第8話 - 図書室は食事をする場所ですか


 車を降りるなり俺の体が勝手に歩き出す。

 びっくりしたけどたぶんクロエが操っているのだろう。


 おかげで道がわからなくてもスイスイ屋敷内を進んでいくのだが、一体どこに連れて行くつもりなのだろうか――と思っている間に体は勝手に扉をがちゃり。


「すげえ……なんだこの本棚の数。全部の棚にぎっしり……」


 だった。もはや図書と呼んでも差し支えない蔵書量とサイズなのだが……明らかに広さがおかしい。割に合わないというか、だまし絵みたいな違和感――屋敷自体より面積広くないか?とか、そもそもさっき曲がった図書室横の廊下までは5mほどのはずなのに、その方向の図書室の床は数十メートルは広がってる……脳が混乱する。 


「空間を拡張する魔道具アーティファクトさ。 この部屋はいま、本来の空間の16倍四方、つまり面積にして256倍になっているが……そんなどうでもいいことは置いておこう」


 部屋の隅に高く積まれた本の山、その近くに設置された椅子へとオートパイロット。


「さてさて、半分ほど借りるよ。 骨子だけは残すがほとんど持っていくから恐らく歩くのは辛いだろう、入用なものがあればツバキを呼んで頼むといい」


 ざざざざ、と腰から下の中身が軽くなっていく感触。 黒い粒子は膨らんだり縮んだりして自身のサイズを調整し、多数の塊に分散していく。大量のが出来上がった。

 もともとが幼女ちっこいのに、見た目そのままサイズダウンされてもはや妖精かなんかみたいな感じになっている。

 スケールフィギュアとか、そういう感じ。とはいえ本が持てる程度なのでスケール比は1/4というところか。


「分身というか、本体に戻った時に記憶や経験を還元してくれる便利な使い魔だから、どちらかというと多○影分身といったところだ」

「あきらかに忍術ではないよねお前がやると余計にね」

「今はいろんなニンジャが居るし、科○忍者がいるなら魔術ニンジャもいていいのではないだろうか」

「Ninjaって感じの胡散臭さが倍増だな」

「あれはあれでロマンがあって良くはないかい?」

「それは同意するけれども。アメコミヒーローとか忍術学びすぎだしな」

「ノックスの十戒の中国人の一説といい、東洋人には不思議な力があるというイメージは近代でもそこそこ根強いように思えるよね」


 半透明のままの本体クロエとそんな雑談をしている間にも、使い魔ちびクロエたちは翼を出してぱたぱたと本の山を上から崩し、めいめいに抱えて歩いていく。


「今回は本体は実体化しないのな……っていうか、アレ何させてんの?」

物語の摂取しょくじだよ。

 さっきの戦闘で朝食分なんてもうカラッポだからね」


 物語の摂取。夢魔の亜種であるクロエの、最大の補給源。

 積まれている本はよく見ると、どれもここひと月ほどに発売された新刊ばかりで、ちょっとどれか借りて読もうかと思ったが――。


使い魔のどれかわたしが読んだ後にしてほしいな。 使い魔とはいえ読書のスピードは素のわたしとほど近い。 ライトノベルなら10分程度で読了するからね」


 はっや!それちゃんと読めてんのか。


「もちろん。あの使い魔を見たまえ」


 ちょっと心配になるほどボロ泣きしていた。その横のちびクロエは笑いをこらえている。


「なんか既視感があるな……RO○の読○さん、だっけか」

「小説版のシーンを知っていそうな反応だね、そのシーンはもう10年以上前だというのに――待ちに待った12巻も素晴らしかったとも! 13巻は10年待たずに出してもらえると嬉しいのだが、よしんば10年かかったとしても座して待つ覚悟はあるとも!」


 急なテンション爆上がりに俺ドン引き。気持ちはわかるけどさ……っていうか出てたんだ新刊。アニメ版もマンガ版も小説版も大好きなんだけど、一時期から音沙汰なかったんだよな。


「その部屋の右から16列、手前から24番目の棚の、下から五段目にあるはずだ。あとで時間ができたら読むといい」

「まじか。全部覚えてんのかよ……ってすぐじゃだめなの?」

「きみと少し会話したくてね。パートナーなのだから互いのことは知っておくほうが得だろうと思うよ?まして、我々の能力は特殊なのだからね」

「ああ、まあそうか」


 相方としてはそりゃあ知っておきたいだろう。なにせ俺の戦力、その情報のほとんどはまだ未公開で、俺の頭の中にしかないのだから。

 その一つ一つがすべて黒歴史ノートの記述なわけで、俺としてはできれば永遠にしまっておきたかった感じもあるけどな。


 "変身"の言葉とともに纏われるこのスーツは、装着者の血液を吸い上げ、魔力に変えて駆動する。主人公はヴァンパイア・デーモン・天使・人間の混血で、色んな世界に呼び出されて事件を解決していく――という設定だ。なかなかに香ばしい。


 色んな世界。たとえば、ハマったゲームの世界に出かけて救ってみたりとか、お気に入りのアニメのヒロインに惚れられる展開(その場合は力を失ったりする)とか。そういう妄想をひたすらに脳内で実現していく無敵の絶対者メアリー・スー……このスーツはそういう願望がカタチをなしたもの。


 じつに恥ずかしいですね、はい。


「わたしは嫌いではないけれどね、そういうキャラクター。自己愛、全能感へのあこがれ、そして中二病。それは作り手として大いに結構なことだと思うのだけれど」

「自己愛とか中二病とかあらためて言語化されると結構クるものがあるんですけどね!?……それに、ふつうは嫌われがちじゃんかこういうの。ご都合主義だとかオ○ニーだとか言ってさ」

「これだけは言っておくけれどよ」


 その所信表明は雄弁で、俺の恥ずかしさをいくらか軽減してくれた。まだ付き合いこそ短いが、よく考えると一度も俺の技にも性能にも、の言葉を発したことはなかった気がするな。元ネタについてのツッコミは多いけど。


「否定などできようものかといった心持ちなのだがね。わたしにとって物語は食料だ。パンであり喜劇でもあると言っていい。欠かせない食料でありかけがえのない娯楽だ。そしてわたしは、自分でそれを創ることができない」

「どういうこと? ただ想像して、それを文章にするだけで……いや、お前だったらただ想像するだけで十分なんじゃ……」

「できないのだよ。きみにはおそらく想像がつかないレベルで。

 ツバキの説明にあったろう?だと――あのくだりでは生み出そうとしていたのは魔力だったが、実際は生み出すという行為全般が致命的に苦手なのだよ」

「生み出すことが、絶対的に……」

「自分のイメージに画力が追いつかないとか、そういうことじゃない。致命的なくらいに……湧いてこないんだ。消費することも論評することもできるのに、何度挑戦しても、創作することだけができない」


 苦虫をかみつぶすような顔。何度挑戦しても、ということは裏返せば何度も挑戦してきたということだろうか。

 自給自足――同人業界でよくある光景ではあるが、彼女にとってはそれ自体が食料でもあるのだから、そりゃ試してはみるよな。


「だからこそ――わたしは、すべての物語を愛している。それこそ子供の描く空想から、プロの小説から、口伝で伝わる詩人の歌から、個人の中にあって世に出ない妄想すらも」

「だから、俺の恥ずかしい黒歴史キャラの話も、にこにこ嬉しそうに聞いてくれるってわけか」

「今のところ大いに楽しませてもらっているとも。最近ではそういう設定を商業作品で見る機会が減ってしまったように思えてほんとうに寂しいよ」


 たしかに最近、直球の中二病キャラとか作品は見なくなったな。俺は直撃世代でこそないが、兄貴や姉貴のお気に入りだった90年代の作品は、そういうのを恥じらいもなく全力でやっていて――確かに面白かったんだよな。


「まったく、ミスター伊○院は罪な男だと思うよ。分かりやすくキャッチーで、少しのネガティブさとか後日の恥ずかしい感じを言い当てた、本当によくできた言霊。中二病という言葉は、この概念を"あまりよくないモノ"として縛ってしまったきらいがあるよね」

「でも後で思い出したら恥ずかしくて顔面が焼けそうな黒歴史だしなあ」

「そういう主人公を描きながらも面白い作品はいくらでもあるだろうに。その作者たちは、恥ずかしいと思える次元を超えて、煮詰めて煮詰めて作ったのではないかなと思うのだけれどね」


 うーん、そういうものなんだろうか。あの「ド直球」を見たときのむずがゆい感じはそれだけじゃないような気はするけど……。


「味の違いはあるけれど、軽い話、重い話、薄味だったり濃かったり。読み返すたびに違う味を返す一冊もあれば、最初の一度のインパクトで勝負する一冊だって素晴らしい――わたしは雑食性のグルメなのさ」

「グルメなのに、雑食性?」

「ああ。あるだろうきみたちにも……ときどき無性にハンバーガーみたいなジャンクフードが食べたいときとか、クセの強い料理……カレーなんかをどうしても食べたいときが」


 ああ、なんとなく理解した。ヘルシーなものばっかり食べ続けた後に体に悪いと分かりながら食べたいときとか、大いにある。


「お菓子やデザートも含めて、わたしは物語であれば何でも読むたべる――ゆえに雑食。とはいえ、人間の食物とちがって、何度も読むたべると、味も薄く腹持ちや得られる魔力も減ってしまう」


「わたしは乱読しなくては生きていけない生物だ。まだ見ぬ物語をもっと食べよみたくて。それこそさっき話題に出たのR.O.○の登場人物や作者のように。自他ともに認める愛書狂ビブリオマニアであるかの作者。彼とわたしの意見は同じだよ」


「"欲しい本は?"という問いに対しての答えという点で、ね。

 ――読んでない本、全部。

 くわえて欲深いわたしは、世に出ていない物語だって全部――とね」


 てっきり今後のことやスーツの性能、使える技とそのリスクとかそういうのを公開して整理することになるかと思っていたんだけど、思いがけずクロエの深いところに脱線してしまった気がする。


「いや、それもやるけど」


 やるんかい!


「我々の手札、制約、利点、欠点――そういったものの整理は必要だろう」


 まあそうだけどさ。

 雑談のように軽く、会話は続く。

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