第3話 7月25日 10:50 斎藤蓮
上島は、日本海に浮かぶ半円形の島である。
人口は約400人で、主な集落は東側の弓浜集落と西側の裏島集落であり、港や、役場、小中学校が集まる弓浜集落の方が人口は多い。
面積は約10k㎡で、弓浜集落と裏浜集落の間には、標高200m程の高さの山が隔たれて、その頂上には灯台が設置されている。
両集落を繋ぐのは、外周を回る道路と、島の中央の山間部を貫く道路の2つがある。その中央を貫く道路を、中央高校の生達が列をなして歩いていた。
1時間程前に港に着いた生徒達は、点呼や荷物の積み下ろしの後、1、2、3組と4、5、6組に分かれて、テントを張る予定のキャンプ場を目指していた。
上島は海に囲まれてはいるが、キャンプができるような砂浜は少なく、それぞれの集落にある砂浜のみである。
その砂浜も一箇所で160人分のテントを張れるようなスペースがないため、クラス別にそれぞれの砂浜に別れることとなった。
1、2、3組は港にほど近い弓浜でテントを張る予定だが、4、5、6組は島の反対側である裏浜でテントを張ることとなるため、両集落を繋ぐ道路を歩かなくてはいけなかった。
距離としては歩いて1時間程であるが、2日分の着替えなどを持ちながらのこの気温では、移動するだけでも容易ではない。
そもそもなぜ臨海学校をこんな離島
でやらなければいけないのかというと、なんでも初代理事長の実家が上島であることが発端であるらしい。
中央高校は、創立100年程であるり、最初期からこの臨海学校が行われているとすると、その長い伝統を変えるのもなかなか難しいかもしれない。
俺こと斎藤蓮は、照り付ける太陽の下、黒のボストンバッグを肩にかけて、アスファルトで舗装された山道を登っていた。
陽炎の揺らめくアスファルトが太陽の熱を照り返し、容赦なく肌を焼く。
学校指定のワイシャツが、汗で肌に張り付き強烈な不快感を感じさせた。
周囲には、自分と同じ制服を身に纏った生徒達が息を切らせながら列になって歩いている。
俺は本日何度目かも分からない溜息をつきながら歩みを進めていると、隣で同じように息を切らせながら歩く丸顔で小太りのクラスメイト、山口慎也がポツリと呟く。
「暑い。」
しかし、山口の呟きには反応を示さず、俺はそれを無視して歩き続ける。
「暑い。」
また無視する。
「暑い!!」
いつの間にか迫ってきていた彼が俺の耳元で叫ぶが、耳に手を当てながら改めて嘆息する。
「聞こえてるっての。暑苦しいんだよ。」
「ていうかなんで4、5、6組だけこんなに歩かされなきゃいないんだよ。全員で歩くならまだあれだけど、半分だけが登山するなんて全く意味がわからない。」
「それについては同感だけど、運が悪かったと思うしかないだろ。」
「せめて体操着に着替えさせて欲しいわ。もうワイシャツどころかズボンが足にくっついてヤバいことになってる。」
山口は両手でズボンの太腿を掴んでパタパタやっている。
ただでさえ大きなサイズのズボンを両端で広げるものだから、そのシルエットは、さながら某猫型ロボットに見えなくもない。
「それにしても、斎藤は小学生の頃この島に来たことあるんだったよな。この山道も登ったのか?」
「ああ、この先に灯台があるとこまで登れる道があるんだけど、そこまで行ったことはある。まあ、キャンプしたのは弓浜だから、裏浜までは行ったことないどな。1組の佐藤航と神田志保も一緒だったよ。」
「あの神田さんと一緒だったのか!? なんて羨ましい。」
「ただの幼馴染だって。ていうか航もいたって言ってんじゃん。」
確かに志保は普通に可愛いと思う。
というか世界で一番可愛い生物ではないだろうか。
容姿は勿論だが、まずその性格が可愛い。
誰にでも人見知りすることなく優しく、よくみんなの世話を焼いていた。
余りにも八方美人が過ぎて失敗したことも知っているが、それも彼女の優しさがあるからかこそだろう。
そのためか、いつのまにか彼女はどこに行っても知り合いに声をかけられるようになっていた。
そのため、男女問わず彼女の隠れファンも多いと聞く。
もしかして山口も彼女のファンなのだろうか。
「因みに、一緒に海で遊んだんだよな。じゃあ……その、み、み、水着も見たんか!?」
「はあ? まあそりゃm……おい。」
山口の意図に気付き、半眼で睨みつける。
「小5か!? 小5だったのか!?」
なぜそこで学年に固執するのか分からないが、取り敢えずこいつは将来必ず犯罪史に名を残すだろう。
因みに自分と航と志保は、昔はよくプール帰りなどで一緒に風呂に入ってたりもしたのだが、そのことについては黙っていた方がよさそうだ。
これ以上このロリコンと会話をして、口を滑らせるくらいならと、無視して先を急ぐことにした。
しばらく道を歩いて行くと、道路端に備え付けられたガードレールが一部途切れ、山に入る横道が目に入ってきた。
この横道は微かに覚えがある。
確かこの横道を登れば灯台があったはずだ。
幼い頃に、俺と航と志保の3人でこの道に入り、山頂にある灯台まで競争した記憶が蘇ってくる。
……あの頃から、航には敵わなかったな。
こういった場所に来ると、思い出したくもない記憶を掘り起こされてしまう。
俺はかぶりを振って、強引に意識を回想から切り離し、歩を進めた。
そこから20分程歩き山道を抜けると、裏浜集落へたどり着いた。
寂れた日本家屋が多く立ち並び、なかなかノスタルジックな気分にさせてくれる集落である。
民宿や食堂が多い弓浜集落と違い、裏浜集落は民家がほとんどであった。
観光客もわざわざ徒歩で1時間もかかる裏浜で宿泊しようとは思わないのだろう。
そこで、先程まで隣を歩いていた友人の姿がないことに気付き立ち止まる。
後ろを振り返ると、後方に息もたえだえで歩いてくる山口の姿があった。
「俺……もうダメだ……今日は海入れねえわ……吐きそう…。」
「別に海は入らなくてもいいけど、これからテントの設営すんだからちゃんと手伝えよな。」
「……鬼。」
「ロリコンに人権はありません。」
そんな話しをしている内に、すぐに集落を抜け、砂浜にたどり着いた。
海はここしばらくの晴天のおかげか、波はほとんどない。
体にへばり付く暑さは変わらないが、耳に入るさざ波と海鳥の鳴き声が、疲れた心を癒してくれるような気がした。
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