第7話 - で、異界って何さ
「そういえば――おたくは家族や友人を捨てて戦いに身を投じられるタイプかい?」
簡単な書類にサインをして対策室の"協力者"としての契約を結んだ後、都築さんは何でもない、いつもの質問というような雰囲気で切り出してきた。
親兄弟は健在だし、家族仲だって悪いほうじゃない。 俺をオタクに引きずり込んだ兄や姉は、今なおいいオタク仲間だし、ちょっと口うるさいけど両親との仲だって悪くない。
「それはちょっと……っていうかそういうタイプなんだったら、俺たぶん学生やめて旅にでも出てますよ」
「そうかい」
ほとんど考えもなしに答えたが、都築さんはふうん、と納得したようだった。
一体どんな意図の質問だったのかよくわからない。
都築さんの表情は朗らかだったが、一瞬眼光がマジだったように見えたのが違和感と強い印象を俺に残していった。 言葉の後にうっすらとため息までついてるんだもん、気になるっつーの。
「重要な質問……だったのかな、あれ」
「ん? 対策室として関係者のきみにどういうフォローをすべきかを考えるための質問だと思うけれどね」
「どういうフォローを……?」
「ヒーローなら、いつか答えを出す必要が出てくることだろうさ。
年齢を考えても、しばらくは彼らの好意に甘える権利はあるのではないかな」
何か子供扱いされた上に質問に答えてくれない。幼女のくせに。
とはいえ意図をちゃんと理解できてないのは俺のほうだし、反論するのも気がひける。
「要するに、ヒーローをやる以外は日常に戻っていい、ということさ。
あのため息は管理職の気苦労というやつだよ。きみも大人になればいずれ分かるようになるさ――」
お前はどう見ても社会人経験なさそうだけどな?
「ないなあ。のらりくらりと引きこもったり家から逃げたりしながら数百年生きているからね、わたしは」
だいぶよろしくない経歴の持ち主らしかった。
そのドヤ顔、なかなか腹立たしいな……かわいいけど。
そういえば夢魔って普段何してるんだろうか。
衣食住――『食』はこいつの場合人間とは違うんだろうけど、それにしたってどれも現代社会ではそれなりに金のかかるものばっかりじゃないか。
「丁度いい、わたしもそろそろ本格的に補給がないと飢えて死んでしまいそうだからね。頃合ではあったから連絡しておいたのだけれど、そろそろ迎えが来るはずだ」
ぴんぽーん。
言い終わりにぴったり合わせるかのようにインターホンがなった。
さっき都築さんたちが出て行ってから、鍵は閉めていない。
「開いているよ」
「お嬢様、お迎えに上がりました」
……は?
+++++++++++++++++++
「新刊はちゃんと確保しておいてくれたかい?」
「ええ、雑誌類と新刊は一そろい確保していますよ」
「抜かりないね。……あ、F○Oのイベントは?」
「念のためすべて既読にしてクリアしておきました」
「さすがはツバキ、
何が起こってるかわからねーと思うが、お嬢様とメイドさんがオタッキーな会話をしている。疲れが過ぎると追突してしまいそうな感じの高そうな車の中で――って、あまりの状況すぎて俺が疲れてんじゃないか錯覚するわ。
軽くクロエが両方の紹介を済ませたあと、ツバキさんの運転でクロエの屋敷に向かっている、というのが今の状況である。
主人も主人ならメイドもメイドなのだろうか、クロエの話題にすんなりとついていって、しかも不在中のフォローも完璧の様子。
主の好みを把握する優秀さなのか、ガチで分かっているのかは判然としなかった。
「よし、留守中の気がかりはだいたい解消されたか――」
ツバキさんのファーストインプレッションは、スカートのすそをつまんでの優雅で完璧なお辞儀だった。 ロングスカートにヘッドドレスとエプロンという、
おっとりと優しげなたれ目のメイドさんは、少し赤みがかった茶髪の後ろ髪を編みこんでまとめていて上品な雰囲気――シニョンって言うんだっけコレ。 セ○バーとかグラ○リエルみたいな感じの髪型だ。 いいよねこの髪型。
前髪や再度はすこしウェーブしていてふわっとした印象を強調している。
全体的に肉付きがいいというかふんわりした印象なのだが、慎重は170センチ以上あるだろう長身で、色々とデカかった。色々と。
しかし、メイドさんとは――
「お嬢様、彼がカズヤ・ヨロイヅカ――貴女の"寄生"の相手ですね」
「――ッ!?」
どこまで知ってるんだこのメイドさん。
「実はツバキは色々あってうちのメイドになったわけだが、もともとはさっきの対策室の所属でね。言わずとも我々の事情には通じているよ」
対策室ってのが、もうなんなのかますますわからなくなってきたぞ。
「あなたのことですから断片的で含みのある説明ばかりしているのでしょう。室長といい、言葉にするのが億劫で言わないせいで周囲が余分に苦労するのですよ」
「むう」
おっ、意外とこのメイドさん主人に強いぞ。
いい機会だから、中途半端にしか聞いていなくて気になっていたことを聞いてみてもいいかもしれない。
「ぶっちゃけ"異界対策室"って何なのかもちゃんとは分かってないんですよね、俺。
実演と参加させられたせいで、モンスター相手の荒事をやるってことぐらいで」
「では、対策室がどうして異界対策室なのかも聞いていないのですね……」
まったく……と言いつつ、ツバキさんは丁寧に説明してくれた。
"対策室"が相手取る異界。
これは魔界・霊界のようなファンタジーなものから、異世界・宇宙などのSFめいた世界までを含めたものを言う。
異界に属する存在をおしなべて『アウトサイダー』と呼んでいるそうだ。
対するこの世界を『インサイド』と呼ぶそうだが、あまりこちらは使われることがなく『現実世界』『日常世界』『
『アウトサイダー』には異能をもたない者もいて、ただただ一般人として暮らしているものもいるが――クロエのような者は当然ながらそこには該当しない。 彼女は異能を持ち、兵器に匹敵する個人だからだ。 こういった"異能持ち"の『アウトサイダー』にランク付けを行い、把握・管理を行うのが、異界対策室の存在意義ということだった。
『異界』のなかで、現在もっとも現実世界に近く、『アウトサイダー』の出現が頻発している世界は三つある。
霊界。
現世とは同じだが位相のズレた場所にあり、霊体や死者が暮らす場所。
物理的な座標こそ現世と重なっているが紙の裏表のように基本的に交わることのない異界であり、精霊や神など、神話世界の存在もここに存在している。
魔法世界(第三異世界)。
偶発的にできる次元の孔を通って行き来できる、パラレルワールド。
どこかで現世と進む道をたがえた異文明世界を異世界と呼ぶが、現世との接続が確認されたものに番号が振られている。第三異世界は、魔法が科学にとって代わっており、それ以外の歴史は完全に現世と一致している現代社会である。
また、第一・第二の異世界との接続は現在は完全に切れているとされているが、これらは太古にアトランティスなどの超古代文明、エジプトやローマの高度な技術をそれぞれ伝えたと言われている。
そして、クロエの出身地である、魔界。
"
太古に存在した"魔神"によって作られた世界であるここは、実際は悪魔にとって安寧の地であり、避難場所に近い性質をもっている。
悪魔は元来、日常世界の裏側で細々と生きる弱い生物である。
超常の異能を使うことはできるが、『炉』と呼ばれる器官をもたず、魔力を集める力も非常に弱い――つまり魔力の生成を自身で行うのが基本的に非常に苦手なのが魔族の特徴である。 例えるならば、ガソリンの補給が望めない大型エンジンのようなものだ。
現世の魔力は彼らにとって薄すぎ、ただ存在し・稼働しているだけで、その身体を維持するために消費する魔力をすら自給できない、貧弱な生き物なのだ。
しかし、魔界は現世とは違う。大気中の自然に魔力が満ち満ちたそこは、魔族にとってただ安穏と呼吸するだけで満たされる楽園であった。
とてつもない力を持った一柱の悪魔が、その権能をもって創り出した世界が魔界であり、その悪魔は闇の造物主、魔族にとっての神――すなわち、魔神と呼ばれている。
ただ、そのような安寧よりも現世を選ぶ者もいた――奪う快楽が忘れられない者、血の味を好む者、食らうことで強さを得る者、そして魔界の権力者に仕え、美食を献上する者など様々だが、一様に血なまぐさい者たちである。
魔界から現れ、異能を駆使して人間を襲う『アウトサイダー』は、これに分類される。
「近いとはいえ、"
というのはクロエの弁だが、"門"というのは魔界と現世をつなぐ回廊自体であり、かつ両社を隔てる一種の結界である。
人口異界への扉であるそれは行き来こそ簡単にできる代わりに、通るには持てる魔力のほとんどを"門"に対して献上させられてしまう、という性質を持つ。
なぜそのような扉があるのかは定かではないが、奪われる魔力は通ったときに持っている魔力と比例するため、力ある者ほど蓄えた力を奪われるという性質から、退魔師による封印であるという説や、魔神による戒めであるという説がささやかれているらしい。
「わたしが対策室と合流してから呑気な顔をしているのはそれがあるからさ。
現世において、自然や肉体から魔力を生み出せる魔術師や退魔師に敵うほどの力を蓄えたまま"門"をくぐろうとすれば、その分とてつもない"通行料"をとられることになる」
「対策室の面々が負けるはずもないほど弱体化するってワケね」
「そうとも。 "通行料"は、現世に安定した魔力の供給源がなければ命取りになるほどの額だからね。 まして吸血や殺人事件でも起こしてみたまえ、一発で対策室に目を付けられて、回復する前に一網打尽さ」
「なるほどね――全面戦争めいた追手なんかも想像したけど、それはありえないと」
「YES、だ。 ただ、ずっと現世に残って血や人間を魔界に献上するような、貴族おつきの者たちだけは気がかりだけどね。 おそらく、ミスター都築の結界を破った者はそういった『アウトサイダー』なのだろうから」
以上が、あなたが契約した対策室にとっての『対策すべき異界』です――と、ツバキさんはしめくくった。
そろそろ目的地らしい。車中の時間はあっという間だった。
それにしても――異世界人や魔族、か。
しかも、ときどきそんな世界から来た漂流者が、人知れず悪さをしてるのを管理する機関……か。 そりゃあ都築さんたちも霊界○偵とかみたいな能力者を集めてまわろうというもんだ。
探せば宇宙人や超能力者とかも見つかったりして。
「見つけたら団長になってダンスを踊ってあげてもいい」
「センターが幼女なのはいまいちだと思う」
「むう」
そんな蛇足を着けたしているうちに車が止まる。
目の前には控えめに言っても豪邸と言える門が構えている。
どのくらいかといえば、ツバキさんのメイド服やクロエのゴスロリを並べても、コスプレでなく大真面目に見えるくらいの門構えをしている。
あまりにしっくりきすぎていて、俺はここがクロエの『自宅』であるということにひとつも違和感をおぼえず受け入れていた。
ところで、
「企業秘密さ」
さいですか。
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