第5話 仮面の精霊
「これくらいの簡単な仕事はもう一人でも大丈夫だろう。しっかり頼む」
突然、テリー組長から言い渡された。
先日、この世界でやっていく覚悟を認めてもらったのは確かに嬉しいが果たして自分に務まるだろうか。不安が顔に出た。
「ブンゴの視える能力は私にはない素晴らしいものだ。この世の法や常識を捨て去れ。思いっきりやってこい」
テリー組長が僕の背中を力強く叩いた。
今回の依頼主は相当の資産家らしい。どこかの胡散臭い知り合いからもらった仮面が怪異現象を起こしているのだという。詳しくは本人に聞いたほうが早いだろう。
そう思いながら歩いているととても目立つ豪邸が見えてきた。
ちなみに着流し、白袴、雪駄で井上エクスカリバーというおもちゃの剣を腰に差している僕も目立っている。道行く人が僕を振り返っていた。
中に入って早速ご主人の話を伺った。
「ご主人。この仮面の元々の出どころは?」
「たしかパプアニューギニアと聞いている。初めは魔除けのつもりで屋敷の入口に飾っていたが、段々と仮面の表情が険しくキツくなっている。執事やメイドの話では仮面が声を発したとまで言っていた」
僕の問いにご主人は答えた。
「売り払おうとは? 博物館に寄贈しようとは? お寺に納めるとか?」
僕は一応聞いてみた。
「なぜかすべて上手くいかなかった。ほとんどの所から断られた。それに仮面を手放そうとすると必ず悪いことが起こる。だからこそモノは試しとたましずめ組なんて怪しいところに頼んでみたんだ。君は見たところまだ若造だが本当に祓えるのかね?」
「ええ、僕は視えるし覚悟もあります」
ご主人の挑発に対し冷静に返した。
「いや、やはりイマイチ信用できない。そもそもなんだ、あのふざけた名刺は」
まさかの依頼キャンセルの危機を迎えた。
いや、落ち着け。呼吸を整えろ。そしてこの世の法や常識を捨てろ。それは礼儀を捨てるのと同じこと。警察の厄介になっても動じない心。
先ずは依頼主の感情を揺さぶろう。あえて怒らしてもいい。キャンセルされるより悪くなることはない。だから僕は賭けに出た。
「大体ねえ、こんだけのお屋敷に住んでるなら少々の怪異くらい我慢しろ、と言いたくなりますよ」
「何だと! 無礼だぞ!」
気色ばむご主人。
「我慢できないからこそ、怪しいたましずめ組に依頼したのでしょう。それにキャンセルするならキャンセル料が発生します」
ご主人は怒りと呆れの混ざった表情で僕を睨んでいる。
さらに畳み掛けてみた。
「この際、たましずめ組がパプアニューギニアまで仮面を返しに行っても構いませんよ。もっとも依頼料とは別に飛行機代や滞在費を払ってもらいますが」
「はぁ!?」
「まあ、モノは試しなのでこの場は僕が祓います」
自信に満ちた声で力強く宣言した。
飾ってある仮面をしみじみと視る。南洋系の、ポリネシアとかオセアニアの民族を思い出させる。エキゾチックな寂しげな面立ち。
イザとなれば井上エクスカリバーで仮面を叩き壊そうと思っていたが方針を変更。
仮面の魔性の魅力に取り憑かれた僕はどうしても仮面をかぶりたくなった。欲求に負けた僕は仮面をかぶった。
その途端、全てがわかった。仮面に宿っている精霊の気持ちが伝わってきた。仮面の精霊は僕の体を使って動きたがっている。今まで動けなかったので怪異現象を起こしていたのだ。だとすれば僕のするべきことはこの衝動のまま動き続けること。それこそが祓うこと。
「ご主人! 仮面は飾るものではなくかぶるものです。かぶって踊るのです。祭りのように!」
僕は叫んだ。そして屋敷の外の庭に飛び出した。
仮面を通して感じる。パプアニューギニアの太陽。風。大地。海。もっと直に感じたい。気が付くと全裸になっていた。フルチンの解放感を堪能していた。
奇声を上げながら敷地内に止めてあった外車の屋根に登って手の向くまま足の赴くままステップを踏む。
「これは祭りだ。火が足りない。火を付けろ。屋敷に。庭に」
燃え盛る炎。浄化する炎。仮面の精霊が炎を望んでいる。僕の口は精霊の思いのままに。
だがこんなにも炎を感じたいのに誰も火を付けない。
「警察を呼べ! 早く!」
ご主人の声が聞こえた。
けど僕にはこの世の法や常識は関係ない。
引きこもりだった僕が人の金でパプアニューギニアに行くのもいいな。
一瞬そう思ったが、すぐに陶酔にまかせ踊りを続けた。
その後のことはよく覚えていない。
ただ、あれだけ踊ったので仮面の精霊もしばらくはおとなしくなるのだろう。
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