第4話 7月25日 15:20 斎藤蓮

 俺達はテントの設営を終えた後、飯盒炊飯を行い、今は各自自由行動となっていた。


 自由行動といっても、生徒達のほとんどが持参した水着に着替え、海水浴を楽しんでいた。


 俺も飯盒炊飯が終わった後、すぐに水着に着替えて海へと直行する。


 砂浜に打ち付けられる海水はひんやり冷たく、先程までの暑さを忘れさせてくれた。


 腰まで海水に浸かってから、持参したシュノーケルを頭にはめて、沖に向かって泳ぎだす。


 沖に向かうにつれて段々と海底までの深さが増し、深さが2m程になったところで泳ぎを止め、海底に潜る。


 辺りには、澄んだ海水が太陽の光を反射して、海底を泳ぐ小魚の群れを映し出す。


 海底には岩が多く、その周りには海藻やイソギンチャクがへばり付いている。


 それらが光に照らされ、波に揺られる様子は、一種の神々しさも感じられた。


 ここまで綺麗な海というのは、少なくとも日本海側ではここしか知らない。


 昔は海の底が見渡せる海というのは沖縄だけかと思っていたので、初めて上島に来た時も感動したものだ。


 あの時は、時間が経つのも忘れて一日中海に潜っており、時間になっても帰ってこない俺を心配した航と志保にはえらく怒られたことがあった。


 その際に、安心した志保が大泣きしてしまい、落ち着かせるのに航と一緒になって四苦八苦したのもいい思い出だと思う。


 そんな思い出に浸っていると、そろそろ息が苦しくなってきた。


 海面に顔を出そうかと考た時、背中に気配を感じて振り向くと、這うように海底を泳いでくる肌色のマンタのような生物と目が合った。


 黒い水中ゴーグルをかけたマンタもどきは、俺の視線に気付くと残念そうに海面へ上がって行った。


 俺もそれに倣って海面へと頭を出す。


「プハァッ、なんだよ気付くなよな。」


 マンタもどきはゴーグルを外して残念そうに言う。


「……お前小学生か。」


 山口は、裏浜に到着する前のヘタレっぷりから見事に回復していた。


 決め手は飯盒炊飯での焼きうどんだろう。


 暑さというより、単純に腹が減っていただけなのかもしれない。


「それにしても、弓浜の奴らはいいよな。あっちには神田さんと三木さんのツートップがいるもんな……。」


 ……ウチのクラスの女子達が聞いたら、フクロにされた上で晒し首にされそうなことを平気で言うやつだ。


「……まあ志保はわかるけど、三木って誰?」


「はあ? お前本気で言ってんの? ………ああ、蓮は俺しか友達いないからわかんねーか。ほら、この4月に1組に東京から転校してきた子。」


 いやちゃんと友達いるし。


 確かに友人は多くないが、別に全くいないわけではない。


 だがそう反論しようとすると、側から見て、なんだか本当に友達がいないヤツが言い訳しているように見えるので何も言わないでおく。


 一旦はその怒りを胸にしまい込み、その転校生について思い出してみた。


 そういえば、転校してきた当初はウチのクラスの男子の中で噂になっていたことは覚えている。


 東京の、高偏差値の女子校から来たお嬢様ってことで、男子達は皆浮き足立っていたと思う。


 容姿についても概ねそのイメージ通りであり、そのためか、帰国子女で英語がペラペラだの、実家は超金持ちで常にボディーガードがついているだの、実はゲームオタで、ゲーム内では閃光のような動きをするなど、有象無象の噂話が飛び交っていたことがあった。


 俺も何度かすれ違ったことはあるが、確かに噂になることはあると思う。


 着物を着せれば、そのまま日本人形になりそうな顔立ちだった。


 肩まで伸ばした黒髪に、ヘアピンで止めた前髪から覗く瞳は儚げでありつつも、しっかりとした意思を称えていた。


 確かに、彼女なら志保に対抗できるかもしれない。


 だが、性格がかわいい志保と比べれば、きっと志保に軍配が上がるだろう。


「今すぐ2人の水着が見れるなら死んでもいいわ。」


「じゃあ今すぐ死んでくれ。ていうかお前ロリコンキャラはどうした。」


「それはそれ、これはこれ。でもマジで弓浜まで、あの2人見にいかね?」


 山口の突然の提案に驚く。


 裏浜に来るまでにあれだけの醜態を晒しておいて何を言っているのだろう。


 それだけ2人の水着姿が見たいのだろうか。


「今から行くと、夜の飯盒炊飯に間に合わないからダメだ。」


「いいよそんなの。班の女子にやらせときゃいいじゃん。んで、うちらは残り物でも食っときゃいい。」


「ダメだって。きっと残り物すら食わせてもらえないぞ。それに、お前がいないと、保護責任者遺棄とか言って俺が怒られるんだからな。」


「誰が俺の保護者だ!! クッソー、あのクソ中古共が。勝手なこと言いやがって。」


 本人はまだ不満そうだが、なんとか女子達から袋叩きにあうことは避けられそうだ。


 弓浜への遠征計画は取り敢えず延期(諦めてはいないらしい)になったので、取り敢えず裏浜周辺を泳ぎ尽くすことにした。


 担任教師の説明では、テトラポットから向こうへは行かないよう注意を受けていたが、山口がそんなことを聞く訳がない。


 というかそもそも話し自体を聞いているかどうか疑問だが。


 それに、俺自身が昔からよく深場で魚取りをして遊んでいたため、山口を止めることもなかった。


 気付けば、先程泳いでいた場所からかなり離れた場所まで泳いできていた。


 距離でいうと1kmくらいだろうか。


 ここからだとテトラポットがとても小さく見える。


 念のため、沖には行かずに陸沿いに泳いでいるので、疲れたら歩いて帰ればいい。


 俺はのんびりと、波に揺られながら地平線にかかる大きな入道雲を眺めていた。


 その中に、海に浮かぶ建造物がうっすらと見える。


 それはとても機械的な形をしていて、巨大な柱4本を海に打ち付け、その柱の上に建造物が建っていた。


 建物の中央には、赤と白で塗装された煙突が建っており、ここからでも煙突であることがはっきりわかる。


 俺と同じ建物を眺めていたのか、彼が口を開く。


「さっき泳いでた時も気になったんだけど、あの建物ってなんなんだ?」


「あれは石油の採掘基地だよ。あそこで石油掘ってるらしいよ。50年くらい前の中條地震の影響で、石油が出るようになったんだと。」


「へー。なんかああいう所っていいよな。秘密の研究とかやってそう。」


 彼は興味深々に採掘基地を眺めていた。


 確かに山口の気持ちも分からなくはない。


 ああいった普段立ち入ることのできない場所というのは確かに好奇心を刺激する。


 施設見学のツアーがあったら是非参加したいものだ。


 そんな時、彼が怪訝そうな声で裏浜とは反対側の岸を指差して言った。


「……なあ、あれなんだと思う?」


 裏浜から南側は、広い砂浜とは違いゴツゴツとした岩がいくつも切り立った地形をしている。


 その岩の間に、三角形の派手なオレンジ色をしたテントのようなものが、波に揺られながら引っかかっていた。

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