傘さし狸と迎え人 ――蛙――7
「さ、こっちに上がってください。ほら、早く早く」
有無を言わせず小上がりに引っ張りこまれ、すかさず正方形の和紙を押しつけられた。
「いいですか、まずは辺と辺を合わせた二つ折りにして……」
蒼生の教え方は丁寧だった。しかし一般的な洋紙のいろ紙と違って、薄地の織物にも似た手応えのある和紙は、なかなか折り目をつけづらい。
悪戦苦闘する漱也を尻目に、さすが本職と言うべきか、蒼生の手際は見事だった。きちんきちんと折り目をつけながらも、一切流れをつまずかせることなく仕上げていく。その鮮やかさに半ば見惚れている内に、どうにか目当ての蛙が完成した。
たしか〈ぴょんぴょんガエル〉という名称だったろうか。
お尻の部分に段がついていて、指で押さえるとぴょんっと跳ねる。他愛ない幼児向けの玩具だが、こうして完成品を手にすると、それなりの達成感があった。
「じゃあ、いきますよ。せーの、はい!」
慌てて人差し指の先で押さえる。すると、弾かれたようにぴょんっと跳んだ。
勝敗には、あまりに歴然とした差があった。漱也の蛙がせいぜい親指の先ほどしか跳ばなかったのに対し、蒼生の蛙は優にその倍以上の高さを跳んだのだ。
「すごいな。何かコツがあるんだろうか?」
さほど仕上がりに違いがあるようには見えない。しかし、これほど差がついたからには何かプロにしかわからないコツがあるのだろう。
そう思って蒼生に訊ねると、
「まあ、コツと言えば、まず折り目をしっかりつけることですかね」
漱也が退きそうにないと思ったのか、渋々といった体で教えてくれた。
「人差し指の腹と親指の爪でしごくようにきっちり折る――これを〈紙の際を殺す〉と言うんですが、この基本が肝心です。馴れない人は、折っているつもりでいて、ただ曲げていることが多いんですね」
「なるほど」
「で、何と言っても肝心なのは、紙の向きなんですよ」
「向き?」
「もともと手漉き和紙は、こしが強く破れにくいのが特徴です。流し漉きをすることで、長い繊維が密に絡み合って、より強靭になるんですね。しかし流れる水には方向性がありますから、紙を漉く過程で繊維が一方向に並びやすくなるんですよ。この繊維の並ぶ向きを〈紙の目〉と言います。繊維と同じ方向が〈縦目〉、その直角方向が〈横目〉です」
言いながら蒼生は懐から一枚の和紙を取り出し、くるっと半円状に丸めてみせた。
「こうした時に丸めやすい方が〈縦目〉、丸めにくい方が〈横目〉ですね」
そう注釈をつけ加えると、
「和紙を折ってバネにする時は〈紙の目〉に気をつける必要があるんですよ。この〈ぴょんぴょんガエル〉の場合、初めに縦目の向きで二つ折りにして始めると、バネになる部分の反撥力が増してよく跳ぶようになるんです。たぶんアンタなら渡された向きのまま折り始めるだろうとにらんだんですが、まんまとその通りになったみたいですね」
つまり漱也が和紙を受け取った時点で、すでに勝敗は決していたということか。
なるほどさすが――と感心しかけて、ふと我に返った。
「詐欺じゃないか!」
思わず叫ぶと、ぷいっと蒼生はそっぽを向いた。仕草としては可愛らしいが、いかんせん手口がこすっからすぎる。
と、そこではたと先ほどの約束に思い至った。
「負けた俺は、何か一つ言うことを聞かなくちゃいけないんだろうか?」
おずおずと訊ねつつ戦慄した。
この蒼生と名乗った少女が妖怪かどうか知らないが、万が一「生き肝を寄越せ」と言われたら、猛ダッシュで逃げるしかない。しかし、早くも逃げ腰の漱也に対し、「そうですねえ」と小首を傾げた蒼生は、いたって呑気にあくびをすると、
「ま、せっかくですから、お使いにでも行ってもらいましょうか」
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