第9話 聖剣・井上エクスカリバー

「ゲブッ!」

 鼻に井上エクスカリバーが強打。痛さよりも衝撃を感じ、たまらずひざから崩れ落ちた。鼻から鮮血が爆発したようにドバっとあふれる。手で抑えても血は止まらずに事務所の床を汚してしまった。

 それよりも今の衝撃で井上エクスカリバーの剣身が真っ二つに折れてしまった。


「もう天狗はブンゴに取り憑いてはいないはず。荒療治だったがこれで文字通り天狗の鼻を折ってやった。まさか井上エクスカリバーまで折れるとは思わなかったが。大事な商売道具だ。今すぐ修理に行ってきてくれ」

 仁王立ちのテリー組長が僕に言った。

 

 テリー組長は恰幅のいい体格、高そうなスーツ、短髪、口ひげ、サングラス。おまけにドスの利いた声。強面で任侠の漢のようだが実は怒ったのを一度も見たことがない。

 その証拠に、天狗に取り憑かれた僕が色々やらかした際もこうやって鼻に一撃加えるだけで済ませてくれた。

 僕のいとこ。

 僕の上司。

 僕を引きこもりから救ってくれた大恩人。

 霊感がゼロなのに僕に取り憑いた悪霊を祓ったムチャな人。

 たましずめ組の組長。

 僕はそんな浅尾輝彦あさおてるひこことテリー組長にいつか認めてもらいたいと願っている。


 教わった住所が間違っていなければこの店でいいはず。

 看板には『会員制コスプレショップ・黒猫は眠らない』とあった。

 インターホンを押すとしばらくして声が聞こえてきた。

「どちら? 会員なら会員番号と名前を」

 愛想の悪そうなダミ声の男が応対した。

「会員ではないです。たましずめ組の紹介で伺いました。二つ名をいにしえの剣豪・疋田豊後ひきたぶんごと申します。すでに連絡は行っているはずですが」

「うん、確かに連絡は来ている。しかし念には念を入れたい。今から質問をするから答えてくれ」

 かなり面倒くさそうな店である。


「牛丼のサイズは?」

「いつも特盛」

 変な質問にとっさに答えてしまった。

「カレーの辛さは?」

「辛口以外認めない」

 自分の好みを答えたがこれでいいのだろうか。

「味噌汁は?」

「赤味噌に限る」

 アバウトすぎる質問だが反射的に答えてしまった。

「合格! ドアの電子ロックを外すので入ってくれ」

 何が合格だかわからないが鍵の外れる音がしたので中に入った。


 度肝を抜かれた! 

 コスプレグッズもあるにはあるが、圧巻なのは所狭しと並んでいる武器の数々。

 天井にはマチェットやら十文字槍が飾ってある。壁の陳列棚にはヌンチャク(死亡遊戯版)まである。

 あちこち目移りする中、ついに見つけてしまった。

 マギー。44マグナム。白いグリップにハンマーが描かれている。

 海外ドラマ『俺がハマーだ!』の主人公が愛用する銃。

 たまらず手に取り銃を構えて、

「動くなよ、弾が外れるから」

 とお馴染みの決め台詞を言った。この時の僕は相当興奮していたようだ。後ろからくる男の気配に気付かなかったのだから。


「モデルガンとはいえ勝手に触っては困る」

 ダミ声のした方を振り向くと白髪をポニーテールにした老人が立っていた。白いポロシャツにジーンズ。黒いエプロン。彼がおそらく店長だろう。コスプレショップなのに彼自身はコスプレをしていないのが面白かった。


「これは失礼。あなたが店長ですか。早速ですが井上エクスカリバーの修理をお願いします」

 真っ二つになった井上エクスカリバーを差し出した。

「むう。これは修理できない。新たに制作するしかない。二、三日はかかる。その間丸腰では不安だろう。念には念を入れ代わりの武器をここで選んでおくのがいい」

 店長はダミ声で言った。


「ところで前から疑問に思っていました。この剣を井上エクスカリバーと呼ぶ由来を教えてください。あなたの名前が井上だったりするとか?」

 いい機会なので聞いてみた。

「いや違う。この剣の初代の持ち主は鬼平という二つ名の退魔師だった。鬼平は知っているな」

「長谷川平蔵ですね」

「そうだ。長谷川平蔵の愛刀は井上真改いのうえしんかい

「ああ、なるほど」

「このおもちゃの剣は元々エクスカリバーを模したもの。しかし退魔師の鬼平はそれが気に入らず名前だけでも井上エクスカリバー真改と名付けた。それを縮めて井上エクスカリバーと呼ばれるようになった。わかったかな」

「ええ、わかりやすいです。でもそうなるとまた疑問が。何故、その鬼平さんは井上エクスカリバーを手放したんですか? 引退されたんですか?」

 僕の質問に店長は一呼吸置いて、

「彼は退魔に失敗して死んだ。巡り巡って今は君が井上エクスカリバーの持ち主だ。念には念を入れ死なないように気を付けろ」

 ダミ声で僕に警告をした。


 僕は改めて店内を見回した。

 ここで代わりの武器を探すにも多すぎて迷ってしまう。

「おすすめの武器は?」

 専門家に聞くのが早い。

「なら、これはどうだ。『魔法少女は舞い降りた』で使われたキスキスガンガン」

 店長が手にとったのは豆鉄砲のようなおもちゃの銃だった。

「少し迫力に欠けますね」

「ところがどっこい。こいつはテーザー銃だ。相手に触れずともスタンガンと同じ効果が出せる。無論日本では違法だから、念には念を入れて女の子向けのおもちゃの銃に似せている」

 店長はイキイキと説明した。


「あそこのごっついライフルみたいなのは何ですか?」

「あれは『魔法少女は飛び立った』で使われたマジカルファイヤ。つまり火炎放射器だ。悪霊も妖怪変化も全て焼き尽くす」

「気に入りました。それにします」

「ところが売約済みでな。また機会があれば売ってやろう」

 店長の言葉に肩を落とした。残念。


「しかし君も相当だな。白い袴に白い着流しに雪駄。それ自体がコスプレだ。やはり刀系統の武器が似つかわしいだろう」

「実はさっきからあの般若の面が気になります。あれをゆずってくれませんか」

 般若の面が僕を捕らえて離さない。

「ほう、たしかにその格好には似合うが。理由を聞かせてくれ」

「とても迷いましたが僕は祓うのが仕事です。祓いの本質は力でゴリ押しするものではないはずです。この般若の面をかぶることで依頼主の感情を動かし、僕の精神を鬼に変えるきっかけに、トリガーに、スイッチになります。だから人を傷つけるような武器でなくてもいいんです」

 店長の問いに答えた。たましずめ組に入ってから、いつも考えていたことだった。


「偉い! よし、般若の面の他に『虚無僧なりきりセット』と『山伏なりきりセット』をつけよう」

 感心した店長が大盤振る舞いをした。

「それは念には念を入れて、ということですか?」

「いや、ゴールデンウィーク中のキャンペーンだ」


 僕は店を後にして次の依頼主のところへ向かった。

 般若の面をかぶりたくてしょうがなかったが我慢をした。

 虚無僧なりきりセットには尺八がついていた。これから尺八の練習をするつもりだ。

 山伏なりきりセットには法螺貝がついていた。これから法螺貝の練習をするつもりだ。


 新しい井上エクスカリバー真改も数日後にできるそうだ。その時にはもうそれが必要としないくらいにお祓いが上達していたい。

 そう思ってまだ痛む鼻を手でおさえながら道を急いだ。

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