第8話 餓鬼と吸血鬼、そして天狗

 現在、退魔師見習いとして修行している僕には致命的な欠陥がある。

 それは憑依体質。あやかしや悪霊に取り憑かれやすい体質。

 このままでは我が母校に起きた心霊事件を解決できない。もっとも解決したところで親友や恋人が戻ってくるかはわからないが、けじめはつけたい。


 テリー組長に相談してみたら、

「例えば遠足のバスの中で誰かが戻す。それに影響されもらいゲロをしてしまう。憑依体質はそれと似ている。気を引き締めることだな。経験を積めば自然と良くなる。そんなに焦るな」

 とのお言葉を頂いた。

「ブンゴは素直だし思い切りもいい。だから退魔師としての心構えをもう一つ教えておこう。動揺は禁物。スキとなる。依頼主へ不安が伝わってしまう。よってどんな時でも堂々としていること。間違った信念でも信じ切っていれば魔を寄せ付けない。これが基本であり奥義である」

 テリー組長からのダメ押しを心に刻みこんだ。もう憑依はされたくない。


 ああ、だが、今回も取り憑かれてしまった。

 手足はやせ細り、お腹だけふくれている異形。すなわち餓鬼がき。それに取り憑かれてしまった。だから腹が減ってしょうがない。

 餓鬼を依頼人から祓えただけでも良しとするか。


「ただいま。依頼は無事終了しました」

 事務所に帰ってテーブルに向かい、おにぎり6個、サンドイッチ2個、ミートソース、牛丼、骨なしフライドチキン2個、ポッキー2箱をたちまちたいらげた。それでもまだ足りなかった。


 それを見ていたテリー組長が、

「また取り憑かれたのか……」

 と呆れていた。

「餓鬼はひると同じような性質です。血を吸われたら無理に剥がす必要はありません。腹が一杯になったら勝手に落ちます。たくさん食べて餓鬼を満足させるのが僕の祓い方です」

 必死に言い訳をした。だけど本当は空腹を満たしたいだけだった。


「占いの結果によれば北北西に進路をとれば大吉。

 占い師の浦辻うらつじさんがサイコロの出目を見て言った。

 浦辻さんを信用して僕は事務所を出てから北北西の方角に向かった。




 次の依頼は吸血衝動が抑えられない十四歳の娘をどうにかしてくれ、という内容だ。

 依頼主の家に到着すると美人の母と娘が僕を待っていた。

「ウッ、あなた、とてもクサイ。ニンニクの、ウッ。マナーとかエチケットを守れない人にお任せして大丈夫なのかしら?」

 お母さんは鼻をつまんでそう言った。

「この世の常識を退魔師に当てはめてはだめです。すでにもうお祓いは始まっているんですよ」

 僕は言いながら娘の方を見た。母親似の清楚な美少女。確かにドラキュラみたいなのが少女に取り憑いている。

 今からこの世の法や常識を捨てた。前科がついてもいいと覚悟した。ならやるべきことは一つ。


 息を大きく吸い込む。片方の手で少女の後頭部をおさえ、僕の唇で少女の唇を塞いだ。プウ~ッと吸い込んだ息を少女の中に思いっきり吐き出した。


「いッ、いきなりッ。なッ、なにを。オッ、オエ~ッ。ゲェ~ッ、ゲロゲロのゲェ~ッ」

 少女は嘔吐した。

「ほら見てください、お母さん。ゲロと一緒に吸血鬼が娘さんの体から吐き出されていくのを。もう大丈夫ですよ」

 僕は勝利宣言をした。

 

 数時間前、浦辻さんの占いどおりに北北西に向かったらギョーザ屋でジャンボギョーザチャレンジをやっていた。枕よりも大きいギョーザを三十分以内に完食すれば賞金贈呈。見事勝利して、腹を満たし餓鬼を祓い、吸血鬼を祓う武器であるニンニクブレスを手に入れ、臨時収入も獲得した。まさにだった。


 家の中は吐瀉物特有の胃液の酸っぱいニオイと僕のニンニクブレスでなんとも言えない臭さで満たされている。

「あなたはッ! 訴えますわよッ! ウッ、オエッ~」

 文句を言ってきたお母さんはもらいゲロをしてしまった。


 テリー組長の言葉を思い出す。憑依体質はもらいゲロするようなものだと。

 今回僕はもらいゲロはしなかった。そう言う意味では成長したのだろう。鼻高々だった。誇らしかったしテリー組長に早く褒めてもらいたかった。


 そう思っていると本当に僕の鼻が天狗のように伸びていくのが視えた。今度は天狗に取り憑かれたらしい。僕のうぬぼれのせいなのは明らかだった。


 それでも人間には健全なうぬぼれが必要だ。今しばらくは自尊心に酔っていたかった。

 天狗に取り憑かれるのも悪くない気分だった。

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