第二章 たましずめ組、売り出す

第4話 死神

 今日はゴールデンウィークの初日。多くの人が旅行やらレジャーやらを楽しむのだろう。

 かと思えば僕らのように死神を祓いに行くのもいる。後悔はしていないし望む所だ。それに引きこもっているより遥かにマシだった。


 

 仕事自体は思ったより早く終わった。その後、テリー組長といつもの喫茶店でランチを食べながら様々な質問をした。


「今回はほとんどお役に立てずにすみません。井上いのうえエクスカリバーも空振りしてしまいました」

「初陣は誰でもそんなもんさ。次、頑張れ」

 恰幅のいい身体、短髪、口ひげ、サングラス、高そうなスーツに靴。その筋っぽい格好のテリー組長はドスの利いた声で許してくれた。


「質問があります。どうして僕は今、剣道着を着ているのでしょうか?」

「まず形から入る。礼装をキチンとする。見た目でビビらす。意識を揺さぶる。退魔は何より格好からだ。剣豪らしい格好がブンゴに求められている」


「今回の依頼者に憑いていた死神ですが、あの鎌が僕の首にかすっただけで実際に傷つき血がかすかに流れました。あの死神はただのビジョンだと思っていたのに。危うく死ぬところでした」

「真にリアルに感じていると実際にはそうでなくても思い込みだけで人体に影響が出る。ブンゴのように感受性の強い者は特にそうだ。退魔は危険な仕事だ。命を懸ける覚悟を持ってくれ」


「そうだとしても、テリー組長が死神を祓う時の決め台詞はかなりフザケていたのでは? 思わず笑ってしまいました」

「宇宙はユーモアを好む。祓う時は暗い雰囲気になりがちだ。それに飲まれないように諧謔かいぎゃくと笑いで対抗する」


 すでにコーヒーカップは空になっていた。皿の上にはサンドイッチもなかった。


「しかし、上司に叱られたくらいで死にたくなるとは。メンタルが弱すぎるのでは?」

「時に言葉は心を抉る、死に追いやる力がある。ブンゴも社会に出ればイヤと言うほどわかる。ちょっと悪霊に憑かれて引きこもりになったブンゴならきっとわかる」

「それを言われると……」

「こんな世の中だから死にたくなるのもわかるだろう。これから死神に憑かれる人は増えてくるぞ」

 テリー組長はしみじみとそう言った。


「あの依頼主は関節技をかけられて悲鳴を上げていました。そこまでする必要はあったのですか?」

「彼は猫背で呼吸も浅かったので骨格を整えただけだ。内蔵もあるべき位置に戻った。その証拠に整体が終わったら元気になっていたのは君も見ていたはずだ」


「なるほど。しかし元気よりは殺気があふれていました。『今度なにか言われたらあの上司をメッタンメッタンのギッタンギッタンにしてやる』と。もし事件になった場合、僕たちは教唆犯きょうさはんになりませんか?」

 僕の質問にテリー組長は居住まいを正した。

「いい質問だ。だからこの機会に教えとこう。祓い屋というのは覚悟だけが必要だ。それは命を懸ける覚悟。この世の法や常識を捨て去る覚悟。私たちは時に命を落とすこともある。警察に捕まって前科がつくこともある。その覚悟がないと祓うことは出来ない。前のケースでは祓う過程で素っ裸になる必要があったから全裸になった。ブンゴよ、改めて問う。この世の法や常識を捨てられるのか? 必要なら全裸になれるのか?」

 僕の眼を見据えてテリー組長が言った。これは試されていると思った。だとしたらやるべき事は一つしかない。


「覚悟を持つ? 全裸になる? 舐めんな! 出来らあっ!」

 そう叫んで僕は剣道着を脱ぎ捨てマッパになってテーブルの上に立った。どうせ喫茶店には他に客がいない。


 その時、喫茶店の扉が開いた。女子高生の集団が僕の姿を見るなり、

「キャアァァ~ッ」

 と悲鳴を上げて逃げていった。

 確か彼女たちは僕のクラスメイトだったはず。顔に見覚えがあった。


「その覚悟、確かに見届けた。次からは独り立ちだ。期待している」

 テリー組長は満足そうにうなずいていた。


 この世の法や常識を捨てるのはまだ若干躊躇ちゅうちょがある。

 だが平穏無事に高校生活を謳歌するという夢は僕の願いに関係なく捨てざるを得なかった。

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