第10話 - 悪い知らせは朝食のあとで


 昼の戦闘かクロエやツバキの説明の理解に頭を使ったのが原因か、割と疲れていたらしい体は簡単に眠りに落ちたようで、目を開けたら翌朝だった。メイドツバキさんに曜日を確認すると今日は日曜。そうか、クロエに巻き込まれたのは金曜夜だっけ。


 臨死体験したり二回ほどバトルやらかしたあとだけど、あんなことがあって学校を休む必要がなかったのは割とありがたい。遅刻カウントとか増えると色々と面倒だし。


 置いてあった服に着替えた。これもツバキさんの仕業だろうか……サイズぴったりすぎてちょっと怖いんだけどいつ採寸したんだ。


 朝ごはんどうしよう、などと考えているとツバキさんに呼ばれた。呼ばれるままに食堂へ……ってなんだこれ。俺の好きなものばっかりだ。

 

 ――ってあまりに不自然だろこの完璧パーフェクトメイドさん。


「おいクロエ、お前……」

「ふふ、いい食卓だろう?」


 サイズはともかく俺の好みはどうやって知ったんだ。

 記憶とか覗けるんじゃないだろうな。


「わたしはこれでも夢魔サキュバスだからね。食べ物の夢だってお手のものさ。いろんな料理を並べてきみが真っ先に口にしたいくつかを作らせた。わたし流のもてなし術だ」

「うわあ便利だねー……そういうチートはいかがなものかと思うの」


 アタマん中覗かれてるようなもんじゃねえか。夢覚えてないのがタチ悪いわ。

 しかもサキュバスだったらこう、ピンクなのもできちゃいそう。

 残念ながら期待するほど好みではないというか、完全にストライクゾーン外なんだよなあ。なんてったって幼女だからな!!!!!


「と言いつつ腹八分目以上には食べているようだけれど?」

「ハンバーグなんかに負けない……」

「負けてるじゃないか」

「美味しさには勝てなかったよ……」

「……なんというか、きみみたいな普通の男子がやっても……うん……」


 幼女にいたたまれない目をされた。やめろよ。

 そんな顔されると、さっきの考えのピンク色の部分を引きずった危ないネタを幼女(合法)に振ってしまった俺がだいぶ変態みたいじゃんか。


 とはいえ、用意された料理は本当にあらがえないレベルで美味しい。ツバキさんの腕も相当のものじゃないのか、これ。


 朝っぱらからハンバーグ(子供っぽい?うるせえ)とは、なかなかに重量がある。しかし噛んだ時にやわらかさだけではなく歯ごたえと肉汁がじわりと広がる粗挽きのミディアムレアは食べ応え抜群。

 一口目を飲み込んだ時点で肉食った!という満足感とともに、これまた粗挽きの胡椒ペッパーの、恐らく挽いたばかりの強い香りがつんと抜けていく。

 二切れ目を分けるべく差し込んだナイフの切れ目からはさらなる追い打ちが待っていた。発酵乳の少し酸味がかった香りをさせながら流れ出た黄色い液体……とろっと糸を引くうまみの塊、チーズである。コクがあってちょっと高いやつっぽい。あっという間に食べきってしまって腹十二分目って感じだ。


「"コク"ってとりあえず書かれる感じがするけど、実際使ってみるとなんかよくわかんない言葉だよな」

「"キレ"なんかもいまいち表現しがたい感情がこもっているいい言葉だね」


 クロエ基準では「いい言葉」って評価するんだ、そこ。

 あ、この洋館だともうちょっとテーブルマナー気を付けたほうがよかったかな?


「気にしなくていいよ。どうせわたしとツバキしかいない」

「気に入っていただけましたか?」

「ごちそうさまでした。めちゃくちゃおいしかったです……あのチーズはずるい」

「うふふ、おそまつさまでした」


 美味しすぎて語彙が退行している俺に、ツバキさんはほれぼれするような笑顔で返してくれた。ほんとうは「くやしいっ……でも……」ぐらい返そうと思ったけど、ツバキさんの母性あふれる優しそうな顔でドン引きされるとだいぶツラいし、クロエにも二度も顔されたら心折れそうなのでやめた。


「さて、グルメジャンルの真似事はこのくらいにして。

 ――早速だが昨夜の時点で、すでに敵方に動きがあった」


 はっや!?

 食後のすげーいい香りの紅茶を吹きそうになった。あぶねえ。

 兵は神速を貴ぶとは言うけれど、即断即決もいいところだ。


「昨夜のうちに室長からの連絡がございました。ですのでおそらく今頃――」

「見た方が早かろう、ツバキ、テレビを」


 リモコンだけはあるのにテレビが見当らないぞと見回していたら、ツバキさんがリモコンを操作するとテレビがあらわれた。

 壁が割れてその中から。

 マジかよスパイ映画みたいじゃないか、と驚いてクロエのほうを見たら、やたら得意げなドヤ顔をしていた。そうだよ、俺もこういうの大好きだよ。


 そんな浮ついた俺のアタマは、ニュースの映像で一気に冷めた。

 映し出された画面には、いくつか事件がハイライトされている。

  ・土砂崩れによって巻き込まれた村ひとつ。

  ・高速道路の渋滞中、居眠りでアクセルを踏み込んだトラックによる大事故。

  ・暴力団の抗争で死者多数。

  ・カルト教団の集団暴行、そして集団自殺。


 明らかに平和な日本にしてはおかしいくらいの死者が出ている。このどれかが敵の仕業といったところだろうか。


「ハイライトされた事件、全てが敵によるものだ」

「それは……さすがに嘘だろ」

を行ったのだろうさ。

 たぶらかした人間のうち、の、ね」


 おい。それは。

 以外にもまだ確保しているだろう、というような含みを感じさせる強調は、さすがに聞き逃すことはできなかった。


「現世にとどまる魔族には友好的なものや、ただあちらにいく手段を持たない弱者も多い。しかし、我々が敵とみなす危険な異能遣いの『アウトサイダー』はこういうケースを指す。きみたちがテレビでみる凶悪事件の中には、裏にこういった『アウトサイダー』の関与するものもあるのさ。犯人やの演出を手引きする者。相手が一体か複数かはわからないが、魔族が兵站を使うということは、いうことだ」


 それこそ魂や血でも回収するように。

 刈り取るように。

 兵站を、使う。

 食料を、補給する。


 画面の向こうでは、いとも簡単に失われた命について話されている。

 けれど今の俺には"画面の向こう"よりもずっと、近い場所の話だった。


「クロエ。お前もそういう悪魔なのか?」

「生み出すモノとしてわたしは人類を尊敬している。崇拝している。その死は悲しいし、怒りだって覚えるとも」

「お前のせい、じゃないのか」

「……ああ。それは申し訳ないと思っている」


 とばっちりじゃないか。

 俺が関わった事件。守るべきクロエを奪おうとした敵の、によって?

 納得できるはずもない。数人どころか合計百人規模で人が死んでいる。


「お待ちを。彼らのような魔族の『アウトサイダー』は定期的に魔界へとこういったを行っています。のことがあろうとなかろうと、人知れず彼らは人を殺します。長きにわたって、細々と。しかしたくさん――殺します」


 クロエのことを名前で呼びながら、ツバキさんがさえぎった。

 だからって、こういうときの『対策室』じゃないのか。大人たちは何やってたんだ――そんな思いが俺を苛立たせる。


「"献上"を行う魔族は、こちらでは深く身を潜めて行動します。大事になるレベルの回収を行えば殲滅は必至――それこそ対策室に滅ぼされるでしょう。狡猾でなければ生き残れないのですから、生き残った者は?」

「見つかるようなヘマは打たない狡猾な者、ってことか……くそっ」

「ええ、それに『対策室』もただ手をこまねいているわけではありませんよ。怪しいものがあれば未然に気づいて調査に動く秘密警察、というのが普段の彼らのお仕事ですから」


 たしなめるように言うツバキさんは、まるで子供を叱る母親のようだった。大人というものは、どうしても子供から見るととして見てしまうような気はする。


「社会に潜む『アウトサイダー』の対策が、あなたがた協力者なのですよ。たくさんの協力者はたくさんの見張りの眼に。霊能者や異能者であれば戦闘や捕縛にも助力します、あなたのように」


 協力者。俺が昨日、都築さんと交わした契約。

 人知れず脅威を見つけ、脅威と戦い日常を守る者。


「だったら――ソッコーで仕事をまっとうしてやる。今からでも」

「思ったよりも、きみはヒーローに向いているみたいだ」


 しばらく目を伏せてうつむいていたクロエが顔を上げた。


「露悪的な言い方をしたことは謝罪する。行動で示そう。きみの望むようにしようとも――ツバキ、車を。いちばん近くの事件現場から、手早く潰すぞ」


 次を起こさないためには、補足してすぐに潰せばいい。

 見敵必殺サーチアンドデストロイといこうじゃないか――と、クロエが言った。


 ――わたしはきみをみくびっていたのかもしれない。

   きみはわたしの予想よりもずっと主人公だった。


 アタマの中にうっすらと、聞かせるでもなく聞こえた声。

 念話だったのかそれとも独り言のようなものだったのかはわからなかった。


「……お前はマルカジリしないタイプの悪魔であってくれよな」

「コンゴトモヨロシク、だ」

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