第22話 邪神をテーマに三者鼎談

「我ら三人は、裏の世界の人間は、決して目立ってはいけない。まだ西富士高校には敵が潜んでいるかもしれぬ。能力がバレたらどうなるかは理解できるか?」


 中華料理屋特有の丸い回転テーブルを囲む三人のうちの一人、しば先生が注意した。

 目立つな、と言った柴先生が実は一番目立っている。


 ――柴美和子しばみわこ

 大女優のようなオーラをまとい、20代で均整の取れた身体。

 肩まで伸ばした黒髪、薄桃色のブラウス、ストライプのスカート。

 誰もが振り向く大輪の薔薇。

 おまけにアニメ声。


 しかしその正体は由緒正しい神社の娘。

 怒らせると、守護霊のような大蛇を敵の全身に巻き付かせグイグイ締め殺しちゃう怖~い女。

 普段は教師だが、その能力を生かして日本を守る組織(名称不詳)に属している。

 二つ名は、シバの女王。


「モウ、遅いですネ。ワタシに限ってハ」

 そう発言したのはイタリアからの交換留学生、ブルーノ・サンマルチノ。


 プロレスラーのような体格、マフィアのような顔。

 昔、雷に打たれてから自由自在に電気を出せる体質になった。その電気で悪霊を消す特異能力の持ち主。脱ぎっぷりもいい。


 しかしその正体は密かに邪神と戦うホワイトブラザーフッド白色同胞団の一員。

 邪神の痕跡を追って日本までやって来たタフガイ。

 怒らせると、強力な電撃で敵をKOする怖~い男。

 二つ名はおそらく、人間発電所。


「まったくだ。転校初日から女子生徒を電撃で気絶させ、挙句の果てには食堂で全裸になる。一日に二回も校長のお叱りを受けるとはな」

 アニメ声で柴先生は嘆いた。

「柴先生の大蛇で、ングッ、校長を丸呑みすればよかったんじゃ、ゴクンッ」

 小籠包を食べながら僕は冗談を言った。

「黙れブンゴッ! お前がすべての元凶だ。なぜいつも『全裸にならないと協力しない』なんて意地悪を言うんだ? 変態! 変質者! 露出狂!」

 顔を真っ赤にして、大きな声で柴先生が吠えた。


 数秒後に支配人が早足でやって来て、

「どうかお静かに願います。他のお客様に御迷惑です。ここは個室ですが防音ではありません」

 と、注意して去って行った。


「すまなかったな、怒鳴ったりして。この店はな、先生の組織がしょっちゅう利用する中華料理屋なんだ。粗相があってはならない」

 柴先生は珍しくシュンとしていた。

「大体、柴先生は怒りの沸点が低すぎますよ。次からは気を付けてくださいね。それと、モグッ、ここの支払いは、組織の経費で、ガブッ、落ちるんですか?」

 北京ダックを食べながら僕は軽口を言った。

 柴先生はギンっと僕を睨んだ。個室の温度が一気に冷えた気がした。

「失礼なッ。先生の自腹だ。馬鹿モン!」

 彼女はまた怒鳴った。


 当然、数秒後に支配人が早足でやって来て、

「どうかお静かに願います。他のお客様に御迷惑です。このような行為が続くようであれば……」

 と強めに注意された。

 ここは、かなり格式の高い老舗の中華料理屋らしい。

「申し訳ありません。僕の方からよく注意しておきますので」

 僕が取りなしたのに柴先生は感謝どころか殺気を僕に向けていた。


「ソモソモナゼ、ワタシとブンゴを食事に誘ったんですカ? トッテモ高そうな店デス」

 ブルーノはもっともな質問をした。

「邪神を相手にするにはそれぞれ協力し、情報を共有する必要がある。いがみ合っていてはダメだ。手っ取り早く仲良くなるには一緒に美味しい食事をするに限る。そのために先生はかなり奮発したんだ」

 柴先生はエッヘンとばかりに胸をそびやかせた。


「ならば、知りたいことがあります。遠藤睦美えんどうむつみ黒田明子くろだあきこの件です。休学でも停学でもなく二人そろって欠席中なのは不気味です。彼女たちは邪神のために働いた前科があります」

 ムッチーとアッキーに襲われた僕にとっては、一番切実な問題だった。

「もちろん把握しているが個人情報だから教えられない」

 ピシャリと柴先生は答えた。

「さっき情報の共有を偉っそうに唱えた矢先にこれですか」

 なお食い下がる僕。

「わかった。簡単に話す。他言無用。秘密厳守」


 以下、僕の知ったこと。

 ・通常なら家族と話し合いを持つが、両家族とも聞く耳を持たない。

 ・その理由は家族ぐるみで『神の御業みわざ』の熱心な信者だから。

 ・僕に無用な戦いを挑み、負けたことで組織から罰を科されているらしい。

 ほんのちょっとだけ、彼女たちに同情した。


「本題に入るぞ。邪神、ルシファー、レプティリアン爬虫類型宇宙人。名称はたくさんあるが、ここでは邪神に統一する」

 アニメ声で真剣に言われても、と思ったが笑っては悪いので何とか耐えた。


「邪神が目覚めたら、先生の大蛇でもブルーノの電撃でも歯が立たない。だからその芽を徹底的に摘む。わかったな」

「デ、カザマの行方ハ?」

「それが風間先生に関してはまったくのお手上げだ。先生の組織の情報網にも引っかからん。時々邪神に魅入られて復活させようとする馬鹿が出てくるんだ。風間響太郎のような馬鹿がな」

「ワタシの組織、ホワイトブラザーフッド白色同胞団はその馬鹿ヲ早めに見つけ出し、するために存在シテイマス」


「フアァ~ア」

 浮世離れした話が続いたのと、腹が一杯になったので大きなアクビをしてしまった。

「おい、ブンゴ。忠告するが目上の人が話している時は決してアクビをするな」

「フアァ~い」

 柴先生の注意に対し、アクビ混じりで返事をした。

 生理現象だから仕方ない。出物腫れ物所嫌わず。


「……先生も成長し学ぶ。もはやすぐに怒ったり怒鳴ったりはするまい。だが一つ聞かせてくれ。なぜそんなに反抗的なんだ? 先生の事が嫌いなのか? 協力し合う気はあるのか?」

 少しだけ悲しそうな柴先生は少しだけ可愛く見えた。


「すでに質問が一つじゃないけど答えます。貴女は親友の相馬そうまを傷付けたり僕の組織を馬鹿にしたりと色々やらかしてくれました」

 発言する僕に柴先生とブルーノが注目をしている。


「でも今はこんなに高い中華料理をご馳走になったので全て水に流します。それに柴先生個人はわりと好みです。ベテラン女優のような雰囲気なのにアニメ声っていうのが僕的には萌える、というかいわゆるギャップ萌えです」

 言った瞬間、個室の温度が急激に冷えた。


「人が気にしていることをよくもズケズケとッ。お前は大蛇のえさになれい!」

 柴先生の背中に大蛇を視た。

 あっという間に僕の全身は大蛇に巻き付かれグイグイと締められた。

「ガアァァーッ」

 肋骨が折れそうで、上半身と下半身が切断されそうで、肺も潰されそうで、つまりは死にそうだった。


「アッ、イケナイ。ブンゴ、今助けマス。電撃MAXファイナル」

 ブルーノは両の手掌を前に突き出し、大蛇に電撃を放った。


「ギャアアァァーッ」

 大蛇に流れた電流は当然僕にも流れる。

 表現できない痛みが僕を襲った。

 電撃のおかげで大蛇は消えた。僕は開放された。しかし……。


「オゲエェーッ、ゲエェーッ。ゲロロロロロロロのゲエーッ」

 満腹状態の体に死ぬほどの衝撃が立て続けに二回。

 これじゃ吐くのも無理はない。

 勢いよく吐き出される吐瀉物は美しい放物線を描き店のあちこちに飛び散った。

 個室内は酸っぱいニオイで充満している。


 当然、支配人が駆け足でやってきて個室内の状況を把握して、

「他のお客様の御迷惑なので今すぐ出ていって下さい。カーペットや食器、その他汚してしまった物は弁償して下さい。後日、請求書を柴美和子様宛に送らせていただきます。そして今後当店のご利用はご遠慮ください」

 と冷たく言い放った。



 店を追い出された僕たちはその後ずっと無言だった。

 何か一言でも発したらそれがきっかけになりまた争いになるのが怖かったのだ。

 それにまだ体調が優れなかった。

 でも礼儀だけはしっかりしておきたかった。


 だから笑顔を無理やり浮かべ、感謝の気持ちを伝えた。

「柴先生、今夜はごちそうさまでした。機会があればまた誘って下さい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る