第14話 宣戦布告

 帰り道、虚無僧の姿をしていて本当に良かったと心から思った。

 ニヤケっぱなしで締まりのない顔を誰にも見られずに済んだのだ。頭をスッポリと覆う編笠のおかげだった。

 ニヤケが止まらない理由その1。

 ミコミコと仲直りができた。

 ニヤケが止まらない理由その2。

 あの武器屋兼コスプレショップの『黒猫は眠らない』から連絡があったのだ。

 僕の相棒、井上エクスカリバーがより強くなって新しく生まれ変わったから早く取りに来い、と言われたら気分は天にも昇るよう。

 はやる気持ちを抑えコスプレショップへ急いだ。


「念には念を入れてボタンを一つ増やした。つばにあるこのボタンを押せば今までどおりスタンガンモードになる。110万ボルトの高電圧だ。厚手の服の上からでも触れれば気絶させられる」

 ダミ声で店長が説明した。白髪をポニーテールにしているのが似合っている。

「それでもう一つのボタンはどんな効果が?」

 店長が説明するのを待ちきれずに僕は聞いた。

「うん、このつかにあるボタンを押せば剣身がビヨ~ンと凄まじい勢いで柄から飛び出る。ボウガンほどの殺傷力はないが念には念を入れて、な」

「でも、もしそれが敵に当たらなかったらおしまいですね」

「だからこのボタンを押す機会がないように祈っているよ」

 まったくだ。そんな機会はお呼びじゃない。


 新生井上エクスカリバーを受け取り、店を出た。

 途中、駅前を歩いていると見知った顔を発見した。

 若い男一人と女子高生二人の三人組。

 三人組のうち、若い男は僕の担任。世界史の風間かざま先生。独身でイケメンで女子生徒から大人気。歴史部の顧問。


 女子高生の一人は遠藤睦美えんどうむつみ。僕と同じ二年一組のクラスメイト。ショートカットでボーイッシュで運動神経バツグンで元気一杯。空手弐段。つまりはクラスの中心人物。

 可愛い、というよりは凛々しい顔立ちで一部の男子と下級生の女子からモテモテだ。

 

 もうひとりは黒田明子くろだあきこ。今どき三つ編みでメガネで小柄な体格。歴史マニアで特に戦争の戦略・戦術に精通しており女軍師を自称している個性的なクラスメイト。


 せっかくなので挨拶をするために近づいた。

 三人組の後ろから、

「イヤイヤイヤイヤ、風間先生も隅に置けないですね。両手に花とは羨ましい」

 と声をかけた。

 すぐに遠藤さんが僕の前に立って前羽まえばの構えを取る。

「二人とも早くボクの後ろに隠れて。ボクが風間先生の剣となり盾となる」

 遠藤さんの殺気が編み笠越しでも伝わってくる。

 虚無僧がいきなり後ろから挨拶してきたのだからその反応は当然かもしれなかった。

「嫌だなぁ。怪しい者ではありませんよ。お忘れですか。僕ですよ。引田文悟ひきたぶんごですよ」

 編笠を取って改めて挨拶。三人組は驚きのあまり固まっていた。


「もう体調は大丈夫なのか? 元気そうではあるようだが……」

 風間先生が気を取り直して言った。

「ええ、もうすっかり。また明日からよろしくお願いします」

 僕は笑顔で元気をアピールした。


「学校に来ても二年一組にあなたの居場所はないわ」

 冷たく黒田さんが言い放った。

「おお、先生。これはイジメです。どうか黒田さんに説教をして下さい」

 僕は余裕があった。これもテリー組長に鍛えられたおかげだろう。

「ハハハ、君たちは仲がいいね。お互い意識しあっているんじゃないのか」

「まさか! 冗談でもやめて下さい」

 風間先生の予想外の返しに黒田さんはすぐに否定した。


「そうだ! アッキーがこんな変態と仲がいいわけはない。ボクは見たんだぞ。こいつが喫茶店で全裸になったのを」

 遠藤さんが叫んだ。

 身に覚えはある。確か死神を祓った後の出来事だ。全裸になった時にタイミング悪くクラスメイトの女子数人に見られたのだ。

「遠藤くん、それは本当かい?」

 風間先生が尋ねた。

「ええ、この目に誓って。ボクはこれからも風間先生の目となり耳となりましょう」

 遠藤さんは体をクネクネさせながら風間先生に答えた。

 親友の相馬そうまはこの遠藤さんに一方的に惚れているがこの様子だと邪神に祈ってもダメだろう。


「いや、それよりさっきから気になっているのは君のその格好だ。どういうつもりだ」

 もっともな質問を先生はしてきた。

「これですか? バイト先で紹介されたコスプレショップでキャンペーンをやっていたんですよ。虚無僧なりきりセットの他に山伏なりきりセットもいただきました」

「嘘をつくならもっとマシな嘘をつくことね」

 アッキーこと黒田さんが冷たく言い放った。 


「まあ、僕のことはその辺でいいじゃないですか。それより皆さんはデートですか? 先生と生徒の禁断の愛の旅行の帰りですか? 歴史部の合宿に名を借りてあんなことやこんなことを」

「ゲスの勘ぐりだッ。ボクたちを侮辱すると許さないぞ。また前みたいにハイキックを喰らわせてやるからな!」

 僕の挑発に遠藤さんが乗ってきた。

「クククッ、ねえ遠藤さん。さっきから駅の交番のお巡りさんが興味深げに僕らを見ているのに気付いているかな。ハイキックぅ~? その場で現行犯逮捕だ。ほら早くやってみるといいよ。どうした、遠藤さんは口だけかな。空手弐段は凶器と看做されるらしいが女子高生なら見逃してくれるかもしれない。やってみる価値はあるかもしれないよ」

 資料室で喰らった上段回し蹴りの屈辱はまだ覚えている。


「よさないか、二人とも。空手の有段者が素人にキックなんかできるわけないだろう。挑発はそこまでにしろ」

 風間先生はうんざりして注意した。

「ところが、警察に捕まる覚悟があれば大抵のことはできますよ。たとえばあの邪神像を叩き壊すなんてこともね」

 僕としてはここで挑発をして風間先生に揺さぶりをかけたかった。

「やめておけ。そんなことをしたら器物損壊罪で訴えるし弁償もしてもらう。それにあの邪神像はレプリカだから一体だけじゃない。つまり君の企てはまったくの徒労に終わるだろう」

 風間先生は遠藤さんと違って挑発に乗るようなタマじゃなかった。実に冷静に僕を諭した。


「ええ、だからゴールデンウィークの間中に良案を考えてました。結論として僕の力では無理です。そこでマスコミに垂れ込むことにしました。『進学校で邪教崇拝!? 呪われた生徒多数。イケメン先生とその手下の秘密を暴く!』なんて面白そうでしょ。週刊誌やワイドショーが放おっておかないのは間違いなし」

 僕は得意げに言った。手の内を明かしたが構わない。事実上の宣戦布告だ。反撃の狼煙だ。


 ところが三人とも怒らなかった。まるで可哀想な子を見るような目付きで僕を見ていた。


「いいこと。その脳みそでもわかるように説明してあげるからよく聞きなさい。風間先生はあくまでも好意で学術的に価値ある神像のレプリカを資料室に持ってきただけ。生徒たちは好奇心旺盛だからそれを見に来ただけ。その際に見るだけじゃ勿体無いないので洒落で願い事を祈る人がいても不思議じゃないわ。欠席者が増えたのはただの偶然。そもそも資料室に行列ができて喜んでいるのは校長先生なんだから。誰にも文句は言わせないわ」

 黒田さんが呆れながら僕に嫌味ったらしく説明をした。


「クククッ、世界が狭いなアッキーは。それは学校という閉ざされた世界だけで通じる理屈だよ。マスコミの怖さをよく知らないから言えるセリフだね。邪神のために事故って入院した生徒のご両親は今の説明で納得するかな。マスコミは焚きつけるぞ。学校に怒鳴り込む被害者のモンスターペアレント。絵になるよ。はっきり言って面白ければどうでもいいんですよ、マスコミってやつは。きっとあなた達にも取材が来るはずだから僕にしたような説明をするといい」

 僕が言うと三人組は誰も反論をしなかった。


「久しぶりに会うと話題は尽きませんね。立ち話で結構な時間を費やしてしまいました。そういえば腹が減りました。人間って何か食べたり飲みながらじゃないと話はできないものです。どっか良い店を知りませんか? あっ、あの寿司屋なんてどうですか。ちなみに僕は金欠病でびビタ一文払えませんが風間先生が付いているから心強いですね。さあ行きましょうよ」

 固まった空気を壊すのは食べ物の話題しかない。四人で寿司を食いながら時にはケンカをしたり、時には恋バナをしたり。想像するだけでワクワクしてくる。


「もう夜も遅いから全員帰りなさい。明日は遅れずに登校すること。それでは解散!!」

 風間先生はそう宣言すると駆け足で駅のホームの中へ消えていった。

「あっ、ボクを置いてかないで~」

 遠藤さんも風間先生の後に続いた。

「フンッ!」

 黒田さんは僕をにらみつけると遠藤さんの後に続いた。


 残された僕もトボトボと歩いて帰った。そして歩きながら今日の出来事を思い返し、明日の事を考えた。


 しかし、あまりにも疲れていたので気が付いたら寿司のことばかり考えていた。

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