第24話 女帝と呼ばれた女 前篇


 ――いつも通りのある日。

 下校時間になり、校門を一歩出た時に強い視線を感じた。あやかしの類ではなく生きた人間の視線。まとわりつくような嫌な視線。

 誰からだ?

 構わずに、たましずめ組事務所に歩いて行く僕。

 その間、違和感はより増していくばかりだった。


 尾けられている?

 まさか。

 刺客か?

 バカな。


「お疲れ様です。どうも僕は尾行されているようです」

 事務所に着いて占い師の浦辻うらつじさんに報告した。

「本当か。だとしたらキチンといたんだろうな」

「ええ多分。ジグザグに歩いたり急に後ろを振り向いたりして尾行者を牽制しました。その際も怪しい人物はいなかったので大丈夫だと……」

 僕は浦辻さんにそう答えた。

「とにかく警戒を怠らぬようにしよう。テリー組長もじきに帰ってくるだろう。その時に対策を講じよう」

 浦辻さんが言った。少し安心した。


 やっと落ち着いたのでコーヒーを飲みながら二人で馬鹿話をしていたら事務所の扉が突然開いた。驚いて扉の方を見ると二人の少女がすごい勢いで勝手に中に入ってきた。


「ふう、尾行は大成功だ。コイツが鹿だったから楽勝楽勝」

 僕を指差して得意気なショートカットの少女はなんと、ムッチーこと遠藤睦美えんどうむつみだった。


「私の戦略は間違いない。かつて石田三成が敵の親玉である家康の屋敷に逃げ込んで助かった故事に倣った作戦は大当たりね」

 両腕を組んでこれまた得意気な三つ編みでメガネの小柄な少女はなんと、アッキーこと黒田明子くろだあきこだった。


 とりあえず応接用のソファーに二人を座らせ、コーヒーを出した。

 彼女たちは一通り説明をしてくれた。

 僕を尾けていたのは、たましずめ組の事務所を突き止めかくまってもらうため。

 カルト化し反社会的になった退魔組織『神の御業みわざ』から抜け出し、身柄拘束から守ってもらうため。

「で、『神の御業みわざ』に軟禁されていたから学校に来れなかったと」

 僕の言葉に彼女たちはうなずいた。

「私たちはあなたに負けて以来、組織では奴隷のような扱いになったわ。私の家族は、ムッチーの家族もそうだけど組織にすべてを捧げている熱心な信者だし。学校にも行かせてもらえず組織の仕事ばかりやらされていた」

 アッキーが言った。

「全部キミのせいだぞ。だからボクたちを助けろ。かくまってくれ」

 僕を指差し、ムッチーが言った。

 人を指差すなと、この女に注意しようと思ったがやめた。

 殺すつもりで人にムチを振るう女に何を言えと?


「でもまあ無事で良かった。クラスの皆も君らのことを微妙に心配してたし。ムチの傷はまだ残っているけど別に恨んではいないし」

 僕は言った。

 二人はホッとした顔になった。

 僕は続けた。

「だけど僕には君らを守る義理はないよ。厄介事はゴメンだし。組織や家族がここに来たら喜んで身柄を引き渡すつもりだ。なにせ僕は鹿だから仕方ない」

 そういった僕は、ムッチーとアッキーと浦辻さんから蔑んだ目で見られた。


「女の子の冗談に大人気ない。迫りくる危機を前にはちっぽけな事よ。もっと人間としての器を大きくしたら」

 どこかで聞いたセリフをアッキーが言った。


「少女たちが助けを求めているんだぞ、ブンゴ。敵はあの憎っくき神の御業。安心してくれ、嬢ちゃんたち。こうなったら、たましずめ組と神の御業との全面戦争だ!」

 浦辻さんは興奮してやる気満々だった。


 いずれにせよ早くテリー組長に帰ってきてもらいたかった。

 事務所内の混沌を鎮めてほしかった。

 そう思っていたら事務所の扉が開いた、というかすごい音がして壊され外された。

 中に勝手に入ってきたのはテリー組長ではなく、怪しい二人組。

 メガネを掛けたアラサーくらいのおばさんと、身長2メートル近い大男。


「ああ、ここは裏切り者の巣窟だね。神の御業を怖れもしない愚か者め。ムッチーとアッキーと……。それから予言者と見知らぬ顔が一人」

 おばさんが外にまで聞こえるくらいの大きな声で言った。

 地声が大きいのは、だからなのだろう。


「ウッ、お前は女帝」

「そうだ、私の二つ名を忘れるなよ。予言者にも裏切ったけじめをつけてもらうが今日はこのムッチーとアッキーを取り返しに来た。おとなしくしていれば何もしないから安心おし」

 忘れていたが浦辻さんの二つ名は予言者だった。その浦辻さんは若干怯えているようだ。

 ムッチーとアッキーに至っては二人で抱き合い、ブルブルと震えている始末。


「浦辻さん。警察に電話を」

「させるかっ! フランケンッ!」

 僕の言葉に反応し、女帝が大男に向かって叫んだ。

「フンガアァー」

 フランケンと呼ばれた大男は雄叫びとともに事務所の電話機を叩き潰した。拳骨で。しかも生卵を潰すように軽々と。


「おとなしくしていろと言ったのに。歯向かった馬鹿はお前だな」

 女帝と呼ばれたババアが僕の顔を覗いて言った。大きな声がよく耳に響く。


 井上エクスカリバーはカバンの中にしまったまま。

 フランケンは身長2メートル以上の巨人で怪力無双。

 動きが封じられ絶体絶命。

 策があるとすれば、テリー組長が帰ってくるまで時間稼ぎをするしかなかった。


「ええ、その馬鹿が自己紹介をしましょう。初めまして。たましずめ組見習い、いにしえの剣豪・疋田豊後ひきたぶんごです。何を隠そうそちらのムッチーとアッキーを破ったのは僕なんです」

「おお、お前が噂のブンゴか。私は馬鹿は好きだよ。どうだ、ウチに来ないか。仕事ならたくさんあるぞ」

 

 最近、不思議と様々な組織からよく勧誘される。

 無論断るが、このまま会話を続けて時間稼ぎをすれば僕の勝ちだ。


「僕と一緒に仕事をする人は全裸になれる人でないと。貴女、今ここで脱げますか?」

 この名文句を言うのも何回目だろうか。

「ほう、この女帝に条件を出すとはねえ。見くびられたもんだよ」

 女帝は笑って返した。貫禄さえ感じられる。

 まだ足りない。もっとだ、もっと突飛なことを言って感情をゆさぶれ。

 このやり取り自体が時間稼ぎだ。

 万一、相手が怒ってもそこにスキができるはず。


「やっぱり貴女は脱がなくて結構です。なんか想像するだけで気持ち悪い。勃ったモノも萎えてしまいますからね」

「お前は本当の馬鹿だね。ますます気に入ったよ。やはりウチに来るべきだ。幹部候補生からスタートでどうだ。断ればフランケンが始末するが」

 これは予想が外れ大ピンチ。


 その時、

「ブンゴはウチのエースで切り札だ。勧誘は遠慮してくれ」

 玄関からドスの利いた声。

 振り向くとテリー組長が笑って立っていた。

「ウッ、テキサスの荒馬!?」

 女帝はテリー組長が突然現れたので怯んでいた。


 時間稼ぎのネタも尽きていたので本当に助かった。

 後はテリー組長が何とかしてくれるはず。

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