌、フィギュア、エロゲー売り場を巡回シマス。疲れタラ、メイド喫茶で癒やされに行きマス。時々、神田明神の巫女サンを愛でます。人手が足らないのでブンゴも魔力の渦を一緒に見つけまショー」

 ああ、もう手遅れだ。

 ブルーノ自体がアキバの魔力に骨抜きにされてしまったようだ。


 それからようやく、僕は創作鉄板焼き屋でのやり取りを語った。

 語り終えた後、しばらくの間を置き、部屋が爆笑に包まれた。


「奴はずっと独り身だ、アハハハ。こんな見え見えの嘘に引っかかるなんて」

 アニメ声で笑い続ける柴先生。

「風間先生ったらお茶目なんだから~」

 と笑うムッチー。

「その戦略と戦術はお手本にせねば」

 とアッキー。


「あれ、じゃあ奥さんと娘が犯されて殺されたっていうのは?」

「ブンゴがあまりにも馬鹿だからからかわれたんだろう、アハハ」

 柴先生はご機嫌だった。

「犯人の小野太郎とその父親が殺されたのは邪神に祈った結果ではなく?」

「あの親子は敵が多すぎたから、邪神に祈らずとも誰かが殺したはずだ。アハハ」

 笑い続ける柴先生。

 やがて、僕も一緒になって笑った。心の底から。

 奥さんと娘が殺されたのが嘘だとわかって本当に良かった。



 結局、五福星会議は風間と会った報告だけで終わった。

 僕は散々バカにされ、会議は何の実りもなかったが事務所への足取りは軽かった。


 事務所でまた鉄板焼き屋の顛末てんまつを語ったらテリー組長と浦辻さんに大笑いされた。

「楽しんでいただけて何よりです。それで浦辻さんの得意な占いで風間の居所を当ててほしいんです。お願いします」

「ブンゴは知らないだろうが、俺の占いは最低でも一回百万はもらうんだ。でも楽しませてもらった礼にただで占ってやろう」

「へ!? 嘘!?」

 つい、マヌケな声が出てしまった。また、からかわれているのかと思った。

「本当だ。浦辻さんはな、政界、財界、芸能界にそれぞれ有力なクライアントを抱えている。はっきり言って稼ぐ額は私と同じくらいだ」

 テリー組長が補足説明をした。

 てことは、たましずめ組って結構稼いでいるのか?


 戸惑っているとテリー組長は財布から帯で巻かれた万札の束、つまり百万円を僕の前に差し出した。

「そのお金を早く柴先生に渡してこい。お金で迷惑をかけてはいけない。ブンゴは私に返済する必要はないが二度と同じしくじりはするな」

「はい」

 ドスの利いた声が天使の声に聞こえた。


「なあ、ブンゴよ。自分が思っている以上にブンゴは愛されているんだ。それに対する感謝さえ忘れなければシャイターンの花なんか咲くものか。そうだろう」

「ハイッ!」

 今度はより力強く返事をした。


 ◆◆◆

 

 風間響太郎に告ぐ。

 もし僕の心の声が聞こえるなら聞いてほしい。

 自分以外の人間は皆だます対象なのか? 

 命令を聞いてくれる部下はいるけど仲間はいないんじゃないか?


 僕にはいるぞ。

 借金を肩代わりしてくれる仲間。

 アキバに一緒に行こうと言ってくれる仲間。

 高額の占いを無料でやってくれる仲間。

 百万円を惜しげもなく出してくれる仲間。


『君が世界に絶望した時。誰かを殺したいと心から願った時。シャイターンの種は花開く』だと?

 僕には世界に絶望する暇も、誰かを心から殺したいと願う暇もない。


 世の中はそんなに捨てたもんじゃない。

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