第25話 女帝と呼ばれた女 後篇

 恰幅のいい体を上等なスーツで包み、短髪で口髭でサングラス。

 すなわち僕のいとこ。いとこのテリー。テリー組長。

 彼は僕たちを守るようにただ一人女帝とフランケンの前に立った。


「それなりに繁盛しているようじゃないか。ええ、テキサスの荒馬・テリー。私の組織を裏切った甲斐はあったようだね」

 女帝が言った。

「配下の退魔師が大量に辞めたのは貴女のパワハラのせいだ。女帝こと総裁夫人の水野斗貴子ときこ

 テリー組長が言った。


 なんと女帝と呼ばれていたアラサーのババアの正体は退魔組織・神の御業みわざの超重要人物だった。


 テリー組長は事務の中を見回した。隅でガタガタ震えているムッチーとアッキーを見ると事情を察し、

「もう大丈夫だ」

 と一言だけドスの利いた声で励まし、笑った。


「その女どもは裏切り者だ。おとなしく身柄を渡せば危害は加えないよ」

 と、女帝は言った。

窮鳥懐きゅうちょうふところに入れば猟師も殺さず」

 テリー組長はそれだけ答えた。


「ええい、力ずくでもこの子らをさらっていくよ。やっておしまい、フランケンッ!」

「フンガアァーッ!」

 女帝の命令でフランケンがムッチーとアッキーに迫る。

 それを阻止しようとテリー組長はフランケンの真っ正面に立ちはだかった。


 僕はその時の光景を今でも鮮やかに思い出せる。

 サングラスをゆっくりと取り、静かにフランケンを見上げるテリー組長。

 睨むでもなく、凄むでもなく、殺気を出してもいない。

 ましてや大蛇の守護霊もなければ、電撃もできない。

 ただ自然体でフランケンと対峙しているだけ。

 それだけでフランケンは動けなくなり、怯えだし、終いにはフンガフンガと泣き始めた。


 勝負はついた。

 格が違った。役者が違った。テリー組長の完全な貫禄勝ちだった。

 すかさず僕と浦辻さんで女帝を囲んだ。


「さて、喧嘩っていうのは見極めが肝腎だが」

 テリー組長が女帝に言った。

「フン、今日のところは負けを認めてやるよ。また来るから覚えておいで」

 テンプレのような捨てゼリフを吐いて、女帝はフランケンを連れて去って行った。


 それから、ムッチーとアッキーは改めて自己紹介をした。これまでの経緯も説明をした。

 神の御業から逃げ出したこと。家に帰っても家族が組織の熱心な協力者であるためにまた連れ戻される可能性があること。僕とはクラスメイトであり、かつ争ったこと。そんな僕を頼り、助けを求めたことなど。

 最後に彼女たちは助けてくれたお礼を僕たちに言った。


「そうか、二人は家に帰れないんだな。他に頼る当てが無いなら、たましずめ組預かりの身としてウチで面倒を見るつもりだ。もちろん、君たちさえ良ければなんだが」

 テリー組長の太っ腹な提案に二人はウンウンとうなずき目を輝かせていた。


「ちょっと待ってください。そこまでするには及びませんよ。気前が良すぎるにも程があります。僕に考えがあるんで任せてくれませんか」

 そう提案した僕は、血相を変えたムッチーとアッキーから睨まれた。余計な事を言うな、頼むから空気を読め、と表情が語っていた。


「どんな考えか聞かせてくれ」

 興味津々といった感じでテリー組長が聞いてきた。

「僕の人脈を使います。こう見えて僕は世界で三人しかいない『無境界ボーダーレス退魔結社ケルベロス』の一員なんです」

 その場にいた誰もが可哀想な子を見るような目で僕を見た。

 言わんこっちゃない。だからケルベロスなんて中二病丸出しの名称には猛反対したのに後の祭りだった。


 気を取り直した僕はスマホを取り出し、しば先生に電話をかけた。

「もしもし、今大丈夫ですか。いや、ラーメンは諦めて下さい。非常事態です。ムッチーとアッキーの二人を保護しました。ええ、おとなしいもんです。危険? 柴先生も知っているでしょう。特殊能力なんてないですよ。SM嬢よろしくムチを振るうしか能がないのと軍師気取りのイタい歴女ですって。でね、組織を脱出して自宅にも帰れない状況なので二人に住まいと生活費の提供をお願いします。前に言ってましたよね。柴先生の属する何とかって組織は各省庁や政府機関に顔が利くって。事件の隠蔽から死体の処理まで任せておけって。ありゃ嘘ですか。家族のDVから守るための緊急避難とかって名目で何とかして下さい。貴女は一応担任でしょう。アンタの生徒ですよ。ウン、そこまで言うなら結んだ協定をもう一度確認して下さい。ハイ、ハイ。そう、ごねないで初めからそうすればいいんですよ。ではお待ちしています。ちょっと待って。また手っ取り早く仲良くなるために食事に誘っ 、あっ」

 突然、柴先生にブツッと通話を切られてしまった。


 「まだ話している途中なのに一方的に電話を切るなんて失礼だ。でも二人とも喜べ。我がクラスの新担任の柴先生が落ち着くまで自分の部屋に君たちを泊めてくれるそうだ。明日から学校にも通えるし生活の保証もしてくれる。もうすぐ車を飛ばしてここまで迎えに来るから準備をしてくれ」


 しかし二人は敵意丸出しで僕に突っかかってきた。

「SM嬢よろしくムチを振るうしか能がない?」

 とムッチー。

「軍師気取りのイタい歴女?」

 とアッキー。


「ま、待てよ。言葉の綾じゃないか。それより僕が時間稼ぎをしたおかげで君らは助かったんだ。感謝してほしいな」

 僕の功績を無視されるのは許しがたい。

「なにを寝ぼけてるんだ、ブンゴは。そちらのテリー組長が助けてくれたんだぞ」

 とムッチーが言い返した。しかもいつのまにか僕のことををブンゴと馴れ馴れしく呼んでいた。


「だけどね、僕の熱弁と誠意ある説得でのおかげで君たちはまたいつも通りの生活ができるんだよ。それは認めてくれないと」

 失礼を承知で、喉を枯らしてまで、時には理をもって、時には感情に訴えてまで説得したから柴先生は動いてくれたのだ。

「聞いた限りだと柴先生に丸投げしただけでしょ。前から思ってたけどブンゴはちょっとアレに違いない」

 とアッキーが言った。彼女もいつのまにか僕のことををブンゴと馴れ馴れしく呼んでいた。


「でも柴先生か。気になるな。どんな人なんだろう?」

 とムッチーがワクワクして言った。


「女優のようにキレイな先生だ。それに声がとってもカワイイんだ。ぜひ褒めてやってほしい。きっと喜ぶ。きっとすぐに仲良くなれる」

 僕は二人に助言した。

 決して彼女たちを罠に嵌めようとしたわけではない。


 今でもあの美貌にあのアニメ声のギャップは称賛されるべきチャームポイントだと人を介してでも柴先生に伝えたかったのだ。

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