第17話 ソロモン王の言葉はとこしえに
ボロボロになった身体を引きずり、なんとか事務所にたどり着いた。
出迎えてくれたのは
この浦辻さんは常にコントに出てくるような易者の格好をしている中年の男性。二つ名を”予言者・
僕は今までの経緯と今日の出来事を大まかに浦辻さんに話した。
「神の
浦辻さんは顎ひげに手をやり考え込んでしまった。
「浦辻さん。よろしければ神の御業という退魔組織や、総裁のことを教えて下さい」
そう言ってから後悔したが遅かった。
浦辻さんは恨みと愚痴と嘆きと怒りと罵倒と共に、時には脱線しながら、時には僕に何回も同意を求めて、たっぷりと情感を込めて話してくれた。
浦辻さんは次のように語った。
テリー組長と浦辻さんが前に属していた組織が『退魔組織・神の御業』
そこの総裁が
御大層な二つ名だが、霊能力も超能力も異能力もなんにもない。
しかし、お祓いの仕事の依頼を取ってきたり、妙な人脈を持っていたり、有能な退魔師をスカウトしてきたり、と能力がない割に一所懸命働いていた。
事務所も自腹で借り、雇った退魔師たちに依頼の割り振りを行っていた。
水野修羅は退魔師の仕事を個人商店から会社組織に変え、いずれはマザーズに上場したい、が口癖だった。
皆、水野総裁の掲げる理想に燃えていた。心は一つだった。
ところが、水野総裁の奥さん、
組織のカルト宗教化、水野夫妻の神格化、属している退魔師へのパワハラ、上納金制度などなど。
これに反発した多くの退魔師が組織を抜けていった。テリー組長もそのうちの一人だが有能な彼には多くのクライアントもついていった。
組織はそれを恨んでいる。
おかしい組織がさらにおかしくなっている。ムチを使う少女なんて信じられん。
すでに被害が出ているからこれ以上ひどくならない内に神の御業を潰したほうがいい。いや、絶対に潰すべきだ。早ければ早いほどいい。奴らの本拠地は知っているからブンゴも今からオレと一緒にやっつけに行くべきだ。
「浦辻さん、とりあえずお水をどうぞ。いや、かなりたまっていますね」
熱弁を終えた浦辻さんはハアハアと息切れをして顔が真っ赤だった。
「フー、ありがとう。オレとしたことが興奮しすぎたよ」
彼は美味しそうに水を飲み干しハンカチで汗を拭いた。
「やっつけるならばもっと敵の事を知らなければいけません。
僕の質問に浦辻さんはまた考えて、
「組織では横のつながりはあまりなかった。基本、退魔師は二つ名で活動しているし本名はわからないし知らせない。だが、一人だけ心当たりがある」
「それは一体誰ですか?」
「二つ名を
「ああ、多分ドンピシャですね。その封魔の凶太郎はキザったらしいイケメンですよね」
「一度しか見たことはないが、モテそうな
それを聞いて僕は風間先生の授業を思い出していた。
『信仰されなくなった神々は死んだも同然。しかしもし、再び現代で信仰されたらその神々は息を吹き返し、我々に大いなるご利益を
『大昔のほとんどの神々はキリスト教によって邪神に貶められた。だが、この邪神像は初めから呪いのために創られたようだ。もしまた信仰する者が現れたら果たしてこの邪神は甦るのか、フフフ』
おそらく風間先生は学校で死んだ神が甦るかどうかの実験をしたのだろう。そしてあわよくば生徒たちを『神の御業』に引っ張るつもりだったに違いない。
その狙いはある程度は成功した。学校という閉ざされた世界では。
しかし、生徒には親がいる。騒げばマスコミも放っとかない。
僕の脅しで負けを悟った風間は邪神像のレプリカを引っ込めた。だが、彼の崇拝者であるムッチーとアッキーは暴走して僕を殺そうとした。
邪神事件の真相はこんなとこだろう、と考えていたらテリー組長が帰ってきた。
「
開口一番、そう言った。
僕の顔のあちこちにあるミミズ腫れは男の勲章ではあるが、指摘されたら改めて痛くなってきたので消毒を済ませ、絆創膏を貼った。
テリー組長にも今日の襲撃事件や、邪神のことを話した。
「今すぐにでも神の御業の事務所を攻め込むべきだ。オレの占いでも大吉と出ている。喧嘩だ! 出入りだ! 奇襲だ! 夜討ちだ!」
興奮している浦辻さんは目がイッている。
「僕は嫌ですよ。少なくとも今日は休みたい。行きたきゃ浦辻さんだけで行けばいい。大体、あなたは一番の後輩なんだから命令しないでほしい。もっと分を弁えてほしいな」
僕も疲れていて余裕がないのできつい口調になってしまう。
「なんだと! 一番の若造が! 高校生のガキがナマイキだぞ。年上の命令にはおとなしく従え!」
「そういう腐れ儒教的な考えが組織をダメにするんですよ。従わせたかったら力で従わせてみなさいって。もっとも占いごときにどれだけの力があるかはわかりませんがね。ククク」
売り言葉に買い言葉。言い終わった後にしまった、と思ったが後の祭り。事務所はシンと静かになり嫌な雰囲気に満ちていた。
「二人とも、そろそろ落ち着いたか」
テリー組長がドスの利いた声で沈黙を破った。
「私たちは表の世界では生きていくのが難しいから退魔師なんて因果な商売をやっている。一人ひとり皆、弱い存在なんだ。助け合わなくちゃいけないのにいがみ合ってどうする。なあ、おい」
そう静かに言ったテリー組長が僕には大きな山のように見えた。
「確かにその通りだな。ブンゴよ、興奮しすぎた。すまない」
浦辻さんが僕に謝ったので、
「僕こそ年下なのに言葉が過ぎました。すみません」
一応、僕も謝っといた。お互い、握手まではしなかった。
「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある」
突然、テリー組長がわけのわからないことをつぶやき出したので浦辻さんと僕は呆気にとられてしまった。
「今の言葉はソロモン王の残した言葉だ。今が戦う時か、と問われれば絶対に違う。敵の情報は不足していて、こちらの兵隊も足らない。神の御業とはいずれ戦う時が来るだろう。それまではゆるゆると準備をしておくことだな」
「はいッ!」
テリー組長の言葉に浦辻さんと僕は同時に元気よく返事をした。
しかし、喧嘩の準備か。何をどうすればいいのかな。
ふと、前にコスプレショップ兼武器屋で見た火炎放射器を思い出した。あれを自由に使えたら最高だな、きっと。ムッチーもアッキーも火だるまだ。
そんな想像をしてたら焼き肉が食べたくなってきた。
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