第21話 人間発電所

 我が二年一組にはまだ黒い影に憑かれている生徒が何人かいる。邪神事件の爪痕は未だに残っている。

 だが、僕には関係ない。死のうが生きようが構わない。

 もちろん、たましずめ組を通して正式な依頼があれば別だが。

 詰まるところ、僕はこのクラスが嫌いだった。



 ――その日の二年一組の教室は朝からザワザワとしていた。特に女子中心に。

 今日からこのクラスにイタリアの姉妹校から交換留学生の男子が一人やってくるのだから無理はない。


 しかし、異例ずくめだった。

 通常なら日本とイタリアのそれぞれの複数人の生徒達がお互いの高校に留学し学ぶ。

 だがなぜか、彼一人だけでやってくるという。

 後、ひと月ほどで夏休みに入るこの時期にやってくるのも不自然だった。


 当然ながら、まだ見ぬ留学生に対しての根も葉もない噂が流れた。

 曰く、父親がマフィアのドンらしい。

 曰く、相当な暴れ者で日本のこのクラスに追放されたらしい。

 曰く、誰もがビビる強面らしい。いや、結構なイケメンらしい。

 曰く、チンポ・ブラリーノという冗談のような名前らしい。


 いくらなんでも最後のは嘘であってほしいものだ。


 HRの時間になりしば先生のあとに続きその男はのっそりと教室に入って来た。

 身長はゆうに185センチを超えている。体重は、後で聞いたところによると120キロだという。

 顔は、向こう傷がいくつかある。半袖から出ている丸太のような太い腕にはタトゥーがある。

 あたかもプロレスラーかマフィアのような佇まい。


 その兇猛な迫力にクラス内はあっという間にシンと静まった。

「おはよう。知っての通り今日から我がクラスに交換留学生がやってきた。皆、彼をイジメないように。よし、それじゃ自己紹介をするんだ」

 柴先生にそう促され、

「ハジメマシテ。今日からご厄介になります。ブルーノ・サンマルチノです。日本のこと、イロイロ教えてクダサイ」

 彼はややなまった、しかし十分通じる日本語で挨拶をした。


 ブルーノ・サンマルチノだって!?

 昔のあの実在した有名プロレスラーと同姓同名とは驚いた。

 怪力とタフネスが自慢で、付いた異名が『人間発電所』

 言われてみれば、顔も体格もそっくりだった。


「ブルーノは日本語がとても上手い。質問があれば答えてくれるぞ」

 柴先生がそう言ったら質問が殺到した。


「なぜ、日本語がそんなに上手く話せるんですか?」

「義理の母が日本人ナノデ。あとは日本のアニメやマンガで勉強しまシタ(微笑)」


「好きなアニメと好きな漫画を教えて下さい」

「アニメは魔法少女全般。マンガは『セスタス』が燃えまス(微笑)」

「どこで寝泊まりを?」

「近くのホテルです。急な話でホストファミリーが見つからなかったノデ(微笑)」


「いつまで日本に?」

「ワタシの任務が終わり次第ですネ(微笑)」


「その腕のタトゥー、かっこいい」

いいえ。これは昔、雷に打たれた時の傷デス(微笑)」

 教室にどよめきが起こった。


「ソレ以来、神様は不思議な能力を授けてくれました。チョット見せましょウカ(微笑)」

 そう言うと彼は教室の隅に向かって歩き出し、ある男子生徒の前で止まった。

 その生徒には黒い影が憑いているが、僕は知らんぷりしていた奴だった。


「アナタ、少し辛そうです。電気を流しましょウ(微笑)」

 両の手掌を前に突き出すと、僕は見た。電流がその生徒に向かって放たれたのを。

 僕は視た。

 生徒に憑いていた黒い影が雲散霧消してしまったのを。


「ドうですか? 楽になったでしょウ(微笑)」

「おお、嘘みたいだ。体が軽くなったぞ。スゲー!」

 教室内に歓声と、拍手と、口笛の嵐が巻き起こった。


「ワタシは肩こりや腰痛が治る程度の電気を自由自在に出すことができまス。タダ、全員にはできませン。ワタシの目から視て辛そうな人だけ電気流しまス(微笑)」

 ブルーノの発言に、”ええ~”という悲鳴が起きた。

 しかし正真正銘の『人間発電所』とは恐れ入った。

「よし、HRは終わりだ。休み時間には誰かブルーノに学校案内をしてやれ。ブルーノはあそこの空いている席に座れ」

 柴先生が指示を出し、教室から出て行った。



 ――そして休み時間。

 なぜか僕はブルーノの案内役になっていた。二人で仲良く校内を歩いていた。

「どうして僕を案内役に指名したんだ?」

「タクサンお話したいからです。この学校から邪神を退けたブンゴとネ」

 校内を歩く足が止まった。

「ブルーノ。お前は何者だ?」

「ソレよりまだ黒い影に憑かれている生徒がいるのにナゼ何もしなかったのですカ?」

 非難めいた目で僕を見ると、廊下を歩いている女子生徒に近づいていった。よく視ると黒い影に取り憑かれている。彼女はうちのクラスではないのでブルーノを見て”ヒエッ”と怯えた。


「ホラ、彼女にも黒い影が憑いているのにアナタは見て見ぬふリ」

 ブルーノはそう言いながら両の手掌を彼女の前に突き出した。

 瞬間、バチバチッと火花が散り、彼女は倒れた。

「オット、ワタシともあろう者が。電力の調整を間違えましタ」

 僕はブルーノを後にして全力でその場を離れた。

 しかし呼び出しの放送が流れ、僕とブルーノは職員室でたっぷりと柴先生の説教を喰らってしまった。



 ――昼休み。

 いつもは恋人のミコミコと親友の相馬と昼を共にするのだが、今日は断った。

 逃げていてもしょうがないので僕の方からブルーノをランチに誘った。


「こんな食堂ですまない。用事があるなら、話があるなら早く済ませてくれ」

 カツ丼を食いながら僕は言った。

「ズバリ、ワタシの所属している組織・ホワイトブラザーフッド白色同胞団に入ってクダサイ。もしくは協力ヲ」

 ミートソースを不味そうに食いながらブルーノが言った。


 デジャブ?


「目的は邪神か?」

スィはいレプティリアン爬虫類型宇宙人、ルシファー、邪神。呼び名はイロイロですがアレは危険デス。太古よりホワイトブラザーフッド白色同胞団は戦ってきました」


「事件の首謀者の風間かざま先生はもうここにはいないぞ。確か、『退魔組織・神の御業みわざ』なんて組織にいるらしいからそっちを先に当たればいいんじゃないか」

「モウ、調べました。あの邪悪な組織は潰れるように手を打ってアリマス。しかしカザマは組織にいませんでしタ」

「そりゃ残念だ。それと僕を動かしたければテリー組長に話を通してくれ。言っておくが僕は僕の認めた人としか組めないからな」

「ドうすれば認めてもらえますカ?」


 この質問を待っていた。

「ククク、君の覚悟を見たい。それは何時でも何処ででも全裸になれる覚悟。今すぐここで脱げるかな。人間発電所ことブルーノ・サンマルチノ」

 これで僕の平穏な日々は守られるだろう。こう言われて素直に脱ぐ奴なんて僕くらいしかいないはず。


「ナンダ、ソンナことですか」

 案に反してブルーノはあっという間に全裸になった。食堂で。真っ昼間に。

 いっそ惚れ惚れとするような堂々とした脱ぎっぷりだった。


「キャアアアァア~~」という悲鳴が上がった。

 何人かの生徒たちは食堂から走って逃げていった。

「先生を呼んで来い」

 と叫ぶ生徒もいた。


 僕はといえば、その裸体にウットリとしてしまった。まるでミケランジェロの彫刻のよう。鍛え抜かれた肉体にはやらしさは全く無い。

 これは生ける芸術だった。


「ブラーヴォ」

 僕はそう言うのがやっとだった。

 ブルーノは局所を隠すでもなく微笑を浮かべていた。


 この後は、また二人揃って説教を喰らうのだろう。

 停学になるかもしれない。


 でも後悔はしていない。

 僕は生涯の友を、心の友を得たのだから。

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