第13話 僕は西富士高校で起きた事件を語った
こうしてミコミコの起こした騒動はすべて無事に解決した。テリー組長のはからいで悪魔憑きが狂言だった事実はミコミコの両親に知らせないことにした。
と、ここまでは面白いくらい順調だったのだが……。
「ミコが君を『ブンちゃん♡』と呼んでいたがどういうことかね」
父親は静かに怒っている。母親はハラハラと見守っている。
現在、この家のリビングには僕とご両親の三人だけ。
テリー組長は次の仕事に向かっているのでもう居ない。
ミコミコは安心して眠くなったらしく、今はベッドの上だ。
「何を隠そう虚無僧は仮の姿で、僕は
彼女をミコミコと言わずに、御子神さんと言えたのは我ながら良く出来たのでついうっかり安堵のため息をついてしまった。
「いいや、そんなんで納得できるか。父親として、男としての第六感が告げている。悪魔憑きもお前のせいだろう。さあ、全部吐け。洗いざらいだ。吐け、吐かんかぁッ! 貴様ァっ!」
僕は両手で首を絞められていた。意識が飛ぶ前にそもそもの経緯を思い出そうとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
話は今から約一ヶ月前にさかのぼる。
桜咲く四月。希望と不安でいっぱいのクラス替えの発表の日。
僕は二年一組に。ラッキーなことに恋人の御子神ミコ、そして親友の
他に気になるクラスメイトは
長身でショートカットでボーイッシュなのが遠藤睦美。可愛くはないが凛々しい顔立ち。ボクっ娘。運動神経バツグンで空手
下級生の女子から異常にモテる。それに一部の男子からも人気があった。
僕の親友である相馬はその一部の男子の一人だった。
「お前が御子神を彼女にできたのはオレが仲を取り持ったからだぞ。だから協力してくれ。応援してくれ。遠藤さんと付き合えるように」
「わかったわかった。いずれ機会を見てなんとかするよ」
相馬の必死なお願いには僕も力になりたかった。
相馬はけっしてイケメンではないが、腕っぷしが強く頼りになるヤツだ。案外、相馬と遠藤さんはお似合いのカップルになるかもしれない。
今どき三つ編みでメガネで小柄なのが歴女コンビのもう一人、黒田明子。
一見おとなしそうに見えるが、相当に腹黒いという悪評もある。
戦略・戦術系の本をいつも読んでいて、女軍師を自称している。厄介事を彼女に相談すると昔の戦いの知識でほとんど解決してくれると聞いたことがある。同じ歴史部に所属していることもあっていつも遠藤さんと一緒にいる。
黒田さんについてはまだよくわからないが、成績優秀なので頭の切れる人なのは間違いなかった。
いずれにせよ今年は個性的なクラスメイトに囲まれ楽しい一年になりそうだと思っていた。あの事件が起こる前までは。
――そろそろ事件の全容を語りたい。
きっかけは世界史の授業からだった。
「全員、注目」
我がクラスの担任でもある
「これは最近、ユーフラテス川上流辺りで発掘された神像のレプリカだ。特徴的なのは背中にある六対の翼。合計十二枚の翼といえばルシファーだから案外ルシファーのモデルになったのかもしれないね」
その像は爬虫類のような顔。禍々しい雰囲気。
「レプリカとはいえ学術的にも貴重なものだから資料室に置いておく。興味のある者はいつでも見に来るといい」
「先生、質問~」
甘ったるい声が飛んできた。
「何だ?」
「その神様のご利益はなんですか~。恋愛にも効き目がありますか~。ウフフフッ」
「私の見たところではこれは邪神のようだから、恋愛成就というよりは恋敵を陥れるのに効きそうだね。フォルム的には怨敵を呪い殺すためにつくられたようだ。すでに信仰する人もいなくなって久しいから死んでいるも同然の邪神だ。だけど君たちが拝めばまた復活するかも」
一部の女子生徒からは歓声が上がった。
しかし僕は視てしまった。邪神の眼が一瞬赤く光ったのを。
ふとミコミコの方を見ると彼女は苦しそうに身体を震わせていた。
すぐに風間先生に知らせ、彼女を保健室に連れて行った。
保健室は無人だった。すぐに彼女をベッドに寝かせた。
「心配かけてゴメン。もう落ち着いてきた。私、どうしちゃったんだろう?」
「大丈夫だ。あの邪神の毒気に当てられただけだ。しばらく寝ているといい。僕がついている」
「フフ、ありがとう。ブンちゃんが隣りにいてくれれば安心。邪神なんて怖くない」
「安心してゆっくりお休み。ミコミコ」
「うん、おやすみなさい」
やがて彼女は寝息を立てて眠り始めた。
僕は誓う。彼女に仇なすものは全力で相手になってやる、と。
しかし風間先生か。独身でイケメンでモテモテだ。何人かの女生徒は告白したらしいが相手にされなかったらしい。
風間先生は歴史部の創設者であり顧問でもある。この歴史部は相当ゆるく、歴史に関することなら何でもあり。風間先生自身の魅力もあり歴史部は活気にあふれている。
そんな風間先生だからファンや信棒者も多い。
中でも有名なのが遠藤睦美だ。風間先生のためならいつでも死ぬ、と普段から恥ずかしげもなく公言しているから間違いないだろう。
風間先生のことを考えていたら授業終了のチャイムが鳴った。
翌日、資料室の前には行列が出来ていた。
風間先生の影響は凄まじかった。
「あいつが彼と別れますように」
「ぼくをイジメた奴らが全員死にますように」
順番が来て邪神像の前まで来ると感情を込めてこのような祈りを捧げるのが手順らしい。噂はイヤでも耳に入ってきた。
驚くべきことにそれらの祈りは聞き届けられたようだった。サッカー部のエースと付き合っていた彼女が別れたらしい、ヤンキーのあいつが事故って入院したなどの話でクラス中は大騒ぎだった。
皆が視えない存在を僕だけが特別に視える。視たくないが視てしまうのだ。学校の生徒の大半に黒い影が憑いているのが。
ミコミコにも黒い影が憑いていたが本人は気付いていないので知らせていない。
ここに来て自分の役割は決まった。
原因ははっきりしている。
やるべき事もはっきりしている。
義を見てせざるは勇なきなり。
昼休みに資料室前の行列に並んだ。ノロノロと前に進みようやく資料室の中に入った。歴史部の遠藤さんと黒田さんの二人が拝みに来ている生徒を誘導している。
数分後に僕は邪神像の前までたどり着いた。
「さあ、神様に願い事をお祈りして」
遠藤さんが微笑みながら僕に言った。
「皆を惑わす邪神よ、退散せよ!」
そう言うと僕は邪神像を右手で持ち高く掲げ叩きつけようとした。
瞬間、遠藤さんによって右手首を
「なっ、なにをするんだぁッ! 神様への狼藉はボクが許さないぞッ」
そう叫んだ遠藤さんはもう微笑んでいなかった。それから彼女の上段回し蹴りを顔面に頂戴した。
資料室内は騒然。
僕は職員室に呼び出され風間先生に軽い注意を受けた。
教室に戻ると、皆が僕に敵意を向けた。
黒田さんが僕のさっきの行いを悪意を持って皆に説明していた。
一応弁解はしたが、黒田さんにすべて言い返された。
遠藤さんはといえば、
「うう、ひどいよ。ボクはみんなの願いを叶えようと一生懸命、資料室で働いていたのに。その思いを踏みにじるような人が同じクラスにいるなんて」
と泣き出す始末。普段泣かない人を泣かせた、とまた僕に非難の目。
「君は案外泣きマネがうまいんだね」
と遠藤さんに声をかけたらクラスの全員が僕に襲いかかってきたので一旦教室から逃げた。
その後のことを簡単に説明する。
風間先生が好意で持ってきた神様の像を叩き壊そうとしたゴミ以下の存在。
学校内の嫌われ度ナンバーワン。
僕に対する贔屓目なしの評価がそれだった。
「お前が死ぬようにあの神像に祈ったぞ」
と面と向かって言ってくるクラスメイトもいた。
その祈りの効果は
ミコミコとはケンカ別れをしてしまった。
「なんでブンちゃんは私に相談してくれなかったの」
「ミコミコに黒い影が憑いていなければこんなことはしなかった。だから君のためだったんだ」
「あっそう。私のせいだっていうのね。ブンちゃんなんてもう知らない」
理由を言っても聞く耳は持たず。
親友の相馬は常に僕とつるんでいるので同類と見なされていた。
相馬はこの件にはまったく関与していないと理解してもらうには時間がかかった。
ただ、憧れの遠藤さんからは口もきいてもらえなくなったそうだ。
相馬よ、すまない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
グシャっと嫌な音がした。
このままでは絞め殺されるので頭突きを父親の鼻にお見舞いしてやった。鼻骨が折れたかもしれないが自業自得だ。
「ゲホッゲホッ、これは立派な殺人未遂だ。首にアザが残っているのが何よりの証拠だ。今から警察に行きます」
父親は血で汚れた鼻を手で押さえ苦しんでいる。
母親は相変わらずハラハラしているだけだった。
「やめて、ブンちゃん。パパを許してあげて」
ミコミコが階段を降りてきて言った。
「よし、ミコミコには惚れた弱みもあるからこの殺人未遂は許してやろう」
もはや交際していることも隠さない。
それから西富士高校で起きた事件の
首を絞められた後だったので咳き込みながら語ったが誠意を持って話したのできっと正しく伝わったと信じている。
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